デイジー・デイヴィス
悔しい。
あの戦闘でしっかりと自分の実力を思い知った。
知里千景。
圧倒的に強い。
みんなスタートは平等。
それにも関わらず、他を寄せ付けない圧倒的な強さ。
やるからには負ける気などさらさら無かったが、勝負が進むにつれ、勝つビジョンが一縷も見えなくなっていった。
悔しい。それは負けたからには当たり前の感情であり、その気持ちが湧いてこない時はもう、自分の限界なのだと思う。
「めちゃくちゃ悔しい」
考えることは山ほどあるのに、どうしても悔しさが拭えない。
「まあまあディジーちゃん。今は一旦忘れよ?」
イザベルはそう言って慰めてくれていた。
「第三隊よ?三!こうもまざまざとわかりやすくアイツの下っていうこの状況!クソー!悔しい!!」
第一隊隊長イヴァン・シルヴァ。
彼が第一隊である理由は、おおよそ見当がつくし、納得ができる。
人間世界での戦争経験や、戦術知識、その他戦闘に関する知識など非常に豊富で、何度か会話したが、とても勉強になったし、なにより頼もしい。
あのモンゴル人や、アイツの恋人、ブラッドもかなりの気魄弾の使い手だし、第一隊は全隊の中でも最火力と言われるだけはある顔触れ。
モンゴル人は観察した限り、体格は全体を通して見ても一番屈強だし、格闘センスもずば抜けて良い。
アイツの恋人は未知数だが、アイツ曰く、アイツより少し弱い程度らしいし、情報では全体で一番の気迫量だと言う。
しかも付与が施せる。
ブラッドに至っては、私は同じ隊になりたかった程だ。
あの気魄弾のコントロールや、それを自在な形で放てる器用さ、そして量。
私が特攻型の近距離戦法を得意とするので、後ろからの援護にはブラッドが一番良いと思っていた。
なんなら第三隊隊長よりも、第一隊のメンバーの方が良かったと思うぐらいだ。
あの高火力に、それを指揮するイヴァン。
第一隊と言うだけのことはある。
「えー、でもウチは同じ隊になれて良かったと思ってるよー?」
ぐっ。
私も勿論、戦力を度外視するならば、第三隊にイザベルが居てくれてホッとした。
だが、それを言うと調子に乗りそうなので言ってはあげない。
「はぁ。で?イザベル。あなたは何が得意なの?」
訓練以外では大方彼女と過ごすことが多い私だが、訓練となると全く彼女の力量を知らない。
「格闘!!」
格闘!?
だいぶ予想と違った答えが端的に返ってきて、私は一緒固まってしまった。
「ウチね?ブラジリアンもしてるし、柔道はブラックベルト持ってる!」
ブラジリアン柔術!?
ブラックベルト!?
どこまで予想外なのだろうかこの子は。
「凄い。ちょっと見直したわ」
「ぐふふ。でしょでしょ!?でもクリーチャーって腕6本もあるんでしょ?そこが大変かも」
そうか、クリーチャーは多足類という話だ。
ならば基本関節技の柔術は、だいぶ不利だ。
いや待てよ?戦争自体、柔術はあまり利点とは思えない。
「イザベル。柔術以外は?」
「走る!!」
雲行きが怪しくなってきた気がする。
「気魄弾は撃てる?」
「苦手!!」
おっと?ほんの少しの加点からの、大幅なマイナス要素。
「ちょっとだけ、手合わせしてみない?」
聞くよりも見たほうが早い!
「ぎょ!?ディジーちゃんと!?イヤだよ!絶対にイヤ!!」
そう言って両手で頭を隠し、座り込んでしまった。
「大丈夫よ?手合わせだからちゃんと手加減するわよ?」
「違う!!ディジーちゃんを殴ったり、蹴ったり、なげたりなんか!絶対イヤ!!」
やられるのが嫌なのではなく、やるのが嫌。
短い付き合いだが、とてもイザベルらしい拒否の理由だった。
「でもイザベル。隊長としてイザベルの力量も知っておかないといけないわ」
「じゃあ!ジョージとする!」
私でなければ良いのか。
「ジョージ。お願い」
「なんの躊躇いもなく了承するな」
第三隊戦略会議。
まずはジョージ対イザベルの模擬戦。
「あらぁ、ジョージは私が痛め付けようと思っていたのにぃ」
隣から艷っぽい声で、怖い事を言い放つアナ。
「なんだこの隊は!大体男が俺しか居ないって言うのがまずおかしい!」
見るからに軽薄。
ハーバードで教授を務めているというが、些か真実味に欠ける。
ジョージ・グリーンベル。
第三隊唯一の男にして、この隊での役割は"はけ口"。
「グズグズ言わずにとっとと準備しなさい。イザベルもよ」
イザベル、ジョージ、アナ。
よりにもよって私が観察をしていなかった3人。
まずは全員の力量を見なければ、戦略は愚か、隊列も組めたものではない。
「クソ。イザベル!手加減は無用だ」
「うん!!そのつもりだよ!」
「可愛げのある女はいないのか!?」
ジョージにしてみれば、戦場という名のハーレムなこの第三隊も、針の筵と化している。
快活で能天気な印象なだけに、あまり目立ってはないが、よく見ればとても可愛らしい顔をしているイザベル。
私も身長は女としては高い方だけれど、イザベルもそれとあまり変わらない。
なんならアナも同じくらいだ。
男のジョージの方が、やや私達よりも低い。
この隊でのヒエラルキーを表しているかのようだ。
「それでは、イザベル対ジョージの模擬戦を行う。両者準備はいいか?」
「おう。いつでもいいぜ」
「ウチも!」
ジョージはサウスポースタイルでボクシングの様な構え。
イザベルもサウスポースタイルだが、手を開き、やや高めの位置で構える。
あれが柔術家の構えか。
「加減無用。怪我は治癒で治る。それでは、はじめ!」
アナを隣にし、少し離れたところで両者を観察する。
まずはお互い、ステップを踏みながら様子見。
普段の印象とは打って変わって、洗練された構え、そしてステップ。
目付きもいつもの柔らかさがない。
さすが対人格闘を経験しているだけはある。
少しイザベルを舐めていたかもしれない。
ジリジリと両者間合いを詰め、牽制で相手の距離を測っている。
ジョージもあの様子だと、ボクシングの経験者かも知れない。
ステップも牽制のジャブも、素人らしからぬ動きだ。
「へぇ、イザベル。ブラックベルトというだけのことはあるようだ。だが、そっちが来ないのならばこちらから行くぞ!」
しっかりと前置きをするジョージ。
黙ってやればいいのに。