第一隊
「ったく、なんだお前めちゃくちゃ可愛いな」
胸に縋るディミトリーの潤んだ表情に、イヴァンが陥落しそうになっていた。
「いや本当に。なに?人誑しもここまで来ると致死量まである」
僕もその横で、ディミトリーを宥めていたが、危うく陥落しかけていた。
「はぁ、ムネがいつまで経っても集合場所来ねーから探してたらまさかこんな事してっとは思ってもみなかったぞ」
「すみません。ついお節介で首突っ込んじゃって」
後頭部を掻きながら、テヘッのポーズ。
さっきのイヴァンに萎縮した事を思い出し、怒られまいとおどけてみせた。
だって!こえーもん!!
「まあ、結果的に第二隊の士気も高まって、不和も解消しただろうし。なによりこんなかっこいい勇者がいた事を知れた良い機会だった」
またもやディミトリーの頭を撫で付けるイヴァンに、ディミトリーがほえっ?っとした顔で僕達を見る。
え、僕も撫でたい。
「ほんと、ディミ助があんなカッコいいとは。ムネリンの弟子だけのことはある!」
魔王立ちして現れた知里ちゃん。
あなたはいつでもそのポーズなのね。
「おー?ムネの弟子なのか?ディミトリーは」
「え?いや」
「はい!師匠の弟子です!!」
僕の言葉を遮り、堂々と言ってのけるディミトリー。
もう!可愛いって言葉以外にこの子に見合う言葉考えなきゃ!!
「そりゃあ勇者の師匠なら余程すげーんだろうなあ?ムネ?」
待って待って。
イヴァンの兄貴。悪い顔してやすぜ!?
「勇者?さっきから気になってましたけど勇者ってなんですか?」
ディミトリーが小首を傾げながら、イヴァンに尋ねる。
イヴァンはそれをびっくりする程優しい目で見返した。
おい、おっさん。
僕にもその目を向けろ!
なんださっきの悪い大人みたいな顔は!
「お、勇者ってのはな?魔王をやっつける人間の希望だ!なんだ日本のゲームやった事ねぇか?」
いや、ドラ●エの知識かい!
なんかチリに伝わる有名な話かと思ってたわ!!
「魔王!?姐御を!?」
「待て待て待て。確かに魔王だけれども!その魔王はまた別もんね!こっちは比較的良い魔王で、あっちは特別悪い魔王!」
なんか言ってて馬鹿らしくなってきた。
「いえーす!我は良い魔王!ゾ●マごときと同じにするでない」
謝れ!僕は好きなんだぞ結構!
モンスターズでお世話になりました。
「へ、へぇ」
引いとるやないかい!
ディミトリーの引き顔もなんのその、気魄を纏わせ魔王立ちをする知里ちゃんは胸を張ってカッコつけている。
「隊長って意外にゲームとかするんですね」
「おう!日本のゲームはあらかた手出したぞ?因みに漫画もアニメも好きだ」
うぇ!?
意外!なに?元々日本好きな人?
「マジすか!?日本来たこととかあるんすか?」
「あ、言ってなかったか。俺んとこの嫁さん日本人だぞ。だからもう10回以上は行ってんじゃねぇかな」
「ゔぇ!!?」
マジでか!!?
