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「あらま。お化粧したの?」
「えぇ、ちょっとアイシャドーを」
賢政院の玄関を恐る恐る開けると、靴に履き替えていた熊本くんが、アイシャドーばっちりのバブル期女子みたく目の上に青タンを浮かばせて座っていた。
「どこかへ?」
「あなたに治癒してもらいに」
「かしこまりっ!」
なにやら因果関係を感じざるを得ない為、僕は直ぐ様に熊本くんへ治癒を施した。
ちょっと多目に!
「なんか肩凝りまで治ってる気するんすケド」
「なに言ってんスカ!そんなの付与師として当たり前じゃないっスカ!もー!いやだなー!」
「おうおうおう。テメェだな?」
ヤバイ!熊本くんは気魄が使えないはずなのに!なんか赤いオーラが見える!
「な、なんスカ!?ちょ、やめてくださいよぉ」
「おう、見た事あるぞそれ。富江さんに怒られる前の態度と丸っきり一緒じゃねぇか!」
「ちょ、人の母ちゃん名前で呼ばないでくださいよぉ!」
あ、これバレたかな?
「知里千景」
ーーーっ!?
はっ!ビクッとしてしまった!
「やっぱテメェだな!」
「あ?なんだコラ、言わせておけば!あぁ!僕だよ!怒らせたのは僕だ!なんか関係あっか!」
熊本くんの肩に手を押し当てる僕。
すかさず、熊本くんも僕の肩に手を押し当てる。
それが5往復続いた。
そう、これが非暴力を最大限に生かした殴り合いである。
「関係あるっつーの!あれ?部長どしたんスカ?っであの青タンだぞ!?」
「タイミング悪いのはいつものこっだろうがよ!」
「タイミングとかの話か!?思い出はいつの日も雨並みに殴られるのはいつの日も僕だよ!」
「全然上手くねーよ!人は涙見せずに大人になれねーんだから丁度いいだろ!」
「上手い事返してくんじゃねーよ!ったく、腹立つなあ!」
何故だかわからないが、上手い言い回しを返すと怒りを落ち着けてくれる熊本くん。
サザンに乾杯。
「んで?その当の本人は?」
「泣いてたんで、イザベルさんとデイジーさんに介抱されてましたよ」
やっべー。
泣いてたの?しかもこういう時に他の女子関係してくるパターン?
超やべーじゃん。
「はっ!ド・ン・マ・イ・先輩!」
腹の虫が幼虫から一気に孵化する程の腹立つ顔でそう言ってきた熊本くん。
その踵を返した背後の襟首を掴む僕。
「待たんかい同士」
「なにいうてくれてけつかんねん!あんたは先輩や!僕は後輩やで?同士やあらへん!」
「何を言う。こうして戦争という恐怖に一緒に立ち向かう。これを同士と言わずしてなんと呼ぶ?先達も若輩も関係あらへん」
「アホなこと言いな!戦争に行く兵士ならまだしもこれはただの死刑執行待ちの囚人でっせ。そんなんと一緒にされたらかなへん、わっ!」
あ!くそっ!
一度僕の方へ預けた体を反動的に前へ飛ばし、そのまま脱兎の如く逃げ去ってしまった。
嗚呼、なんと悲しき事よ。
僕はまだ靴を履いたままだったので、ゆっくりゆっくり丁寧に脱ぎながら、次の行動を頭に思い描く。
このまま部屋に戻れば、絶対に後々長引く!
そういう男である。立花宗則とは!
そして、目の前にある階段。
それを登れば女子の部屋。
恐らく、知里ちゃんの部屋にはイザベルとデイジーがいるであろう。
しかもよりによって何故にデイジー!?
アイツら仲悪い筈なのに!
単純な攻撃的火力で見て脅威でしかない!
懲罰は鬼の如し!それを回避する手練手管すら通用するか定かではない!
詰んだ。
来てしまったのだ。
終焉を告げるラッパは吹かれた。
「立花宗則!参る!」
僕は意を決して、階段へと向かう。
「あれ?ムネノリなにしてんだ?」
え!?いまぁ!?
人が折角勢い付いたのに、今来るの?
いや、来てくれるの?バータルぅ。
「お、お、お?なんでそんなへにゃへにゃになってんだ?」
階段に一歩踏み出そうとした足をバータルへ向けたら、腰が抜けてフニャフニャになってしまった。
「あ、あぁ、これはその。柔軟体操的な?」
「こんなところで?」
「いや嘘です。聞いてくれるかい?心の友よ」
「おう、どんとこい」
その逞しい胸筋に引かれ、僕は玄関前でバータルと並んで腰掛け、事の次第を説明した。
ええ、正直に!
全て殊更に!
「ありゃー。そりゃあやべぇな。死刑執行前の囚人だそりゃ」
苦虫奥歯に詰め、その上青汁飲んだみたいな顔をして、熊本くんと同じ事を言うバータルさん。
「ですよね?からの?」
「いやすまん。その次はない。あるのは死だ」
いや絞首台上がる前の宣教師でも、もっとマシなこと言ってくれる筈だぞ?
「バータルや。君ならこの状況どうするかね?」
「あ?俺か?俺は彼女にはそんな事しねーからわかんねーな」
てめこの!
すろーすろーすろー。
抑えろ僕。こいつに悪気があるならば、人間全て悪だ。
「はぁ、謝る一択しかないよな」
「だなぁ。こればっかりは男が悪い」
ですね。
いや、ちょっと待て。
結果同じじゃねーか!
でも人に話して決心ついたよ!ありがとな!
くそっ!
「よしっ!んじゃ言ってくる!」
「おう!お前食べ物何が好きだ?」
「は?プリン」
「わかった!供えとく」
てめこの!
今のは悪気しかねーな!
初めて見たバータルのてへぺろ。
珍妙なモン見た勢いで、僕はそのまま階段に足を掛けた。
「あ!アンタ!ちょっと来なさい!」
ーーー。
階段上から唐突にデイジーさんが現れ、僕を見定めると鬼の様な形相でそう言い放ってきた。
恐れおののき、バータルの顔を見て勇気を貰おうと振り返ると、そこにはもう誰もいなくなっていた。
男って、、、。