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ほら、あなたにとって大事な人ほどすぐそばに居過ぎるの!
僕の顔に乗せられているスベスベな足。
うふふ、えへへな朝チュンを、文字通り足蹴にする我が愛しのラブリーハニー。
寝相が悪いとは思っていたが、ここまでか。
僕は鼻が潰れそうな位置にある、知里ちゃんの足を掴み、ペイっと投げる。
「はにゃ?」
その衝撃に目を覚ました知里ちゃん。
「あれ?なんでムネリンの足が?」
「どうやって寝たら上下逆になるんだよ!」
「あら、こりゃまた失礼」
そう言ってモゾモゾと布団の中に入ってきて、正位置に戻った知里ちゃんは、またゆっくりと目を瞑る。
「なに二度寝かまそうとしてるの?起きなさい?」
「私、二度寝しないと死ぬ病なの」
「すごくくだらない言い訳ありがとう。サッと起きんかい!」
寝返りを打ち、僕に背を向け尚も寝ようとするラブリーハニーのキュートな頭が乗っかる枕をだるま落としの要領で引き抜く。
「ふぉたろ!」
「あのね、今すごくヤバイ状態なんだよ?」
「きしゃーー!」
っお!?
現在の置かれた状況を説明しようとしていたら、飛び上がって四つん這いになり、威嚇する猫のように毛を逆立ている知里ちゃん。
どういう原理?
「落ち着きたまえ」
猫ならばと、顎の下を撫でようとした僕だったが、まさかの噛み付かれた。
「怖くない」
僕が囁くように、噛み付いたままの知里ちゃんを諭す。
すると逆立てていた髪は萎えていき、噛み付いてできた歯型を舐める。
「なにこれ?なんで僕の咄嗟の悪ノリに対応できるの?ジブリ脳なの?君もジブリ脳なの?」
天空の城系の悪ノリもしてみよう。
「楽しいんだけどね?それどころじゃないのよ、知里ちゃん」
「なにをそんなに慌てておる?」
「いやね?多分ですけどもうみんな起きてる時間なのですよ?それで僕達は一緒に寝ていた訳ですよ?これヤバない?」
この朝特有の喧騒。
隣の部屋からは生活音聞こえてくるし、ドアが開閉する音もチラホラ聞こえる。
確実にみんな起きてますやん。
「あー、なるほどね?それはちーっとヤバイやもしれんね?」
「40秒で支度しな!」
薄っすら冷や汗が知里ちゃんの顔に流れ、僕達は急いで部屋を出る準備に取り掛かった。
ベッドメイキングを済ませ、さも新品のようにし、トイレも便座を下げ、きている服も払ってシワを直す。
よし!完璧!
「まずは知里ちゃんから外に出て、そんで大丈夫そうなら大きく咳き込んで?」
「オッケーオーライ」
ウインクしつつのサムズアップを見せる知里ちゃんは、そのままドアノブを回しゆっくりとドアを開ける。
「ちょっとお話があります。お下がりなさい」
ーーーーーオワタ。
ドアを開いた目の前に、仁王立ちしていたアナナキンヌ。
言われるがまま、僕達はそのままの態勢で後ろに下がり、アナナキンヌが入ってきて、後ろ手にドアを閉められた。
「おいお前達。ここで何をしておった」
「日本人古来より伝わる朝の隠れんぼを少々」
「ほー。この人間研究の第一人者である私に文化の手解きとは良い度胸ですねタチバナ様」
そうだった!
この子にこの手は通じないのか!
むしろ通じるとも思ってなかったけども!
「許して!見逃して!愛してる!あなたを私は愛しているの!!」
まぁみっともなくアナナキンヌに取り縋るマイハニー。
力技もここまでくると迫力がある。
「えるぅ!!」
驚く程のこれ見よがしな力技にも関わらず、大いにダメージを食らっている模様のアナナキンヌ。
「ぐっ!はぁ、はぁ、危うく不老不死が聞いて呆れる所でした。で・す・が!説明無しでは許しません!事細かに一言一句心を込めてここでどのようにどういった経緯でどう組んず解れつしたかを説明しなさい!」
何を言ってんだこのアホは。
「おバカたれ!何言わそうとしとんじゃ!経緯までで止めい!そこから先はR5000指定じゃ!」
「くっ!あと759年!足りない!!」
4241歳なの!?
ここに現れたのがこのアホで丁度良かったのか、僕達は昨夜の出来事を簡素化しつつ説明し、なんとかアナナキンヌの納得を得られた模様。
「まあ事情と経緯はわかりました。が!二度と!このような事がないように!!お願いしますよ?お二方」
「「はーい」」
「もー、タチバナ様はポータルで今からこの建物の裏手に移動させますので、そこからお部屋にお戻りください」
「うわー、何から何まですみません」
アナナキンヌの寛大なお心に感謝した後、僕は一瞬のうちに裏庭に現れていた。
「はぁ、まあ仕方ないですね。チサト様がこれで以前以上に幸せになられているのならば私は嬉しく思います。ですが!何度も言いますけど、このようなことは二度となさらないように!」
「大変恐縮しております」
出来る限り首を引っ込め、反省のポーズ。
「それでは、私も戻ります」
フッと消えたアナナキンヌ。
ポータル移動を初めて客観的に見たが、まさに瞬間移動。
どこにポータルが現れたのかすらわからない。
部屋からそのまま裏庭に来た僕は裸足であり、極力慎重に何かを踏まないよう、爪先立ちで玄関まで行き、やっとの事で誰にも会わずに部屋へたどり着いた。
「おうおう、こいつはいつ如何なる時も揺るがんな」
粗方の人間は、もう既に行動しているにも関わらず、僕の同室の後輩は、口からヨダレを垂らし、相変わらずの煩い鼾をかきながら惰眠を貪っていた。
有り難いけども。
熊本くんが寝ているうちに、僕はシャワーを浴びることにした。
「にへら」
「そんなわざとらしく、にへらって笑うのお前ぐらいだよ」
シャワーを浴びてスッキリした僕を、いつの間にか部屋に入ってきていたエリームがにへらっと嫌らしい笑いを浮かべ、僕のベッドに座っていた。
「あれー?なんかこのベッドまるでベッドメイキングされて誰も使っていないかのような新鮮さがありますねー」
こいつ。
エリームは僕のベッドに仰向けで寝て、手と足をワサワサと擦り付け未だ、にへらっと笑ってこっちを見ている。
「そりゃそうっスヨ。だってそのベッド昨晩は誰も寝てないんですものー」
はっ!?
鼾が聞こえないと思ったら、さっき見た状態と何も変わらないが、目だけギラッと開けている熊本くんがそこにいた。
「あれれーおかしいぞー?」
僕が教えた頭脳は大人系探偵アニメを見ているエリームさんらしい発言ありがとう。
「なんの茶番だい?君たち」
「おやおや、朝帰りがよくもまあそんな偉そうな口が叩けたもんですねぇ。なぁ、クマモトどん」
「あぁ、全くだねエリームさんや。こりゃあ折檻が必要かのぉ」
「おいちょっと待て、いつからこのにへらがエリームって知ってんの?熊本くん」
「これはこれは。昨晩居なかったタチバナどんにはわかるまいよ。なぁクマモトどん」
「あぁ、そりゃあ。わかるまいよエリームさんや」
なんだこいつら。
熊本くんが分裂したくらいウザいな。