カップルのひと時
よくよく考えると、こうして何もせずボケっとするのも久々な気がする。
空はいつまでも青く、時折草原に現れる雲を眺めながら、足を投げ出し、モリヤの風景を僕は楽しんでいた。
こうして一人になってみると、色んな思考が巡ってくる。
家族はどうしているだろうか?
多分日本のお偉いさんが来て、保護されているんだろうけど、どこで保護されているのだろう?
さすがにあの家ではないはず。
情報漏洩を気にするなら、それは考えにくいし、単純な身柄の安全にしても用意された場所で保護した方が効率的である。
どこまでの情報が、家族に開示されているかにもよるが、急な展開にパニクってるかもしれないな。
特に母さんとか。
戦争後にしか会えないのだろうか?
もし、僕が死んだら。
そう考えると、戦争前に一度会って、さっきの森で俺に言ったように、あの時のことを謝りたいな。
僕はそんな思考を巡らせながら、空を背景に家族の顔をそれぞれ思い出していた。
「おセンチですね」
「あらやだ。恥ずかしい」
急に見上げていた空が、可愛らしい顔へと様変わりした。
「何考えてたのー?」
手をプランプランさせながら、僕の横に来た知里ちゃんは、そのまま隣に腰を下ろした。
「んー、なんとはなしに、家族のこととか?」
「あー、そだねー。ウチのお母さんも一紀も、今ごろどうしているのだろうか」
そんな話をしながら、僕たちは特になにかを見るでもなしに空を眺める。
そういえば、一紀くんは僕と警察に向かう途中で分かれたんだったな。
てか、あの繁華街のど真ん中でポータル出現させるエリーム、大胆過ぎるだろ!
熊本くんまで巻き添え食らってるし、よくよく考えたらだいぶ大雑把だなあいつ。
「戦争前に会っときたいよね」
ボソッと零すように知里ちゃんが呟いた。
やはり考えることは同じなようだ。
だけど、それを知里ちゃんから言われると少し不安になってしまう。
「それはあるけど。戦争後も会えないわけじゃ無いと思うし、一時の我慢だよ」
さっきの思考とは違う発言。
それは知里ちゃんが、確実に戦争後も生きている未来しか受け入れない表明に他ならない。
「そだね。ーーーねぇ、ムネリン」
「ん?どした?」
「この戦争が終わったら結婚しようか」
ーーー!?
「なに!?なんでわざわざフラグおっ立ててるの!?しかも逆プロポーズ!?」
この子は本当に!
「へへへ。そういうシチュエーションかなって」
てへぺろで済まねーよ!!
人がそういう、見えない魔の手から遠ざけようとしているのに!
「ったく!ちゃんとそういうのは僕からしますので、変なノリで言わないこと!」
「えっ?」
えっ?
ーーーうぉ!!?
「ムムムムムムネリン!?」
「ウォウ!?」
「まままままままじで!?」
「ウォウウォウ!?」
「の、飲んでなくない!?」
「ウォウウォウ!!じゃねーよ!いいよ!無理してボケようとしなくても!」
やらかした。
なにこのグダグダな、突発性プロポーズ。
しかも僕からさらなるフラグ更新
キラキラとギラギラとピカピカな目をした知里ちゃんは、口をパクパクさせながら放心状態のご様子。
「ま、まぁ、いい、いまのは聞かなかったことで」
「で、ですね。ま、待つとは無しに待ってます」
聞き入れとるやないかい。
はぁー。
なにが悲しゅうて、一世一代のプロポーズをツッコミの延長線みたいな形でせにゃならんのじゃ。
「そうとなったら意地でも蜚蠊ども駆逐せにゃならんばいですたい!」
ふんすっ!と、鼻息荒く鼻を膨らませる。
「あなた出身北海道でしょうが。慣れない博多弁使おうとしなくていいから」
「札幌時計台だってあなたとみる福岡タワーには敵いませんとですたい!」
「無理矢理なアレンジしなくていいから!ドリームズをカムトゥルーしなくていいから!」
しかもあなた既に福岡に移住してきてるよね!?
