付与師育成計画
「素養という観点から見れば、ディミトリー様にはそれは見られません」
「なんか含みのある言い方だな」
「すみません、癖で。ですが、なれないとは言っていません」
エリームのその言葉に、パッと明るくなる表情のディミトリー。
「根性論になってしまうのですが、努力。これに尽きます。ディミトリー様は努力で付与師を勝ち取らねばなりません」
「努力ったって、なにすればいいの?」
「タチバナ様のように珍しい青の気魄でもなく、攻撃的な要素のみの赤の気魄を持つディミトリー様は、その赤い気魄を深く深く濃い赤色にしなければなりません。青に近づけるという感じです。色なら紫に近い。そうする為には、精神性を攻撃的な意識から、守る意識に変えなければなりません」
精神性を攻撃から守りにする?
赤を紫?
だめだ、わからん。
「タチバナ様の精神性は守護。これに全力で傾いています。どういうことかと言うと、自分以外の全てを守りたいと、タチバナ様の奥底に眠る深層心理が強く思っているという事です」
「それはみんな同じじゃないの?ここにいる人たち」
「見てください、このディミトリー様の顔」
え?
エリームに言われ、ディミトリーの顔を見ると、ポカンと口を開け、僕を見ている可愛い顔があった。
「そうですね。ここにいる英雄の皆様はそういう心が強い方々です。ですが、"全て"守るなんて誰も思ってないはずです。チサト様で言えば、守るではなく、奪う。平和な世界を奪い取ると言った感じでしょうか。ディミトリー様ならば、掴む。バータル様ならば、進む。そう言った能動的な意識が、赤の気魄の特徴です」
「能動的か。僕のは誰かが攻撃してこないと守る事は出来ないから受動的ってことか」
「簡単に言えばそうですね。ディミトリー様が付与を獲得する為には、その掴むと言う意識から変えなければなりません。大変難しいことですが、出来なくはない。しかし、期間は短い。ならばどうするか、努力しかない。って結論になります」
「やります!努力します!師匠みたいになりたい!」
震えるくらい愛しいんだけどこの子。
大地揺るがすレベルまである。
「さすが噂に名高い勇者様ですね。わかりました!その努力をお手伝いしましょう!」
「君、君。仕事多過ぎない?熊本くんの特訓もしてるんでしょ?第一、戦略担当でもあるし」
このエリームという男。
これまでの付き合いでわかったのだが、その場の情熱でなんでも引き受けてしまうところがある。
しかし今だけでも、この戦争の戦略を計画する戦略担当を任されているし、熊本くんの特訓も付き合ってるし、第一隊の訓練行程も組んでいる、はたから見ても超多忙アナナキなのだ。
「うぇ!!?旦那様が私を気遣ってくださった!!?この私めの体を労ってくださった!!?」
「やめて?人を金髪の嫌味なおっさん扱いしないで?靴下あげないよ?」
誰がスリザリン顔だ。
どっからどう見てもグリフィンドール顔である。
「こんな嬉しい事はないと感動している私ですが、そこはちゃんと考えております。色々手を出して、全てを疎かにするほど本末転倒なことはありませんからね。第一、付与師の件も忘れていた始末。これ以上は私自身では許容出来ないでしょう。ですので!私から付与を施せるアナナキに話をつけて、そのアナナキに助力してもらうようにします」
「あぁ、なるほど。そういう事ならって、付与施せるアナナキって、ディミトリーの担当じゃね?」
「あらま、そうでした」
こいつ。
現時点で既にキャパオーバーなのでは?
「出でよ!アナナキ!」
「ディミトリー様!?タチバナ様の悪い影響を受けてはなりません!!」
神龍でも呼び出す勢いで空高く両手を掲げたディミトリーに、慌てた様子で現れたディミトリー担当アナナキ。
心外な。
「やあ、アナナキちゃん。早速で悪いのだが、ディミトリー様に付与を施す術を、タチバナ様と共に教えてあげて欲しいんだ」
あらー、なんか新鮮。
エリームの爽やかな上司感に、僕は若干のむず痒さを感じていた。
「はい!承知しました!って!えっ!?ディミトリー様が付与師に!?」
あ、この子。
ディミトリーに似てる気がする。
「そうなんだよ!僕も師匠やふよちゃんと同じ付与師になれるかもしれないんだ!」
ふよちゃんとは?
