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人類レヴォリューション  作者: p-man
地球を救う英雄
7/109

3


「おはよう我が愛しの家族ども」


 僕は朝の不愉快な起こされ方に納得がいかないまま、リビングに気怠げに舞い降りた。


「あんた今日は何時から学校いくとね?」


 台所からネイティブな博多弁が投げかけられる。


「やぁ富江さん。そんなイライラしていたら握り拳みたいな顔のシワがもっと増えてしまうよ?」


「くらすばいバカ息子。んで?何時からねって聞いとるったい」


 ははは。

 なんだこのクソババア。


「せからしかったい朝からグチグチと。今日は昼からやけん朝っぱらから起こさんちゃよかったい!」


 あ、出ちゃった。

 いかんいかん。と、頭に血が上った自分を制する。


「あぁそうね。ならまだ寝ときんしゃい」


「もう覚醒したわ! 朝飯出さんね!」


「かー。こん馬鹿たれは父さんでもそげん亭主関白な事言わんとに。なんでこげんアホに育ったかいね!」


「どう考えてもアンタの血たい!」


 やれやれと言わんばかりに新聞で顔を隠し、飛び火を回避する父、幸一。

 僕はそれを横目に見つつ、定位置である幸一の隣に座り配膳を待つ。


「あら? 凛は?」


 見渡しても見当たらない妹の所在を確かめる。


「凛は昨日遅くまで勉強しとったらしかけん、まだ母さんが寝かせとうぞ」


 新聞から目を離さず、一足先に朝食を済ませた父が僕の疑問に答える。


「なんだろうね。この兄妹での差は」


「お前も受験生の時は待遇良かったぞ? 父さんだけだよ? 一貫して冷遇なのは」


 哀愁。

 そんな言葉がよく似合う禿頭の父。

 なんかごめんな。父さん。


「な? お前だけだよ。ギンちゃん。父さんお仕事行ってくるからキスしておくれ」


 やっと新聞を読み終わったのか。

 父は新聞を丁寧に折りたたみ側に置くと、食卓の下にいつのまにか移動していたギンに愛を乞う。


 はぁ、仕方ないなあ。

 と、言わんばかりに禿頭のおっさんの耳を嗅ぐギン。

 これは一種の愛情表現らしく、父は嬉しそうにギンの頭をこねくりまわした後、背広に袖を通した。


「今日も一日。ギンの為に頑張ってきます」


 ビジネスバッグを持った万年係長は、そう言っていそいそと玄関の扉を開け、仕事へと向かっていった。


「あ、いってらっしゃい! ってもうおらん。嫁の愛を無碍にする男やねあん人は」


 富江は両手に僕の朝飯を乗せたお盆を携え、台所から現れたが、時すでに遅し。

 父のおっさん臭を残した食卓には、無精息子だけがボケっと朝飯を待っていた。


「富江氏。朝から元気ですね」


「あたしゃこう見えても体調の悪かとばい? 癌かも知れん」


 出た。富江十八番の()()()癌宣言

 これが本当なら既に内臓全てが癌であり、言い続けて10年経ってもなお御存命である母はビックリ人間で一躍時の人となるだろう。


「健康で何より」


 僕は慣れ親しんだ、ホットケーキか!とツッコミたくなるほどに砂糖を含んだ玉子焼きを口に運びながら朝の喧騒に終止符を打った。



 


 朝の喧騒から僕は怠惰の権化と化し、朝の情報番組から昼前のテレビショッピングを総ナメにした後、ギンと並んで口を開けながら昼寝をかましているおばさんを尻目に大学への道を気怠げに歩いていた。


 思えばこの道、今も昔も変わらず通っている。


 小学生の時から数えればもう15年ほどはお世話になっている登下校路。

 見事に小学校、中学校、高校、大学が隣接している我が地元は、しっかり必修科目をこなしていさえいれば地元から外へ出なくて済む便利な町である。


 その僕の轍をしっかりとついてくる妹もまた、この町の呪縛の恩恵を受けているし、まだまだ受けることとなるだろう。


 見慣れた町並み。

 最近ではあまり見ないと言われる駄菓子屋。

 注射を嫌がりまくって飛び出した小児科。

 顔を合わせると話しかけてくる肉屋、魚屋、八百屋が点在する商店街。

 葛飾亀有幸せだったとか口ずさみそうな親しみ慣れたこの町は、僕の全てが詰まっている。


 こんな町出て都会に住んでやる! とか思った事もないし、地元最高! マジ骨埋める! などという郷土愛もない。

 僕にとって当たり前な場所であり、出てった事すらない僕はホームシックを知らない為に愛着があるのかも定かではない。


「おう! 立花んとこのボウズ! こんな時間にサボりか?」


 チャリに乗った制服警官が馴れ馴れしくそう喋りかけてきた。


「びっくりするぐらい典型的な交番のお巡りさん。ぼかぁもう大学生ですぜ」


 僕の横まで来ると、降りなくてもいいチャリを降りて一緒に歩こうとするお巡りさん。


「おぉ。もうそんな歳か。月日てぇのは流れるのが早くてたまらんなあ」


 嗚呼、なんというテンプレ。

 もしかして生まれてからずっと僕の人生がテレビ中継されているんじゃないかと疑うレベルの台詞じみた発言に、トゥルーマンな気持ちになる僕。


「あ、そう言えば。最近不審者がこの辺うろついてるらしいんだよ」


 まるで人ごとのように自分の職務をネタにするお巡りさん。


「不審者? どんな奴なんですか?」


「なんか黒ずくめの男でスラッとした優男的な奴らしいんだが、人んちをジロジロ見た挙句、なにかメモって去るめちゃくちゃ怪しい奴だ」


 黒ずくめの男。

 スラッとしているならジ〇の方だろうな。

 変な毒薬飲まされないようにしなきゃ。


「まあでもそんなんじゃ職質受けるくらいで、これといって犯罪犯してる訳じゃないんですね」


「そうなんだが、それが計画準備なら話は変わってくるからな。なんかそれらしい奴見つけたらすぐ教えてちょ」


 そう言ってチャリに跨り漕ぎだすお巡りさん。


「気をつけてな」と片手を挙げてガニ股でチャリを漕ぐお巡りさんの背中を見ながら、僕はトボトボと変わらずに歩を進める。


「あれで眉毛繋がってたらリアル亀有だな」


 何気ない平和な日常に、僕は日本って素敵。

 と、生まれ出でたこの国に感謝した。

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