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「大変お見苦しい所をお見せ致しました」
脱兎の如く森から逃げ帰って来た僕達は、草原に二人座り、先程の互いの行いを反省していた。
「いや、こちらこそ。なんかあの森ヤバイな。黒歴史製造所か?」
僕は自分でも目を逸らしてしまう程の内面を見られ、エリームに至っては、なによりも大切な名前を暴露し、今までのキャラをもぶち壊す豹変ぶりを晒してしまう醜態。
一向に燦燦と降り注ぐ陽の光が眩しく、僕らの黒歴史を明るく照らしていた。
「ですがタチバナ様。名前の事に関しては私は不本意なわけではありません。あの森での出来事は大変恥ずかしいですが、嘘はありません」
「やめてくれる?その酔った勢いで一晩共にしたけど好きなのは嘘じゃないよとか言っちゃう優男的発言」
僕に向き直り、正座をして誠心誠意を伝えようとするエリームに、かなりむず痒い気持ちになってしまう。
「なんですかその発言。逆にやめてもらえますか?恥ずかしいので」
「まあでも酔った席みたいな場面だったけど、エリームの素っぽいの見れたのは単純に面白かったけどな」
そう言った僕もなかなか恥ずかしい気持ちを我慢していたのだが、恐らくエリームと呼ばれ照れ臭かったのだろう。
俯いて肩をフルフル震わせている。
「あー、むず痒いですね!私の4000年近い生涯でこれ程の醜態はなかなかないですよ?アナナキ間ですらアナナキンヌ以外には私の名前は明かしていないので、他の人から名前を呼ばれるとムズムズします」
「人を水虫みたいに言うんじゃないよ!って、え!?アナナキンヌは知ってるの?」
意外と衝撃的事実。
エリームとアナナキンヌの関係性がイマイチよくわからない。
「アナナキンヌは私の妻です」
「ーーーーーー」
「なんで黙るんですか!?」
「お前はもうちょい衝撃的事実を明かす前に一旦緩衝材とか挿れて喋りなさい!!ここ何時間でどんだけ暴露しまくるの!?」
まさかだった。
妹とかかな?って予想の、戸籍的にも斜め上をいく事実に、僕は直ぐには立ち直れそうになかった。
「ですが、もうこの際包み隠す事もないかなと。と言っても隠していた訳ではないんですが」
へへへっと後ろ頭を掻く仕草。
もうコイツ完全に薄皮一枚残さず壁をとっぱらってきたな。
「ま、まあ、そうだな。あんだけ互いに醜態晒して今更って感じはするな」
「信用は勝ち取れそうですかね?」
スッと真顔に変わるエリーム。
余程真剣に考えてくれているのだろうと、馬鹿でもわかる実直さが、僕にはこれまたむず痒かった。
「もういいって。こんだけなあなあな感じになっといて、んで?告白の返事は?とか聞いてくる鈍感男みたいな事言うなよ」
「言葉にしていただかないと伝わりませんよ」
「やめなさい?本気でゲイっぽくなっちゃうから」
軽口もテンポ良く投げ合うこの雰囲気が、どこか可笑しく、僕達は口元が緩み、互いのそれを見て大笑いに変わっていった。
「なんでそんな長年の友人みたいな雰囲気になってんスカ?」
ケラケラと笑っていた背中から、聞き慣れたなんちゃって敬語を使う後輩の声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには熊本くんと、目を見開いた知里ちゃんがいた。
「アナナキっち。仲直り飛び越えて一線超えたんじゃなかろうね!?」
「どんな勘違いだよ!やめなさい?そういう腐った想像は!」
勢いよく僕の隣に座り腕を掴んで、エリームを威嚇する知里ちゃん。
「御安心下さい。私達は親友ではありますが、そういった関係にはなりません」
「いつから親友になったんだよ!」
至極真面目な顔でそういうエリーム。
「おぉ、親友か!なら仕方ない!良かったねムネリン」
邪気もなく素直に信じる知里ちゃんに、違うと説明するのは骨が折れる。
まあ別に違うと殊更に否定するのもなんだかおかしいし、まっ、いっか。
「なにがどうしてそうなったのかわかりませんが、仲良い事に越したことはないっスからね。良き良き」
口の端を歪めて、意地悪そうに笑う熊本くんも、エリームと僕の近くに腰を下ろす。