ディミトリーは喜色満面な笑みで、ふよちゃんと呼ぶアナナキの両肩を掴んで、ジャンプジャンプしている。
「えー!?それは凄いです!是非是非!一緒に頑張りましょ!!」
純真無垢過ぎるだろこいつら。
ふよちゃんが僕の考え得る限りのネーミングセンスなら、僕もふよくんではなかろうか?
「あー、これこれ」
名前を呼ぶわけにもいかず、アナナキっちと呼ぶのもめんどくさくなった僕は、エリームの肩をポンポンする。
「はいはい。どうされました?」
「して、何をどうすれば?」
「ディミトリー様の意識を変えるのです」
「うんごめんね?わかったよそれは。具体的によ、具体的に」
「ーーー」
「てめこの。知らねーのかよ!」
能面のような顔で、じっと僕を見つめるだけのエリーム。
ぺちゃくちゃと知ってる風な口を叩いていたが、具体案はないらしい。
「ま、まぁ、そこはふよちゃんに任せるというか、私の不用意な発言は不粋というか」
「負けず嫌いか!いいよ!わからないと言えばいいさ!」
「だってあなた4000年生きてそんな事も知らねーのかって言い出すでしょ!?どれだけあの言葉が傷付くか!」
「な、なんで逆ギレなのかな!?そんな反抗期みたいな人間臭さ覚えるんじゃないよ!」
プンッ!と口をとんがらせ、ベーっと舌を出しながら消えていったエリーム。
あいつ。熊本くん化してきてない?
ダメだ、アイツら一時離そう。
僕はエリームの反抗期を見て、熊本くんとエリームの接触を減らす事を決意した。
「あれ?帰られたのですか?」
ふよちゃんがエリームの姿を探していたが、いない事に気付いた模様。
「あー、持病の馬鹿が発作的に現れたから馬鹿の元に帰ったよ」
「は、はあ。あ!それはそうと!タチバナ様も御一緒にディミトリー様に付与を教えてくださるんですよね!?」
「あー、うん。何が出来るかわかってないけど」
「そんなご謙遜を!私たちはディミトリー様に付与し続ければいいのですよ。タチバナ様の青の気魄ならば、効果は抜群です!」
「お?ごめんね?どゆこと?」
「私とタチバナ様で、ディミトリー様に治癒や身体強化などの効果を持たないただの付与を施し、ディミトリー様の内部に干渉し続けるのです!」
「ほうほう。すると?」
「すると!私たちの守護の意識がディミトリー様の意識に触れ、それをディミトリー様が理解する事によって、徐々に意識の変革が訪れます!さすれば!あら不思議!ディミトリー様は私たちと同じ付与師に大変身!」
身振り手振りで説明し、テンション高くニコニコしているふよちゃん。
よほどディミトリーが自分と同じ付与師になる事を嬉しく思っているらしい。
「あ、そんな簡単なの?」
「えーっと、簡単ではないです。ですが、ディミトリー様なら絶対に出来ます!」
「うん!僕、頑張るよ!!」
両手でグッと!ガッツポーズするディミトリー。
さすが主人公。
最早出来ないわけがないとすら思えてきた。
「それ、毎日続けるとして、どのくらいの時間してなきゃ効果出ないの?」
隊訓練後の自主練としてだから、二、三時間くらいがベストだが。
「半日以上です!」
うん、無理じゃない?
「半日!?そんなにかぁ。じゃあ、隊訓練後ずっと師匠とふよちゃんと一緒に居ればいいって事?」
「わっつ!?待て待て、どういう理屈?休ませない気?」
「賢政院に帰ってからずっと手を繋いで気魄を付与し続け、寝ている時にも手を繋いでいれば大丈夫かと!無意識下ほど効果が絶大ですので!有効ですね!」
パードゥン?
訓練後ずっとディミトリーを真ん中にして仲良くお手手繋いで、寝るときもあなたがたと川の字に寝ろと!?
天国だろうか?
いや違うよ!?
ディミトリーを女の子としてはもう確実に見ていないが!
こんな可愛い天使と四六時中一緒ってだけで、そこはもうヘブンなのでは!?と思っただけだよ!?
決して邪な気持ちなどないよ!?