鬼vs悪魔
「ところで小僧ども。お前らどんくらい強いんだ?」
軽い自己紹介の後、バータル、イヴァンを含めた三人で歓談していると、イヴァンが少し顔を引き締めた様子で聞いてきた。
「んー。って言われるとどのくらいって言えばいいかはわかんねえが、イギリス女とは互角に戦えんじゃないかと思ってる」
いつも通りの壁破壊で、もうタメ口に戻っているバータル。
だがなんの嫌味も生意気さもない為、イヴァンはむしろ喜んでいるようだ。
「僕は全くわかってないけど、知里ちゃん曰く私よりちょびっと弱いって言ってた。身内贔屓かもしれないですけどね」
「おー。さすがだなそりゃ。第一隊が戦力上最強って聞かされてたからよ。どんな化物かと思ってたら、可愛い小僧どもだったもんで疑っちまった、すまんすまん」
そう言って後ろ頭を掻いて笑うイヴァン。
この人も正直な人だな。
バータルと血繋がってない?
イヴァンの可愛い小僧発言に、男の子ならムカッ腹も立つってもんだが、全くそんな気にならないのは、恐らく本気でイヴァンはそう思っているのだと確信しているからだろう。
「あ、そういえばもう一人居ますよね?ブラッドさんですっけ?」
「あぁ、おっちゃんなら今アナナキと行程の打ち合わせしているぞ。後で合流出来るから安心しろ」
おっちゃん?
イヴァンも十分カッコいい白髪靡かせるダンディなおっちゃんだが、そのおっちゃんにおっちゃんと呼ばれるおっちゃんに興味が湧いた。
「よし!ごちゃごちゃ喋ってるより見た方が早いな!お前ら手合わせしてみろ」
「うぇ!?バータルと!?」
イヴァンの間断ない決断に、僕は呆気にとられた。
「なんだ、ムネ。バータルが怖いのかぁ?」
大人の意地悪そうなその笑みに、あっけなく小僧の僕は乗せられた。
「おうおう、やってやりましょう!バータル、ほどほどにな!?」
「潔いのかヘタレなのかわかんねーなお前」
無言で事の次第を聞いていたバータルは、僕が向き直るとニヤニヤした顔をして、手首を回していた。
「友達だからって手加減はしないぞ、ムネノリ」
「戦う前に心揺さぶるような発言控えなさい、このナチュラルジゴロ」
お互いに最後の声かけをし、十分な間合いを取り始める。
バータルは腰をグイッと落とし、なんとそのままの態勢で片足を真っ直ぐに天空へと伸ばした。
四股!?
なんとも美しいその四股は、彼の身体能力の高さの一端を伺い知るのに、十分な情報だった。
最初っから全力でいってやる。
僕は自分の中にある高揚を、赤くなっているだろう顔の熱さで感じ取った。
モンゴル横綱に勝っちゃる!
日本人の声援が聞こえてきそうな両国国技館を妄想しながら、僕も腰を落とし、両手を膝につけ、最大限に自身の身体能力を引き上げる。
両手から流れる青い気魄が、体から滲み出始め、限界を超えたことを表している。
テンションまで振り切った僕は、先程のバータル同様、そのままの形から大きく片足を天に突き上げ、四股を踏む。
目を丸めてその後ニヤッと笑うバータル。
それに呼応するように、僕もニヤッと笑い返してやった。
「よし、準備はいいな?」
「「おう!」」
「それじゃあ、行くぞ!っはじめ!!」
そう言って後ろに軽く飛んだイヴァンを皮切りに、僕達は示し合わせたかのように真っ直ぐ相手向かって飛び出した。
それは猛牛の喧嘩のように、酷く馬鹿正直なぶつかり合いから始まった。
互いの頭蓋骨と頭蓋骨が、ゴツンと鈍い音を立てて響く。
コレに怯んでは一瞬で負ける。
僕はそう確信して、一瞬弾かれた頭を横に振り、バータルの右肩に押しつける。
バータルもそう感じたのか、全く同じように僕の右肩に頭を押しつける。
踏ん張る地面が沈んでいくのがわかる。
タイマンでスクラムを組んだような状態のまま、互いの次の動作を伺いながらも真正面の相手に全力をもって押し合う。
バータルの上背が優っている為、上から圧を感じ劣勢を察するが、そこは気魄様様。
通常時なら絶対に敵わないような体格差も、今はこうして互角の勝負にこぎ着けている。
だが、
「うぉらぁぁぁ!」
態勢の有利不利は精神的に堪え、たまらず僕からアクションを起こす事になった。
一瞬声と共に、限界を振り切る力を込めて押し、それに呼応するバータルを確認した僕は、勢いよく今度は後方へ力の向きを変化させた。
呼応したバータルの力は、肩透かしを食らい、前につんのめる形になる。
互いに組み合っていた腕も解け、僕は下がってきたバータルの後頭部を両手で押さえ、跳び箱を飛ぶようにして思い切りバータルの顔を地面に押し付けた。
よしっ!
と、僕はこの後出来るであろう、安堵の時間を前借りしてしまった。
なんと押しつけて地面に着くはずのバータルの頭部は、衝撃の前にピタリと止まり、背筋だけで全ての衝撃を相殺したのだ。
化物か!?
焦った僕を感じ取ったバータルが、瞬時に後ろ手で僕を掴みに来る。
このまま掴まれたら、スマ●ラのドンキ●コングの自殺技みたいな危うい態勢になってしまう。
両手でついた頭部をもう一度押しつけ、その反動でバータルの背後へと跳ぶ。
恐らく今のでも前に転げなかっただろうと思った僕は、すぐに振り返りバータルへの背後からの攻撃に移った。
「うげっ!」
先の衝撃を今度は両手をついて殺したバータルは、迫り来る背後からの攻撃を後ろ脚の二本で迎撃。
バータルの前脚からの屈伸運動で生み出されたドロップキックは、僕の腹部を無防備に蹴り圧した。
まともに馬並みの後ろ蹴りをしかもダブルで腹部にもらった僕は、呼吸の仕方を忘れてしまうほどの痛みに襲われた。
だが、バータルを相対しわかったことがある。
一瞬でも怯むと、瞬殺される。
本能的な何かが僕にそう感じさせ、無理矢理意識をバータルへ向け、後ろに投げ出されそうな体を踏ん張って保つ。
ズザッーと両足の裏で地面を擦りながら、衝撃を受けた後霞む目が捉えたのは、またもや猛牛のように突進してくるバータルの顔面だった。
しかしさっきのものと違うところ。
それは彼が顔を上げていることだ。
彼の身体能力を鑑みても、回避を選んだところで恐らく反応されて危険。
そう判断し、迎え撃つ態勢を取る。
ニヤッとまたしても嗤うバータル。
彼の笑みへの印象が、ここ数分でコペルニクス的転回のように変わっていた。
清々しい程の凶悪。
嗤っているのか、歯を見せて威嚇しているのか、その野生的な相手を見やる獰猛な目には、一切の配慮は無さそうだ。
「舐めんなよ、きさん」
自分の声に驚いた。
勝手に口が動いていたのだ。