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「ご迷惑をお掛けしました」
目の前には、イヴァン、バータル、知里ちゃん、エリーム、熊本くん、ディミトリー。
大の大人たちに囲まれて、僕は正座しつつ縮み上がっていた。
「いや、俺の方こそすまない」
そう言ってバータルは正座する僕と同じ目線まで腰を下ろし、立つようにと、手を伸ばしてきた。
先程感じた悪魔のような笑みは消え、いつもの清々しい好青年の笑顔に戻っている。
その手を取り、引っ張り上げられた僕はもう一度囲んでいるみんなを見渡す。
「ムネ。お前覚えてねーだろ?」
腕を組んで口元を引き締めたイヴァンがそう言ってきた。
「途中からあやふやで」
後ろ手に後頭部を掻く僕に、大きなため息を吐くイヴァン。
「まあまあ。ダーリンも悪気があってやった訳じゃないんだし、そう責めないであげてよ」
珍しく苦虫を噛み潰したような顔をする知里ちゃん。
それを見てどれだけの事を自分がやらかしたのか盛大に不安になった。
「僕、なにしたの?」
「俺との戦いの最中、ずっと身体強化の付与してただろ?」
「え!?してないよ!?」
僕の驚きに、今度は全員が溜息を吐いた。
「それも無意識か。まぁ、記憶にはないかも知れないが自己付与してたんだ。それで過剰に付与された気魄が安全装置である放出に間に合わず蓄積して、爆発したって感じだな。だろ?アナナキさん」
「ええ、バータル様のご説明通りです。その暴発した気魄は意識を刈り取り、タチバナ様は自己再生持ちの殺戮マシーンと化しました」
わー
わー
わー
「鬼だったな、あれは」
「あ!それな!形相といい青い気魄といい、鬼火纏った鬼人だったよ!」
「先輩。魔王でもう手一杯なので勘弁してください」
「師匠!ゴリゴリに尊敬します!!」
「「やめなさい!」」
各々の反応から察するに、大変な騒ぎになっただろう予測はついた。
是非、ディミトリーくんには真似しないでいただきたい!!
「だが、そうそう冗談言ってて収まる話でもねーぞ。こりゃ対策考えねぇと危険極まりない」
やっと締まった口元が緩んだイヴァンだが、事の重大さには頭を悩ませている模様だ。
大変申し訳ない。
「あ!てか怪我人とか出てない!?バータルもそうだけど!僕がやらかして怪我させたとかは!?」
「大丈夫だムネノリ。俺の怪我はディミトリーの担当さんが治してくれたし、ほかに怪我人も出てない。ムネノリの様子がおかしくなったのを直ぐに察して、チサトが飛んできて、ディミトリーもその後来てくれて、4人がかりで抑えて被害はゼロだ。ちょっとばかし丘が一つ無くなったくらいで」
は?丘?
ポカンとしていると、周りのみんなは一様に僕の右手方向を指差している。
ーーーあら、綺麗さっぱりね。
グルっと草原の四方を囲んでいた小高い丘の一角が、更地になっていて、そこは焦土と化しており、未だに燻った煙があちこちに漂っていた。
「あれは?僕?」
一同、首肯。
「師匠!超弩級の巨大気魄弾でした」
「は?」
「みんなの気魄を集めた某必殺技並みの気魄弾だったっスよ」
元●玉!?
「しかもなにやらよくわからない気魄のハンマーみたいなの作り出してモグラ叩きみたいに私達を叩き潰そうとしてたよ?」
「ふぇ!?なにそれ!?」
記憶飛ばして飲み会で暴れた翌日の反省会の700倍辛いなこの状況。
「気魄による具現化の真骨頂とも言えるものでしょう」
「武器要らずじゃん!!ドシンッドシンッって凄かったんだよ!?お?どしん?閃きました!!」
興奮したような説明のエリームに、これまた何やら良からぬ事を思いついて満面の笑みの知里ちゃん。
「あの技名を閃きました!怒りの震えと書いて!怒震!!ドシンッドシンッだから怒震!」
好きにして。
「お!なにやら格好良いなそれ!」
乗らないでバータル。
僕を取り囲んだ反省会はその後も続き、チラチラみんなの隙間から見える、他の皆さんの好奇の目に居た堪れない気持ちになりながらも、弄られ続けた。
「ま、とりあえず。小僧どもの実力はわかった。約一名切れさせたら惑星ごと吹き飛ばしそうな地雷は置いといて、戦闘センスに関しちゃ申し分ない」
ーーー地雷。
「だがまだまだ荒削りの力任せだ。力任せの戦闘は戦争での戦術としては愚直過ぎる。身体がいくつあっても足んねえ。技術をしっかり訓練しなきゃな。技術があれば余裕も生まれ、冷静にもなれる。ムネは目下その冷静さを養わなきゃな。バータルも俺から見たらちょいちょい危ねぇとこあったぞ?ムネがああなってなかったら俺はお前ら二人を止めなきゃならなくなってたんじゃないかと思うと背筋が凍る」
なるほど。技術か。
そう言われれば、なんの格闘技もやったことないし、格闘技術なんて全く知らないからな。
その点イヴァンは元軍人。
学ぶところしかなさそうだ。
ん?バータル?
危なかったのか?
「だな、隊長。俺も危うく我武者羅になっちまうとこだった。ムネノリがああなってくれて、冷静になれたのもある」
「ああ!!そうだよ、バータル!お前悪魔にでも取り憑かれた、いやむしろ、悪魔そのものだったぞ!」
あの戦闘で思い知った、バータルの嗤い顔。
ボヤけた視界でも確認出来た大きな炎のような気魄。
悪魔と表現するにピッタリな恐怖だった。
「あっはっは!そうだなムネ。まるでありゃあ悪魔だったな!」
イヴァンも見ていて同じ事を感じてくれていたようだ。
「そんなか?気をつけなきゃな」
腕を組んで小首をひねるバータル。
普段のその大型犬みたいな愛らしさをかなぐり捨てたら、野生の狼どころじゃなくなるから恐ろしい。
「いや、バータル。ムネもだが。お前らのその狂気はこと戦争には重要な要素だ。チサトもディジーもその要素を自覚してコントロールしてるんだ。チサトのはちょっとコントロールがズブズブだがな。それをお前らもコントロールするんだ。抑え込むなよ?コントロールだ。この差が分かればもっと強くなるぞ!なんならチサトやディジーとどっこいの強さになるぞ、お前ら」
狂気。
抑え込む。
その言葉で、僕はさっきの森を思い出した。
いかんいかん。
イヴァンの言った"コントロール"。
僕の当面の目標がしっかりと浮き彫りになった。
「がっはっは!ウチの隊は元気いっぱいですなあ」