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頬になんか詰めてんの?
そう思わせるほど、お顔がまん丸な七福神の恵比寿さんを彷彿とさせるおっちゃんが現れた。
「お、来たか。ブラッド」
噂のおっちゃんオブおっちゃん。
ブラッド・スミスは、アナナキと隊訓練の行程確認を終え、その膨よかな身体を揺らしながら僕達と合流した。
誰でもその風貌に安心感を覚えるだろう。
若干後退しつつある茶髪。
たれ眉たれ目、笑ってるのか笑ってないのか判別出来ない優しさを感じさせる口元。
体格は縦でなく、横に伸びており、あまり俊敏そうには見えない、例えるなら達磨のような形をしている。
「がっはっは!遠目から見てたゾォ。ワシじゃ止めようと思っても無理だっただろうな」
特徴的な笑い方のブラッド。
想像を上回る"おっちゃん"度合いに、僕は戦慄を隠せなかった。
かわいいかもしれない。
「あぁ、一苦労だったぜ。ん?ムネ、どうした?」
お腹の肉を触りたい衝動に駆られていた僕を、イヴァンが不思議に思ったらしい。
「え?あ、いやいや。ブラッドさんでしたっけ?はじめまして、立花宗則です。お騒がせしました」
危ない危ない。
「おーう。はじめまして。ブラッド・スミスだ。よろしくなぁ」
「俺はフォルリーン・バータルです。よろしく」
やっと第一隊全員が集合し、挨拶を終わらせると、一旦僕達はその場に腰を下ろした。
「アナナキさんと行程確認してきた。説明するからよく聞いといてくれな」
丸く円を作るように座り、ブラッドは今後の行程を話し始める。
「まず、今日のところはあともう少しで引き上げになる。明日から隊での訓練を本格的に始める。最初は隊長指導の元、陣形の確認とその役割の把握。次にワシらの担当アナナキさんを交えてのクリーチャー対策戦闘の訓練。これは隊内で2対2に分かれての模擬戦みたいなものだ。これらを約1週間訓練した後、隊対抗の模擬戦になる。それからは他の隊と連携しての合同演習。最後の1週間は、このモリヤでアナナキ軍、人間軍と合流した後合同での模擬戦や陣形の確認、戦術や緊急時の応対、その他把握しておかないといけない事項の確認。って流れになってる。期間がいかんせん短いから、時間を有効に活用していく事を頭に入れといてくれな」
なかなか行程がギッチリ詰まってるな。
ブラッドの言う通り、期間が短い。
僕の個人的な目標もあるし、気を引き締めないと取り残されるな、こりゃ。
「ありがとうブラッド。基本訓練の際は隊で行動することになる。俺は隊長、ブラッドが副隊長兼連絡係だ。戦闘での事は俺に、行程とかはブラッドに聞いてくれ。これから命を預け合う仲間として互いに一番身近な存在になる。遠慮も無用だし、歳なんか関係なくフラットな関係を心掛けよう」
「わかった!」
「オッケーです!」
イヴァンの隊長らしい統率者の雰囲気に、僕とバータルはそれに応えるように返事をした。
「今日のところはもうこれといってなんもないから。最後に陣形での役割を少し説明しとくぞ?先ず、最前衛のバータル。お前はクリーチャーと接する機会が単純に多い一番危険性が高いポジションだ」
「おう!任せとけ!」
背筋を伸ばし、胸を張るバータル。
なんだその胸筋。鉄板でも入ってそうだな。
「さすがはモンゴルの雄。心強いな。だが、勇み過ぎも良くないポジションだ。基本的に陣形の先端を維持し、付かず離れずを保つ事を心掛けろ。お前がこの隊の要といっても過言じゃねえ。お前が崩れればこの隊は瓦解する。クリーチャーの攻撃を受けきる事が役目で、そうすれば俺たちが確実に仕留める。俺らを護る、俺らはお前を護る。わかったか?」
聞いてるだけでキツそうだなやっぱり。
でも、それを任せられるのはバータルしかいない。
「了解、隊長。どんとこい!」
信頼の塊みたいな奴だな。
「次にムネ。お前はこの隊だけじゃない。全隊の要だ。アナナキの話じゃ今、付与適正をこの訓練で見極めて、最低あと一人は付与師を育成したいらしいが、確定しているのはお前しかいない。だから、戦場じゃお前は引っ切り無しに動き回ることになるだろう。だからこの第一隊は戦力が固まってるんだが、やはり一人抜けるのは手数的にキツイ。なかなかのハードワークになるが、迅速に他の隊の付与後はこちらに復帰するようにしてくれ。隊的な役割はその付与も勿論だが、基本は二列目の仕事である、バータルの援護と、バータルが攻撃を受けた後に生じる隙を突く、最も攻撃的なポジションだ。出来れば武器を使用してくれると、攻撃の幅も広がるから、そこんとこ検討してみてくれ」