「そう言えばムネリン。北海道行ったことある?」
スゲーなやっぱこの子。
気持ち切り替え早すぎるだろ!
ま、今はそっちの方が有り難い。
「北海道かー。ないな、行きたいけど」
「お!さすがムネリン!北海道はでっかいどー?」
「そう言えば知里ちゃん。北海道帰ったりしないの?」
ここ2年。知里ちゃんから白い恋人を貰った覚えはない。
「まあお爺ちゃんお婆ちゃんは網走にいるけど、って刑務所じゃないよ?」
「だろうね!疑ってないよ!」
「おう、イッツァ!アバシリジョーク!」
「だいぶブラックジョークだな!」
「札幌だったらバカウケだよ?」
「地域密着型過ぎるわ。んで?帰ってないの?」
話が進まんな!
「うん、とんと帰ってないね。遠いからねー。しかも網走ってなると陸路も長いから。ちっちゃい時の友達も網走出てるし、お爺ちゃんお婆ちゃんに至っては福岡来るし」
「アクティブだな」
「アイヌの血だね!」
いや、アイヌがアクティブかは知らぬ!
むしろアクティブじゃないイメージなんだけど!?
「そういえば前にそんな事言ってたね。母方の知里家がアイヌ民族の血筋とかなんとか」
「おーよく覚えてるね!そそ!知里家はアイヌの末裔!父方は確か琉球民族!」
え!?
すごっ!
なにその端と端の他民族結婚!
「初耳だったな!お父さん沖縄の人だったのか」
「いえーす!私も一紀もどちらかと言うとお父さん似だよ!安室奈美恵、仲間由紀恵、知里千景!」
語感で喋るな!
「じゃあ沖縄にもお爺ちゃんお婆ちゃんがいるってこと?」
「そそ!でもお父さん浮気したから離婚した!」
「ーーーーー」
「浮気したらコロス」
何を思い立ったかのように殺意剥き出しにしてるの!?
さっきまでの朗らかな笑顔のまま、知里ちゃんの背後からメラメラと気魄が立ち昇っていて、その様はまるで不動明王のそれ。
「しないから!九州男児は一途ダヨ!」
知里ちゃんがたまに見せる、僕と他の女子との接触を異常に警戒する根源を知った気がする。
多分お父さんは居ないのではないかと思って口にはしてこなかったが、まさかのここに来てのカミングアウト、とも言わないほどのスムーズな流れ。
はて?
お父さんが福岡だから、福岡に来たとばかり思っていたのだが?
「あれ?てか、知里ちゃん福岡来たのいつ?」
「3年前だよ。丁度大学が福岡に決まった頃かな」
「あ、知里ちゃんに合わせて家族ごと来ちゃったの!?」
「そそ。色々あったのさ。私がなんか福岡って丁度いい都会レベルだな!っていう理由で大学決めたんだけど、その頃一紀が高校でイジメにあっててねぇ。高校辞めるって言い出したり大変だったよ。それで、そんなんなら一緒に福岡行ってまえ!ってお母さんが色々振り切っちゃって、んで、今に至る」
わー。なにそれー。
どこから拾えばいいの?
「順序立てて突っ込んでいくね?」
「ばっちこい」
「まず君は福岡舐めてるよね?仮にも日本三大都市よ?」
「ーーームネリン?」
「なに?」
「私初めてかもしれない」
「え?なにが?」
「違うから!福岡は日本の三大都市じゃないからね!!?」
なに言ってんの?この子。
東京、大阪、福岡だよ?
「ムネリンに初めて突っ込めた気がする!!」
「え!!?本気で言ってる!!?」
「タローーーー!?タローはどこーー!?」
ワッツ!!?
え?違うの!?
「くそっ!こんな大事な時に!なんで必要な時はいないのかね、あの子は!」