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あれは一瞬だったね。
黒いものがヒュンって!
いやビュンだったかな?
まぁそんな感じで男の真横を通ったんです。
え?それがなにかって?
そんなの人間じゃわからねーよ。
はっはっはっ。
賢政院 清掃員山本さんの証言。
僕は静かに、そう、息を殺すとはこの事と言わんばかりに静寂を守りつつ、部屋の中央は床、そこに正座を組んで俯いておりました。
「おい、お前」
静寂の均衡は、一つの弦のように弾かれた。
僕の体も。
「はい!」
二つ並んだベッドの右側に、声の主デイジーさん。
左側にイザベルさんと知里ちゃん。
知里ちゃんは、イザベルの腕の中で丸まって動かない。
「なにしてんだ?」
うわー。
しっかりした質問なら答えようあるのに、そんな漠然とした質問は、黙る一択になってしまうじゃないすか!
しかも、なにし"て"んだは解らない!
せめて、なにし"た"んだならば解るのに!
「ダーリンさん。知里ちゃん、わんわん泣いて帰ってきたんですよ?」
ぐっ!!
ステレオ責め!?
「ごめんなさい」
「いや、ごめんじゃなくて、なにしてんだって聞いてんだよ」
きたー。
謝って許してもらえないパターンの常套句。
「ムネリン。いいよ、もう」
イザベルに抱かれているせいか、くぐもったように聞こえてくる知里ちゃんの声。
「良いわけあるか!男が女泣かせて、ごめん、はいそうですかって許すか!一旦関わったんだ。私たちも放っておけない!」
なんでこんな時ほど良い奴なのあなたは!
いや多分僕もそう言う!
そう言うけども!見逃せぇ!
今は見逃せぇ!
「良いって、ムネリンごめんね。私が変だから」
あ、ダメだ。
真面目にやばい。
これはこんな事考えてる場合ではない。
「いや、違うよ?知里ちゃんが悪いんじゃないよ?僕が馬鹿な事言うからああなったんだ。本当にごめん」
「ううん。私変だもん。急に変な事言い出すし、そりゃムネリンが戸惑ってもおかしくないもん」
おー。
警報レベルで言ったら極だな。
こりゃ人前だからって、言葉濁してる場合ではない。
「違うよ?僕は本当は知里ちゃんとイチャコラしようとしてあんなとこに連れてったんだ」
確実に両脇の女子からの痛い目線が突き刺さってる。
でしょうね!?
痴話喧嘩のしかもピンキーな話だもの!
「それで盛った僕が知里ちゃんに優しくして貰いたくて遠回しな気持ち悪い感じで愚痴ってたんだ。そしたら知里ちゃんが僕の事解りまくってて察してくれたのが恥ずかしくなって強がってあんな感じに言っちゃったんだ。ほんとごめん」
「「ーーーーーー」」
あ、皆さん?
ここは静寂守らなくて良いよ?
なんでもいいよ?咳でもくしゃみでも。
誰か!喋って!
「なんで?」
は?
なんて?って言った?
聞こえてなかったパターン!!?
「なんでムネリンはいつもそうなの?」
あ、なんで?ね!
焦ったー。
って、へ?
なんで?でも解らなかった!
「え?いつも?」
いつもそんなに盛ってる!?
それは人前ではやめて!!?
「なんでいつも"変"って言ったら庇うの?」
「やめて?」
「なんで私がおかしいのに庇うの?今だって二人がいるのにそんな恥ずかしい事なんで平気で言えるの?いつもそんなこと絶対言わないのに!なんで私がおかしいってなるとそんなになりふり構わず庇うの?」
「知里ちゃん。おかしくないよ?さっきも言ったけど、そのままだよ?全然おかしくないじゃん。知里ちゃんは僕を解ってくれて言った言葉であってそれを僕が素直に受け入れられなかっただけなのに、知里ちゃんがおかしいなんて話にはならないでしょ?」
「私が口が下手だからって!言いくるめないで?私はおかしいの!変なの!」
「やめろ」
「私は変。おかしいの」
「やめろってんだろ!」
あれ?なにしてんだ?
なんで僕はイザベルに制止されてるんだ?
今、なにをしようと思って、知里ちゃんに駆け寄ったんだ?
あれ?
あれ?
僕は何をしようと?
「ダーリンさん?」
あれ?
え?
うそでしょ?
こんなことで?
こんな痴話喧嘩の延長線で?
はぁ?
嘘だろ?
おい、立花。
お前、今何しようとした?
駆け寄った?
嘘だろ?詰め寄ったんだろ?
あ、終わった。
もうダメだ。
なんだこれ。
つい、数時間前まで、訓練して、普通に、みんなと、笑って、さっきも、バータルと、話しして、熊本くんとも、話し。
なんで?
こんな、こんなことで?
「むねりん?」
終わった。
"今僕は知里ちゃんに掴みかかろうとした"
ダメだ、死のう。
もう無理だ。もう無理だ。もう無理だ。
なにが障害だ。
なにが屁理屈だ。
結果、障害で病気で。
今こうして、知里ちゃんに掴みかかろうとしたんだ。
カッとなった。
折角僕が防いでたものを、自分で吐露する知里ちゃんにカッとなったんだ。
嗚呼、気持ち悪い。
死にたい。