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シュッという音と共に、まず間合いを詰めてきたデイジーのレイピアが、知里ちゃんに向けて躊躇なく刺突を繰り出した。
周りの観客の息を飲む音が聞こえそうな程、一瞬にして緊張が高まる。
しかし、そこは魔王さま。
なんとレイピアの刺突を華麗に左に避けたかと思った瞬間、そのレイピアの腹を正拳突きし、刺突を歪ませる。
勢いよく放たれた刺突の歪みに、態勢を崩したデイジー。
そこに迷わず反転した知里ちゃんの踵が、デイジーの顔面へと繰り出される。
「へぇ」
不敵に嗤ったデイジーは、迫り来る踵の下に身を屈め、知里ちゃんのお尻に肩をぶつけ、押し返した。
蹌踉めく知里ちゃんに、態勢を整え直したデイジーの刺突。
それを難なく後転して避け、間合いを置く知里ちゃん。
いきなりハイレベル過ぎんか!?
僕の動揺は、周りを囲むオーディエンスと一致しているようで、隣にいたバータルがそれを顕著に表していた。
ふるふると肩を震わせるバータル。
武者震いって初めて見た。
「なかなかやるじゃないメスゴリラ」
間合いを取った知里ちゃんは、もう一度構え直し、目の前の人物を敵と見定めた様子。
エリーム曰く、赤というには白過ぎる炎色の気魄を更に滾らせていく。
「美しい」
ボソッと呟いたエリームの感嘆の声が、隣から漏れ出ていた。
「啖え!魔王の雷!」
厨二チックな発言と共に、知里ちゃんから放たれた禍々しく屈折しながら迫っていく気魄の雷は、そんな残念な発言をも払拭するほどの脅威に見えた。
なんじゃありゃ!!?
瞬時に危険と判断したデイジーは、大きくその場から飛び退いてその雷をかわす。
ドゴーーーン!
ーーー!?
オーディエンスから無言の驚きが響き渡る。
先程までデイジーのいた地面が、隕石でも落ちてきたかのように、半径5メートル程丸く陥没し、クレーターのようになっていた。
死ぬぞ!?
あんなの食らったら、跡形もなく木っ端微塵になってしまう。
「うげっ!大丈夫か!?あれ!」
エリームに確認するように目線を向けると、顎が外れそうなくらい開ききった口と、これでもかっと見開いた目をしたエリームが固まっていた。
「ほぅ。避けたか」
避けねば死んどるわい!
見事!と言わんばかりに、満足気に一息つく魔王もとい大魔王。
「バケモンか!」
クレーターから2メートルは離れた位置にいるデイジーだが、風圧のせいか尻餅をついていた。
「こら!知里ちゃん!加減をしなさい!」
自制の聞かない野獣目掛け、僕は叫ぶ。
「てへぺろ」
自分の頭を小突いて、舌を出している知里ちゃん。
可愛いけどダメ!
「煩いわよっ!黙ってなさい!」
勢いをつけて跳ね上がり、またもや戦闘態勢に入るデイジーが、僕目掛けて怒鳴ってきた。
「いやいや!死ぬよ!?」
「フンっ!当たればでしょ!?あんな鈍足避けれないわけないでしょ」
先程よりも深く、腰を落として構える。
呆気に取られている観客が正気を取り戻し、待ったが掛かるのを嫌がったように、デイジーは素早く蹴り出し、クレーターを飛び越えて知里ちゃんに刺突を繰り出す。
「ほぅ。根性だけはあるみたいね。でも一辺倒過ぎよ」
刺突の速度に順応したのか、知里ちゃんは軽々といった様子でひらりとかわしてみせた。
「フンっ。残念なオツムだこと」
刺突をかわされたデイジーはそう言うと、回避した知里ちゃんを目の前にして、その眼光を交差させる。
回避されることを見越していたのか、態勢は崩れることなく真横の知里ちゃんに即座に相対し、先程よりも鋭い刺突を至近距離から素早く繰り出す。
あまりの速さに、知里ちゃんも瞬時に眉を寄せ危険を察知した。
当たった!
僕にはそう見えたが、どうやら寸での所でかわした模様。
至近距離からの刺突をも回避した知里ちゃんは、即座にカウンターでデイジーの脇腹に拳を叩き込んだ。
と、思った瞬間。
ボンッという破裂音とともに、知里ちゃんの身体が軽く浮き、後方に弾かれた。
「うっ!」
弾かれた勢いは、こちらまで届く圧でその威力を感じさせたが、地に着いた足を踏ん張り、そのままの態勢でなんとか持ち堪える。
「なにごと!?」
まるっきり何が起きたのか理解出来ていない僕。
刺突を避けられたデイジーのレイピアは、カウンターには間に合わなかった筈。
気魄か?
「素晴らしい!素晴らし過ぎますね!お二人とも!」
マッドサイエンティストのように、異常な程の興奮が抑えきれないエリームは、その場で地団駄を踏み、歓喜にのまれている。
「なんだったのあれ?」
「デイジー様は気魄を一気に全身から放出し、近距離にいたチサト様を吹っ飛ばしたのです!しかし!それをチサト様は背後に気魄を放つ事で大きく吹っ飛ばされる事なく体勢を保ち!次くる攻撃に対しての準備に即座に入られた!そうする事によってデイジー様の追撃を潰されたのでぇぇぇふぁ!!」
あまりの興奮で両手を天にかかげ地団駄を踏むエリームに、僕は最大限引いた。
てか!どっちもどっちなんかい!
知里ちゃんだけが、化物というわけじゃないという事がわかった。
「はっ!」
気合の篭った声に反応し、狂喜乱舞のエリームから目を外すと、そこには迫り来る気魄弾があった。
ーーー!?
かなりのスピードで迫ってくる気魄弾に、咄嗟に反応出来ず固まってしまった。
すると、物凄い風圧と共に目の前で霧散する気魄弾。
思わず目を瞑ってしまった僕は、すぐさま瞼を開くと、大きくてゴツゴツした、木の幹を思わせる腕が僕の目の前を防いでいた。
「大丈夫か?」
ふっ、と笑いかけてくるバータル。
どうやら知里ちゃんが放った気魄弾は、デイジーの回避により威力そのままでこちらに流れてきたようだ。
それをバータルが片腕一本で受け、霧散させた。
「惚れるぞ!?」
クルクルと気魄弾を受けた掌を回し、何事もなかったかのように視線を戦闘に戻すバータル。
何このイケメン。
カッコよすぎるだろうが!!
思わずバータルの隆々とした肩から覗かせる横顔に、見惚れてしまっていた。
危うくなりふり構わず好きになるところだった。
「サンキュー」
なんとか恥を忍んで捻り出した強がりな感謝を述べ、「おう」と反応してくる男前から目を外す。
二度と同じ轍を踏まぬように戦闘に集中しよう。
二度目は後戻りできなくなる!
今にも惚れてしまいそうな心を鎮め、戦況を見やると、そこには激烈な光景が広がっていた。