「了解です!お、武器か。考えときます!」
なるほど。
二列目は一番攻撃的なポジションだったのか。
だったらイヴァンの言う通り、武器はかなり有効だろう。
リーチの長い武器が好ましいかもしれないな。
「そして三列目。ブラッドは通常時ムネと同じく攻撃的なポジションだ。だが、物理的な攻撃というよりもムネの後ろから気魄弾等での援護射撃に重きをおく。クリーチャーの殲滅に必須な全消滅の役目を担ってもらうことになるだろうな。あとはバータルが疲弊したり怪我した時、治癒する間の交代要員であり、ムネの空いた穴を埋める攻撃を求められるが、そこは俺も加勢する」
「了解。バータル、遠慮なく交代をして欲しい時はいってくれ。さっきイヴァンが言った通り、我慢してお前が潰れたんじゃ元も子もない。任せとけ、伊達に太ってない。脂肪で攻撃吸収してやるぜ、がっはっは!」
愉快なおっちゃんだな。
ポヨーンと、叩いたお腹が揺れに揺れている。
触りたい。
「で、最後は俺。最後列の安全圏だ。ありがてぇが、それにはちゃんと報いるつもりだ。基本は全体の指揮。進退の判断や隊の位置取りが主だな。戦闘では俺の声をしっかり拾ってくれ。他は背後からの攻撃を防いだり、最後列からの気魄弾攻撃。チサト程じゃねえが、そこそこには気魄弾には自信がある。バータルもムネも、ブラッドもだが、火力の面じゃかなりウチの隊は恵まれてる。他の隊に遅れをとっちゃ、第"一"隊の名折れだ。存分に戦果を挙げてやろう」
「「了解!」」
さすがは元軍人。
僕だけじゃなく、バータルやブラッドもイヴァンの雰囲気に後押しされて、士気を高めてるように見える。
第一隊か。
いいな、かっけぇ。
戦争は怖い。
でも今はイヴァンマジックの効果か、怖いよりもやってやるという気になっていた。
だが、一つ。
気になった点があった。
「隊長。付与師って育成できるんすか?」
僕の十八番。
付与を施せる人員が増えれば、第一隊だけじゃなく、全体としてもかなり安定する。
「アナナキ曰く、素質はあるに越した事はないらしいが、ある程度見込みがあったら施せるようになるって話だ。だが、ムネみたいな青の気魄はこの中じゃ見てねえな。そこんとこ詳しくはわからねぇが、どうにかなってくれるとありがてぇけどな」
青の気魄か。
そう言えば、僕以外には見ていない。
「お?でもさっきディミトリーの担当から治癒された時は赤い気魄だったぞ?」
あぁ、そう言えばバータルはさっきディミトリーの担当アナナキさんから治癒してもらったって言ってたな。
「何が違うんだろうな。担当に聞いてみるわ。もしかしたらその付与の訓練に僕が役立つかもしれないしな」
育成っていうくらいだから、一からの習得になるだろう。
だったら感覚を教えるとか、もしかしたら僕も役に立てるかもしれない。
「おし!じゃあ今日のところは、第一隊での訓練は終いにするぞ?」
「「了解」」
「ほんじゃ、解散!」
イヴァンの解散の号令で各々腰を上げ、第一隊の円は散り散りになった。
「ムネノリ。この後はどうするんだ?」
尻についた草を払いながら、そう言ってきたバータル。
だが、特になにかあるわけでもない。
付与の適正を聞くのも、エリームにはいつでも聞けるしな。
いつもの事だが、熊本くんはどこにいった?
「特にする事はないけど、バータルはなんかするのか?」
「いや、なにもないな」
「だよな。自由時間ってなにすればいいんだ?」
娯楽もないって話だし、自主練以外考えられる暇つぶしがない。
「てか、ウチのアンポンタン知らないか?」
「ん?クマモトか?アイツならさっきムネノリの担当とどっかに行ってたぞ」
あぁ、そう言えばエリームも見当たらないな。
「ま、一度俺も担当のとこに行ってくるわ」
じゃあな!っと片手をあげて去っていくバータルに、僕も片手をあげて別れを告げる。
んー。
エリーム達も見当たらないし、座ってボケっとしとこかな。