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「てかウチの家族と一緒にいんの!?」
口を一文字に結んで真面目な顔している知里ちゃんを余所に、エリームから聞かされた衝撃の事実に驚いていた。
「ええ、タチバナ様の御家族とチサト様の御家族は同じ居住地で仲良く暮らされていますよ」
マジかよ。
まあ別に何かあるわけではないけど、本人達不在で両家が一緒に暮らしているのはかなりモヤモヤする。
「あ、そなの?じゃあもしかしたら!リンリンと一紀が!!」
「何を少女漫画みたいな妄想してんの?」
「だって!19歳と18歳が一つ屋根の下で共同生活だよ!?」
その字面だけ見ると、淡い恋でも始まりそうではある。
だがその登場人物が、僕の妹とこの子の弟である。
想像し難い。
「よく考えてみ?凛だぞ?」
「うっ!」
いやその反応もどうかと思うぞ。
だが正解ではある。
あの口から生まれたと富江氏に言わしめるほど小生意気な凛を、一紀くんが好きになってくれるのならば、むしろ熨斗付けてクール便で速達するまである。
「一紀のほほーんとしてるからねぇ。彼女の1人でも見せてくれないものかねぇ」
「お?一紀くん彼女いないの?」
「いるわけねーべさ。朝から晩まで家でゲームしてるかアニメ見て、たまに通信制の高校行ってるけど、そこでもできた友達は男の子ばかり。いや本当、リンリンくらいじゃない?ここ数年で会話した家族以外の女性って」
酷い言われよう。
男の子ってのは家族の知らんところで色々頑張っているもんである。
「あ!タローとたまに出掛けてたな!その時は珍しく髪セットしてた!」
あいつ。
未成年連れてどこ行ってんだ?
まさか、九州最大の歓楽街ではあるまいな!
「僕は誘われてない!!」
「そこっ!?」
くそっ!!
なんだ、楽しそうにしやがって!
連れてけよ!歓楽街じゃなくても!
男の子が髪セットして行くとこなんて、絶対楽しい所だろ!?
「でもなんか楽しそー。どんなとこなの?その住んでるとこって?」
「まあチサト様達に隠す事ではないので言いますが、皇居の地下です」
「「は!!?」」
皇居!?
日本の首脳とかじゃないじゃない!
王じゃない!!
ジャパニーズエンペラーじゃない!!
「マジでゆうてますのん?」
「まじです。日本国の天皇?ですっけ、その方がそう言う話ならば是非にと」
「ワッツ!!?会ってんの!?陛下に会ってんの!?」
「いえいえ、そこは流石に。まだ御本人達はどこにいらっしゃるかも解ってはおられません。さすがに皇族に面会すると他の目がありますので」
「で、ですよね。あれ?知里ちゃん?」
固まってしまったようだ。
「私、死ぬまでに一回で良いから会いたいの、天皇皇后両陛下。あ、今は上皇様か」
そんなに!?
ふるふる震えて感動している知里ちゃん。
いや、わからんではない!
テレビでしか拝見した事はないが、どう考えても何かしら凄いのは伝わる天皇家!
「チサト様がそこまで仰られるお方。私も気になりますね」
「おバカたれ!畏れ多いわ!会えるのよね!?私もお会いできるのよね!?」
珍しく丁寧な敬語。
余程の事だと理解出来た。
知里ちゃんがここまで天皇家に敬意を示しているとは知らなんだ。
さすが、日本人。
「そ、そこまで仰るならば取り計らってはみますが」
「感謝。アナナキに感謝を!」
アーメンからの合掌。
ありとあらゆる神々に感謝している模様。
「いや僕も日本人として敬意はあるものの、そこまで知里ちゃんが喜ぶとは思わなんだよ」
「私もなんでここまで嬉しいのかわかんないけど、特に美智子様を見てると心が澄んでいく気がするの。後は、ウチの爺ちゃん婆ちゃんの影響が強いと思う」
「あぁ、ウチの爺ちゃん婆ちゃんも凄かったな。テレビ越しに手を合わせてたわ」
「あ、それウチも!大人になってみるとその気持ちもわかり始めたマイレボリューション。もうテレビ越しで伝わる神々しさたるや!!」
「す、凄いですね。日本人」
若干エリームが引いているのがわかった。
日本特有の感覚なのだろうか。
俳優やスポーツ選手、政治家などを身近に感じないが故に呼び捨てしてしまう事はあっても、天皇家にはそれが全くないのが日本人である。
稀に反社会的な俺カッコいい的思考の輩が、敬称で呼ばないこともあるが、恐らく心の中では、やっべ!お天道様に顔向けできねぇ!と焦っているはずだ。
「ってこれ、僕達だけに言ってるって事は電話では言わない方がいいんだろ?」
「まあ、今の反応を見るとそれが良いかと。ゆっくり安心して過ごせなくなるのでは?」
それもそうだな。
まさか自分の頭の上に皇居あるなんて知ったら、母さんあたりはずっと着物着て正装してそうだもの。
「心得た!他になんか言っちゃダメとかあるの?」
「いいえ、お気遣いなさらず。久々の対面を気にせずお過ごしください」
約二週間ぶりの対面。
そのくらいの長さならば、経験していないわけではないが、事情が事情なだけに久々感が拭えない。
「ささ、お二方。賢政院へ戻りましょう。エレーヌは決起会の準備をしてますので、チサト様もご一緒に」
エリームが差し出す両手を僕らは掴み、いつもの如く目の前の景色が一瞬にして変わった。
「決起会の準備もやがて完了するでしょう。入浴なされてからホールにお集まり下さい。さぁ!今日は呑むぞ!!」
恭しく礼をしたかと思えば、起き上がるとすぐに片手を突き上げ意気込むエリーム。
「あんたも飲むの!?てかやっぱ酒もあるのか!」
「もちのろんです!誰が準備してるとお思いですか!ふふふ!オールナイトでフィーバーですね!」
最早熊本化は止められないらしい。
言うことなすこと、熊本である。
「ばっちこい!」
さすが部長。
むしろ熊本化の本家はこの人である。
「仕方ないなぁ。樽用意しとけよ?」
「おや?タチバナ様もいける口で?」
「くくく。ムネリンを甘く見てたら地獄を見るよ?」
ふふふ。見せつけてしんぜよう!
九州男児の酒豪の力を!!
「むむ!楽しみです!それでは、後ほど!」