英雄会議
朝の騒動から一変。
沈黙を続ける面々に、僕は若干呆れ果てていた。
調停の面子は思いの外増え、僕、熊本くん、そして忘れていたが第二隊の一員ディミトリーを合わせての3人が陪審員。
この問題の発端、朱さん。
それをボコボコにした、知里ちゃん。
絶大なる被害者、カメンガくん。
そして何故か弁護人としての介入を提案してきてたアナナキンヌと、それを申し訳なさそうに見守るエリームが加わり、モリヤの山で行われる調停は、さながら裁判の様相を見せていた。
「それでは、第一回英雄間不和解決裁判を行う。きりーつ!れい!」
草原に座った皆の衆は、熊本くんの号令と共に挨拶をした。
なんでコイツが偉そうなんだ?
一番偉そうな熊本くんを真ん中に、左が僕、右がディミトリーでみんなと対面する位置に座り、その真正面に朱さん。僕から見て右側に朱さんを見る形で座る知里ちゃんとアナナキンヌ。
反対側にはカメンガくんとエリームが座っている。
本当に裁判やないか!
傍聴席と思しき後方には、この裁判に参加する英雄の担当アナナキがズラリと並んでいる。
「それではアナナキっちさん。事の次第を皆さんにお聞かせください」
一つ咳払いで喉を整え、エリームにそういった熊本くん。
エリームも恭しく、こちらに礼をして、ごほんと一つ咳払い。
なんの茶番だ?
「えー、事の発端はシュウ様のカメンガ様に対する威圧、嫌がらせ等の悪質な行為から始まります。人種的な差別ともとれる肌の色に対する侮辱、カメンガ様を不快にさせるような嘲笑。その他の悪質な行為により、カメンガ様は突発的にシュウ様に掴みかかってしまいました。ですね?シュウ様、カメンガ様」
エリームの淡々とした物言いに、朱さんもカメンガくんも黙って頷く。
「そして、その後乱闘になりますが、シュウ様によりカメンガ様は捩じ伏せられてしまいます。その時のカメンガ様の怪我は大した事は無かったようです。しかし、それを見ていたチサト様はあまりのカメンガ様の様子にお怒りになられ、シュウ様に掴みかかり気魄を纏わせた平手2発、意識を刈り取る程の気魄弾を1発。シュウ様に向けて被害を負わせました。間違いありませんか?シュウ様、チサト様」
またもや問われた朱さんだったが、その時の事を思い出したのか、体中に震えをきたし首肯する様子から、どれだけの心的外傷を抱えているのかは火を見るより明らかだった。
「一部訂正が御座います」
右側からの挙手。
熊本くんに向けて、強い眼差しが突き刺さる。
「弁護人、アナナキンヌさん。発言を認めます」
なんだコイツ。ノリノリだな。
「ありがとうございます。先程の事実確認に致しまして、二、三補足と訂正が御座います。まず、訂正から。意識を刈り取る程の気魄弾と仰られましたが、それは結果論に過ぎません。チサト様の供述によれば、そこまでする気は無かったと、意識的に気絶せしめた事実を否定されております。次に補足ですが、シュウ様の悪質な行為は第二隊ミーティング開始時からのモノで、その都度チサト様はソレを咎めておられました。再三に渡る注意を無視して、行われた行為に業を煮やしたチサト様のお怒りも慮って頂きたい。そして最後に、カメンガ様の怪我が大した事は無かったと仰られましたが、それは外傷の話であり、人種間の差別からくる精神的な損傷とは別の話です。チサト様はそれを慮っており、立ち向かったカメンガ様が捩じ伏せられるという報われない結果に自分を止めることが出来なかった。被害を与えた事実は変わりませんが、人道的に見るならば到底責められるべき事ではありません。そこを陪審員の皆様にお伝えしておきます。以上です」
堂々とした弁護に、傍聴席からはおーっと言う声とまちまちの拍手が送られた。
僕もアナナキンヌの理路整然とした物言いに口をポカンと開けて、聞き入ってしまった。
女弁護士みたいでカッケェな!
「考慮します。それではアナナキっちさん、続きを」
そのアナナキンヌに吹く風を冷静に受け止め、続きを促す熊本くん。
イラッとするなコイツ。
「はい。では、そのチサト様からの暴行によるシュウ様の被害は事実上、治癒を早急に必要とする程の重傷であり、現にシュウ様は身体だけではなく、精神的にも深く傷が刻まれており、チサト様を一瞥しただけで振戦してしまうほどです。その波紋は、全体的な被害者であるカメンガ様にも及んでおり、チサト様への恐怖を刷り込まれた両者は大変怯えております。是非とも今後の改善の為に、シュウ様のカメンガ様への謝罪と、差別的発言をしないという約束は勿論の事ですが、チサト様からのお二人に対する謝罪と、非暴力の約束もお願いしたいという提案をさせていただきたい。私からは以上です」
「異議あり!」
エリームの発言が終わると直ぐに、反対側のアナナキンヌから手が上がる。
「ありがとう。アナナキっちさん。それではアナナキンヌさん、発言を認めます」
「ありがとうございます。今提案されたチサト様に関する事項に異議があります。謝罪はこちらでも納得のいく提案ではありますが、非暴力とはどういった事でしょうか?現在英雄間では法といった概念は存在して御座いません。その中で隊長であるチサト様の注意を聞かなかったシュウ様の事例のように、時には恐怖での制圧もこの戦争を前にする特殊な状況下においては必要な事と私は判断致します。よって、その提案の謝罪のみを受け入れ、その他の事項には断固反対する意向をここに述べさせて頂きます。以上です」
なにこれ。
めっちゃ裁判ですやん。
アナナキンヌの弁護士然とした姿の奥に、背中を丸め俯いている知里ちゃんは、まるで加害者の負い目は感じているが、弁護士がこう言ってるからーというような雰囲気がヒシヒシと漂っている。
カメンガくんも、全体的な被害者としてそれ相応な様子であり、申し訳ねえといった雰囲気。
渦中の朱さんは最早、居た堪れないのか額からドバドバ汗が吹き出しているのを、必死こいて袖で拭っている。
まぁ、この人はこんくらい痛い目見て当然ではあるが、実際すでに痛い目にあっている事を鑑みると可哀想になってきた。
「えー、全体の意見も出揃ったようですので、何か陪審員のお二方、質問などあればどうぞ」
不意に話を投げかけられた僕とディミトリーが焦り、「え?」と声がハミングした。
何か言わなければ!
「あ、ああ。朱さん?ええと、なんでカメンガくんにそんな事を言ったんですか?」
自分で咄嗟に言ってみて、そう言えば聞いてなかったと思い知る始末。
でもまあ、重要な事ではあるよね?
僕からの質問に、困惑した様子の朱さん。
「あー、えーっと」
と、言葉を濁している。
「俺は、その。カメンガが最前衛になったのが気に食わなくて、八つ当たりというか、意地悪してしまったというか」
ほうほう。
本心から差別をしているわけではなく、八つ当たり的に咄嗟に出た感じなのかな?
「朱さん本人には肌の色とかでの差別的な思想があるわけではないってことですか?」
「勿論!俺だって黄色人種だし、そんな事は、、つい、論う箇所で目に入った事にそんな言葉を使ってしまった。カメンガすまない」
なんだ。ちゃんと反省してんじゃん。
「いえ、こちらこそ。急に殴りかかってすみませんでした」
朱さんの謝罪に、カメンガくんも謝罪で返す。
あら?一件落着じゃね?
「異議あり!!」
若干ほっこりしつつあった僕の耳に、アナナキンヌの咆哮が鳴り響いた。