僕以外の二人もかなり驚いている模様。
「これまたなんで!?」
「お?聞きたいか?しゃあねぇなー。んじゃちょっと触りだけだぞ?」
嬉しそうだな。
「出会ったのは20年前だ。俺はそん時まだ軍に居てな?珍しく休暇くれるって急に上から言われて暇持て余してたんだ。軍人なんて暇さえあれば酒場に行くか女の子引っ掛けるかだから俺もそれに漏れず昼間っから酒場に入り浸って品定めしてた」
荒くれてんなおっさん。
あ、そん時は若者か。
「したら、見た事もねー美人が女友達と入ってきてよぉ!しかもアジア人ときた!一目惚れって奴だな!すぐさま酔いも冷めて俺は美人に声掛けに行った!だが俺はそん時ヒゲも剃ってない、服も久々軍服以外のもん着たから洒落っ気もねぇ。鼻で笑われて相手にもしてくんなかった。だけどそんくらいで南米の男は諦めねえ!俺は上官に嘘ついてな?もう一日休みもぎ取って、酒場の主人が彼女の働き口知ってたからそれをちょっと手荒く聞き出して次の日ヒゲも剃って、服もバシッとキメて出向いてやった!」
なんか面白くなってきた。
身振り手振りで楽しそうに話すイヴァンに、僕達三人はいつのまにか聞き入ってしまっていた。
「彼女、日本語学校の先生だったんだよ。もうびっくりするくらい知的じゃねえか!美人でガードも固くて知的!絶対モノにするって勢いで、学校終わりに出てきた彼女に声掛けた。すると向こうも前日の事覚えててくれてな?バシッと決めた格好見て笑ってくれたんだ。これがまた花が咲いたみてぇに笑うもんだから、もう俺のハートはガッチリよ!ほんで、なんとか掴みに成功して飯だけって約束してその後晩飯食いに行った。勿論俺も本気だから勇んで馬鹿なことはしねぇ。それが好印象だったらしく、その後も休暇取っちゃデートに誘って、やっと手を繋げたのは5回目のデートの最後だ!舞い上がって次の日訓練で上官に発砲しちまったぐらいだ!」
「あぶなっ!?」
ロクなやつじゃねえ!
「へへっ!そんだけ良い女なんだよ!俺の嫁さんは!そっからは早かった。俺の仕事が心配だって言うから速攻辞めてやって、結婚した」
「は!?結婚する為に軍やめたんすか!?」
「当たり前だろ?第一軍に居たんじゃ、可愛い嫁さんとなかなか会えやしねぇ!って事で四六時中イチャイチャしてたら仕事しろって怒鳴られて、今の職業のジムを開いた。金は使い所なくて余ってたからな。これがまた意外と繁盛して、軌道に乗った所で今度は俺の目の前に天使が舞い降りた!お前ら天使見た事あるか!?俺はまさか自分の娘が天使だとは夢にも思わなかったぞ!奇跡だな!ありゃ!嫁が女神で娘が天使!嘘だと思うか!?っち!写真持って来ればよかった!アナナキの野郎急に連れてくっから!ったく!」
驚くほどの家族を溺愛するイヴァンに、自然と頬が緩む三人。
屈託のないその幸せそうな笑顔に、チリで父の帰りを待つ家族を想像する。
「まぁ戦争終わったらお前らウチに招待してやらぁ!俺の女神と天使にあったら度肝抜かれるぞ!?今は会えないが俺が英雄だって知ったら絶対褒めてくれる!それが待ち遠しくて俺は頑張るんだ。だからさっきディミトリーが言った言葉が痛いほど解るし、そう思ってる奴が居たことが嬉しかった!ゲームの知識だが、勇者ってのは誰よりも勇敢で、誰しもが憧れる格好良い奴の事だ。それがディミトリーにピッタリだ!だからお前は英雄なんかじゃ収まらない勇者だ。女神の旦那で天使の父が言うんだから間違いねえ」
急にまた撫でられ、目を閉じてされるがままのディミトリー。
なるほど。
イヴァンも戦争が終わってからの事に胸を躍らせているのか。
嫁と娘に褒められる為に、地球を救う父イヴァン。
なんだやっぱりカッケェなこの人!
「ディミ助も勿論かっこいいけど、イヴァンもなかなかかっこいいぞ!ムネリンと張るレベルだ!」
やめて?僕を引き合いに出すと、ただのプレッシャーだから!
「ははは。そうか、お前の嫁は魔王だったな。そりゃ厳しくて当然だ、なぁムネ。男冥利に尽きるだろ?」
「期待に添えるようにカッコつけます」
「それでこそ日本男児!っよし!そうとなれば訓練だ。いくぞムネ!」
スタッと立ち上がったイヴァンは、最後にまたディミトリーの頭を撫で、背を向けて歩き出した。
僕はその大きな背中に言い知れぬ憧れを持ちながら、その後を追った。
「イヴァンなんかに負けんなよー?ダーリン!」
そう後ろから聞こえたので、振り向きざまにサムズアップをかましてやった。