なにやら仲良し四人組のような雰囲気のこの場に、僕は安らぐものを感じない訳ではなかった。
「んで?ハニーはディミトリーと仲直り出来たの?」
「おう!無事解決したよ!タローともね!なぁ?そうだろう?タロー」
どこか威圧的なその言い方に、熊本くんは小刻みに首肯する。
いつも通りだな。
「それは良かった。して熊本くん。君はなにか大層な役割を担っているらしいけど、そこんとこ大丈夫なのか?」
慌ただしく戦場を駆け回る事になるであろう伝令。
気負ってビビっているのではないかと、一応心配してやる良き先輩。
「あぁ、伝令の件っスカ。モチのロンっスよ!どーんとお任せあれ」
意外とお気楽そうな熊本くん。
本当にわかってんのか?こいつ。
「クマモト様の伝令には私とアナナキンヌがぴったり護衛して回りますので、どーんとお任せあれ!」
自分の胸をドラミングするように叩いて、自信満々なエリーム。
「おぉ!要人扱いっスカ!?こりゃ必死こいてお勤めしなきゃっスネ!」
「タロー。本当に大丈夫なの?アナナキーズが付いてるのは心強いけど、アンタもそこそこに攻撃出来ないと、逃げ回るだけじゃキツイと思うよ?」
「ふっふっふっ。なにをおっしゃるウサギさん。僕が丸腰でそんなバケモノ揃いの戦地に行くとでも?」
熊本くんはそう言ってニヒルに笑ってみせる。
腹立つなその顔。
「なにか策でもあんのか?」
「モチのロンっス!アナナキ製の秘密兵器を用意してもらいました!」
「え?なにそれ?いつの間に?」
手でピストルの形を作り、バーンっと打った動作の後、人差し指をフッと吹く熊本くん。
「さっきぽっちゃりアナナキさんから話を聞かされまして。丸腰で気魄も使えない僕の為に、自動小銃てきな武器を作ってくれるんだそうっス」
「ええ、私が提案しまして。目下、私の研究室で製作中です。銃弾に気魄を付与し、固定して弾倉に装填。それを交換することによって何発でも射撃可能ですが、前もって付与師からその弾倉を作って貰うにしても数には限りがありますので、誤射、乱射は禁物です」
「「かっけぇ!!」」
僕と知里ちゃんはその最先端にカッコ良さげな武器に素直な感想をハモらせる。
「威力はさすがに気魄弾とは比べ物になりませんが、そこらの銃と比べれば遥かに弩級ですよ。クリーチャーの硬い表皮も貫通するでしょう」
「マジかっけえな!良かったな熊本くん!」
「早く扱ってみたいっス!慣れておかないと誤射しそうっスからね!」
「お前わざと狙うなよ?」
「え?なんのことっスカ?」
こいつ!
ヒューヒューと口笛を吹き、空を見上げる熊本くん。
敵は前だけじゃなさそうだ。
「アナナキーズは気魄弾使えるの?」
「いいえ、チサト様。私達は気魄弾を使えません」
え?
そうなの?
「だよね。訓練とか見ててもアナナキ達が気魄弾使ってるの見た事なかったから、もしや使えないんじゃないかと思ってたんだよ」
「私達は付与師以外、気魄を体外に具現化できる術を身につけていませんので、クマモト様のように武器での応戦になります。私はブレードを、アナナキンヌはバズーカ砲を使います」
「ブレード!?剣ってこと?」
なんかかっちょよさげな武器がまた出てきたな!
「はい。アナナキの知識の結集!ダイアモンドですら微塵切りできる特殊素材で作った剣です」
「「おおー!!」」
これまた僕と知里ちゃんは目を輝かせ、ハモってしまう。
「そしてアナナキンヌのはバズーカ砲ですので、中遠距離をアナナキンヌ。近距離を私が、相手取る形になりますね」
アナナキンヌがバズーカ砲。
あのスラっとしたモデル体型が、肩にバズーカを乗せて口の端を歪めている光景に、なんの違和感もないのが逆に怖い。
「さすが私のアナナキンヌ」
やるではないか。と、独り言つ知里ちゃんも、なかなか凶悪な顔で笑っている。
「ほかに武器持ってる人って英雄でもいるの?」
ちょっと欲しくなったとかじゃないんだからね!!
「ええ、デイジー様とアナ様が確か武器の使用を考えておられましたよ。デイジー様は特に、人間世界でも名の知れたフェンシングの選手だったそうなので、剣をお使いになられるそうです」
「へー!あの女王さま、フェンシングの選手だったのか!鞭かと思った!」
女王さま=鞭のイメージは、万国共通だと自負している。