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51。
絶望もさせてもらえない、完全な敗北。
私は相手を畏怖し、ただの一つもダメージを与えないまま、呆気なく意識を失った。
「最後どうなった」
草原に寝転ぶ私の頭を、膝枕してくれていたイザベルに感謝の礼もなく、目を覚ますとすぐにそう聞いた。
「首の後ろを踵落としされてそのまま意識を失ったの」
聞いておきながらの絶句。
何をどう言葉にすればいいのか、私は意識を戻した直後だからと自分に言い訳をして、イザベルへの返答を怠った。
「あら、目が覚めたぁ?」
伸びていた体が、瞬時にして丸まる。
四肢を体に巻きつけ、恐怖から身を守るようにした自分の体に、私は情けなくなった。
「はぁ、隊長ぉ?そんなんじゃ戦争に行ったってお話にならないわぁ。私は少し離れるわねぇイザベルちゃん」
「うん」
「あぁ、最後に一つ」
イザベルにそう言ってこの場を後にしようとしていた背中が止まり、あの顔で嗤いながら。
「もぉし私がチサトと戦えば、赤ちゃんみたいになすすべも無く私は負けるはずよぉ」
そう言って、私の心を掻き毟り去っていった。
「デイジーちゃん?」
一体どんな顔をしていたのだろう。
イザベルの目には薄っすら涙が浮かんでおり、私を見る顔には心配の表情がこびりついていた。
「ごめん。一人にして」
一人で何か出来るわけでもないが、今は人と話す余力がない。
相手の言葉に対して、受け応えるだけでも今の私には億劫でしかない。
「うん。わかった」
イザベルはそう言って、私の我儘に付き合ってくれるらしい。
無言で立ってこちらを見ていたジョージの腕を引き、何処へ行くのかわからないが、私を残して遠くに行ってしまった。
「あなたもお願い」
私の担当である、膨よかな体型のアナナキにも声を掛けた。
「かしこまりました」
人払いがすみ、人影は見えるものの、完全に一人になった。
私は草原に体を寝転ばせ、変わらない空を見上げた。
アイツに負けた時よりもキツイ。
舐めていた。
戦闘中にアナに言われた。
"誰でも舐める淫乱な舌"
言い回しはこの際置いておいて、まさにその通りだ。
アイツ以外を私は舐め切っていたし、アイツが一番強くて、それに準じて私がいる。
そう思って、みんなを見下していた。
それがこのザマである。
アナは相当の手練れだし、気魄を考慮しないならば到底勝てないだろう。
だが、私のその醜悪な癖を見切ったような最後の言葉。
アナとアイツが戦ったならば、アナは自分でその力量が足らず、負けると判断している。
事実そうなのだろう。
こんなにも手酷く、完膚なきまでにやられるアイツの姿がイメージ出来ない。
アナに対してもそういう思いを抱いているが、アイツのは圧倒的だ。
私はこの自分の、自分を守る為の言い訳がとても恥ずかしい。
はぁ、私はここでもこうなるのか。
苛烈な羞恥心が過ぎ去った後には、いつもため息とともに、この喪失感が襲ってくる。
そうして、不貞寝するようにゴロンと横になり、体を縮めて目を閉じた。
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「、、ちゃん?デイジーちゃん?」
体を揺すぶられていることに気づき、私はどうやらぐっすり眠っていた自分の神経の図太さを思い知った。
「あ、イザベル」
垂れた眉が心配の証。
イザベルは私の肩に手を置いたまま、大丈夫かどうかを確かめるように顔を覗き込んでいた。
「あー、よかった。戻ってきたら倒れてるからどうしたのかと思ったよー」
「すまない。寝ていた」
「いいよいいよ。寝て忘れる!ウチもよくやる!」
「いや、忘れてはないが」
「え!?寝たのに忘れてないの!?頭良いねデイジーちゃん」
ーーーお前は忘れるのか?
あまりにも素っ頓狂な発言に、面食らった私。
「ウチもキツイなぁって思った時はぐっすり寝たり、ご飯いっぱい食べたり、お風呂入って無理矢理忘れる!」
寝る、食べる、入浴のジェスチャーを交えながら慌ただしく話すイザベル。
忘れるを表すジェスチャーが、白目を剥いて口をぽかーと開ける顔を見て、私は笑いがこみ上げてきた。
「おー!笑ったー!そうそ!笑うのも大事!忘れる時は大抵笑ってる!ど!?忘れた?」
「そんな簡単には忘れないし、忘れちゃダメ」
「なんで!?頭良過ぎ!!キツイ事は忘れる!これ鉄則」
「アナに負けた事を糧にして強くならなきゃダメでしょ?忘れちゃったら強くなれない」
「えー?強くなれるよ?負けた事も言われた事もキツイなら忘れなさい!絶対!」
頑なに言い張るイザベルに、気圧された私は有耶無耶な返事でその場を濁した。
「よし!んじゃ帰ろ!」
「帰るって?」
「ん?みんなもう賢政院に帰ってるよ」
「え!?わ!本当。わー、まだ隊列も組めてないのに」
周りを見渡すと、人影が減っていた。
どれだけ寝ていたのだ私は。
「ま、ま。その辺は明日明日!さぁさ帰ってご飯ん!お風呂ぉ!」
能天気ないつものイザベルが、私の手を引いて担当達のいる方へスキップする。
はぁ、なんだかなぁ。
私の心のモヤモヤは晴れてはいないが、目の前のこのTHE能天気を見ていると、それもバカらしくなってきた。
「一緒にお風呂入ろうね!」
「ヤダ。騒がしいもの」
「ぐぇ!?落ち着くから!肩まで浸かって動かないから!!」
本当にこの子は私の2歳年上なのだろうか?
子どもを連れているような感覚に苛まれながらも、私は手を繋がれたその暖かさに、心を癒されていた。
「俺もいるぞ!」
後ろからジョージっぽい声がしたが、気にしない。