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「寝ちゃいましたね」
苦しみを全て取り除くように、ベッドを叩きつけていたディミトリーは、しばらくして体を守るようにして丸くなり、そのまま疲れ果てたように眠ってしまった。
「あーーーー、キツい」
心からの声だ。
それ以上何もない。
「私もです。イヴァン様が勇者と名付けるだけはある。視線で刺し殺されそうになったのは初めてです」
「なんか損な役回りさせて悪かったな」
「いえいえ、私はお節介なアナナキなので」
へへっと軽く笑うエリームだが、相当辛かったのがその表情から伝わる。
「ったく。ナチュラルタラシが」
先程の菓子を食べ始めた熊本くん。
「誰がタラシだ」
「「あんただよ!」」
わお!まさかのステレオツッコミ。
「にしてもこれからどうしよう」
「今日はソッとして寝かせてあげましょう。なので本日はクマモト様と同衾です」
嫌味っぽく笑うエリーム。
「うえー。床で寝てもらえます?」
「先輩ね?僕、先輩ね?」
寝観音のようにして菓子を摘む怠惰で腹立つ後輩。
「付与師育成もちょっと考えものですね」
顎に手を当て試案気なエリーム。
「まぁ続行は厳しいわな」
「えぇ、今ので少しは気持ちに変化はあったでしょうが、無意識がそうすぐに変化するとも思えません。ディミトリー様のタチバナ様に対する想いが、またタチバナ様を誘惑してしまうかもしれないですし」
「うぇ!?僕誘惑されてたの!?」
「いやいや、むしろ誘惑されてなくてあの状況だったらとことんアホっスよ?あんたエゲツないいやらしい顔してたからね?」
「マジで!!?」
恐ろしや。
色欲、それは罪である。
「かー、写真撮って一生脅せば良かった」
「お前の性格どうなってんだよ。そうかぁ、あの多幸感もそのせいか」
「多幸感?」
「あぁ、ディミトリーと手繋いでるとフワフワした気になってたんだ」
「ほうほう。興味深いですね。それは多分付与の逆流の真髄とも言えるでしょう」
「付与の逆流の真髄!?」
「誘惑の時点で、ディミトリー様側からの干渉を受けている状態ですので、逆流はしているのですが、その多幸感は精神的な治癒の表れだと思われます」
「精神的な治癒?」
「はい。治癒は本来、外傷などの負傷を癒すものに限ります。ですので精神的な疲労や損傷には効果がありません。しかし精神的な治癒は未だ解明されていないのですが、精神の不安や疲労、損傷をも癒してしまうものです。それが恐らくその多幸感に繋がるかと。ディミトリー様のタチバナ様を想う気持ちがタチバナ様の疲労を感じ取って癒そうとした。と、考えられます」
そう言えば、バータルの一件で精神的疲労はかなりあった!
むしろあいつどうなった!?
「なるほど。もしかしたら一度付与し、融合させて逆流させるとそう言った現象になるのかもしれませんね。ほうほう」
しっかりと側に広げられている菓子に手をつけながら、考え込んでいるエリーム。
「てかお前ら、マジでなんでお菓子あるの黙ってた」
なんで?
僕も食べさせてくれればいいじゃない!
「食べたいと言ったか?」
「鼻に黒い液体流しこむぞてめえ」
未だ寝観音のようにして、ジュースすらも寝ながら飲む怠惰の権化。
「僕は言ったさ!菓子が食べたい!ジュースが飲みたい!マヨネーズ付けてご飯食べたい!」
「おう、待てやコラ。マヨネーズもあんのか?」
「な、ないけども?」
即座に目線が化粧台の下に向いたのを僕は見逃さない。
何も言わずにそちらへ向かおうとすると、今まで怠惰に寝ていた後輩が、常人を逸した動きで目の前に立ちはだかる。
「話し合わないか?」
「問答無用」
こちとら英雄である。
たかだかナチュラルモンスター如き、屁の河童と、立ちはだかる後輩を跳ね除け、化粧台の下にある引き出しを開けた。
「二本もある」
そう、二本もあった。
「一本は調味料として!一本はチュッチュ用!ねえ!お願い!やめて!?」
「この異常にすくねーのがチュッチュ用だな?」
「触らないで!?」
さすがに直チュッチュしているものを奪うのは気が引けたので、調味料用をしっかりポケットにしまい込む。
「もー!嫌なんだけど!こういう先輩!マジ嫌なんだけど!」
今まで見たこともないほどの嫌がりようである。
「お前そう言えば最近、夕食部屋で食ってたのはこの為か!どこまでバレたくねーんだよ!みんなに教えりゃいいだろうが!」
「そんなに大勢買い出し頼んだら頻繁に頼めなくなるでしょ!?」
「エゴイストの権化だな、てめえ!他には!お前の事だ!他もあんだろうが!」
「ないけれども!?」
「あるなその顔。目がバタフライしてんだよ!」
キョロキョロと黒目が忙しない。
「ゲームか?」
「ーーーーー」
ほう、違うようだ。
「漫画もしくはラノベか?」
「ーーーーー」
む?違うか。
「エロ本か」
「ーーーー!」
マジで!?
って!エリームもなんか黒目が忙しねえ!
なんだこいつら!
高校生か!!
「出せ。先輩特権発令だ。献上しろ」
「マジで嫌。こういう先輩が一番嫌い!」
「エリーム。お前アナナキンヌにチクるぞ」
「こちらです」
「裏切り者めがぁ!!」
即座に熊本クローゼットの上の方から取り出されてきたエロ本たち。
「慈悲だ。一冊に留めといてやる」
3冊あった。
「女子高生、AV女優モノ、乱交」
「読み上げないで!?」
僕はAV女優モノを手に取った。
実は乱交が良かったけど、なんか流石にコイツそんなん好きなん?だからこんな問題起こすんだよ!と思われたくなかった。
「エリーム。お前そういやアナナキは三大欲求制御できるとか言ってなかったか?」
「えぇ、制御できます。ですが友人とエロ本を見るこのドキドキ感。なんとも言えない背徳感」
だめだコイツ。
毒されたどころかズブズブである。
ったく。
悲壮感漂わせ、枕に顔を埋めている熊本くんを尻目に、戦利品のエロ本を少しだけ拝見することにした。
WAO!
「わぁ!!」
ーーーっ!?
突如背後から聞こえる破裂したような声に、僕は電撃を食らったように体が弾かれた。