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「茶髪セミロングの色白碧眼、顔のパーツは神様も丁寧に作ったのだろうとわかる繊細さ、スラっとした手足に透き通るような肌。どっからどうみても美少年だろ」
懐かしさを覚える光景。
僕と熊本くんは、丘の上で二人仲良く正座して並んでいた。
「そこまで並べ立てても尚貫き通すその九州男児の頑固感は嫌いじゃないけれど、証拠が出揃ってて何も言うことないレベルですが?」
見慣れた魔王立ちの知里ちゃんは、呆れたように溜息を吐いた。
「いつから錯覚していた!?」
隣ではずっとこの調子で落ち込んでいる熊本くん。
いやでもほんと、いつから男の子だと勘違いしてたのだろう。
「まだまだねアンタ達も。リアルおとこの娘を見抜けないなんて」
「見抜けるか!!」
アニメなどでよく目にする、ボクっ娘属性を目の当たりにして、その精錬さに完敗を喫した僕達萌え豚。
「でもさ、あの感じだと、相当ショック受けてたよ?大丈夫なのかな?」
去り際に顔を真っ赤にして、掠れた声で捻り出した謝罪の言葉が脳裏に浮かぶ。
第一、ディミトリーだって僕達が勘違いしているのは気付いていたはず。
それを隠すようにしてたってことは、なにかディミトリーにも事情があるのではないかと、僕は若干心配になっている。
「関係ないわね。私は私のダーリンに寄り付くメスを許さない」
なかなかにヘビーなお言葉が発せられておりますな。
まぁ慣れてるけど。
「でももしディミトリー自身は男でありたいと思ってて隠してたんだとしたら、結構ショックなんじゃない?今の流れ」
「え?え?え?」
見るからに動揺を隠せない知里ちゃん。
「あ、もしや考えてなかったパターン?」
「え、えーっと。それだと私って凄く嫌な女にならない!?」
「なるね」
まさか!と、世の終わりを迎えた様な顔の知里ちゃん。
なかなか見れない顔ではある。が、今回に限ってはやや配慮に欠けるのでは?と、僕も思わないでもないのでここは強めにいかせていただきました。
「性別の問題は今の世の中が抱えている少なからず小さくない問題だよ?それをああも大っぴらに言っちゃダメじゃないかマイハニー」
「うぅ。目の前にダーリンとメスが仲良くしている光景が展開されていてそんな事を考える余裕がなかったぁ」
涙目で口角を下げている。
あ、やばい。
泣き出してしまう。
「でも!してしまった事はしょうがない!!謝ってしまおう!」
「ゆ、許されるだろうか?」
「許される為に謝るのではない。謝らなければという心から謝らねば、謝ったとは言わぬぞ!」
唐突に落ち込んでいた状況から一変。
珍しく落ち込んでいる魔王の首を狙い、熊本くんはこれ幸いと追い討ちをかけてきた。
が、それは危険過ぎる。
「う、う、うぇぇぇぇぇぇぇえん!」
馬鹿たれが。
鼓膜を劈く程の泣き声が、小高い丘からモリヤの山一帯に広がる。
泣かした本人も、まさかここまで泣くか!?という顔で驚愕を浮かべていた。
状況はめくるめく変貌してゆき、まさか知里ちゃんが泣き始めるなど、誰が想像出来ただろうか。
「このバカチンが!知里ちゃん泣かせる奴があるか!」
おー、ヨシヨシと膝から崩れて両目を両手で覆う知里ちゃんの背中を優しく撫でる。
「え?あ、すみません」
困惑が隠せない熊本くん。
わからんではないが、お前も悪い。
「ほら!しっかり知里ちゃんに謝れ!」
「部長!すみませんでしたっ!!」
直立不動からの綺麗なお辞儀。
勢い余って、前転するのではないかと思えるほどだった。
「うぇっ、う、うん。いいよ大丈夫」
劈く咆哮はおさまったものの、まだグズっている知里ちゃん。
一応の仲直りが済んだので、僕は少し熊本くんを慮って、離れるように手だけで指示した。
一見、小学生の喧嘩か?
と思えるほどの稚拙なやりとりだったが、こと知里ちゃんには大事なやりとりなのだ。
さすがの熊本くんも、さぞびっくりしたことだろうから、後々フォローしとかなきゃな。
僕は大丈夫か?というような周りの目をよそに、未だにグズついている知里ちゃんの背中を撫でる。
この現象には慣れている。
知里ちゃんは良くも悪くも、感情の表現が極端にわかりやすい。
さっきの流れなら、いつものように熊本くんが打ちのめされ、ぺちゃんこになる流れだ。
熊本くんも、それを狙ってのことだろう。
だけどちょっとだけ、いつもとは違う流れだったのだ。
僕が少し突っ込み過ぎたのも否めないが、僕のことに関して過敏な知里ちゃんは、直情のまま行動し、それが他人の心に傷を付けたと瞬間的に察して、後悔したのだろう。
変わっている。
そう一言で片付けるだけでいい。
知里ちゃんは変わっている。
でもそれは個性として、僕は可愛らしいと思っている。
なかなか、うぇぇんと泣き出す子を僕は知らない。
情緒不安定と言われれば、そうだとしか言いようがないが、それも個性だと僕は思っている。
だから、それでいい。
その個性に名前はいらない。
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「落ち着いたかい?マイハニー」
グズつきもややおさまった頃合いを見計らい、このまま寝てしまうんじゃないかと焦って声をかけてみる。
「っう。タローにも謝るぅ」
グズつきながらも、色々考えていたのだろう。
唐突な発言だったが、察することができた。
「それは勿体ない。アイツには僕がお灸を据えるから心配ない」
「おねがいします」
可愛いな!
涙目うるうるな上目遣いで縋るように僕を見る知里ちゃん。
ここが標高9000メートルの山頂じゃなかったら、色欲に洗脳されていたことだろう。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
ふと、頭上から声をかけられ驚くと、そこにはイザベルが心配そうな顔で眉を垂れていた。
「おぉ、イザベルか。大丈夫大丈夫。心配してくれたのか?」
「そりゃああんだけの泣き声聞いたら心配しますよぉ」
ま、そりゃそうか。
僕はいちいち状況を説明するのも億劫になり、大丈夫を連呼してイザベルを離れさせようとしたが、イザベルは頑なに動かない。
なに?察せない子?
「チサトちゃん。あっちいって遊ぼぉ?」
小学生か!?
快活に笑っているイメージのイザベルだが、状況が状況なだけに、その眉は垂れたまま。
ウチの家のギンを彷彿とさせる表情だ。
「うん。いく」
行くんかい!
小学生2人の会話に呆気に取られていると、ニパっと笑って仲良く2人は丘を駆け下りていった。
え?まさかの置いてけぼり?
「あ、あのぉ」
今度はなに!?
あまりの展開の早さについていけず、さっきまでの温もりを感じたまま呆然としていると今度は聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あ、知里ちゃん泣かした張本人」
「えぇ、直球っスね。すみませんでした」
さすがに軽口は叩けない様子の熊本くん。
僕の発言に安心したのか、胡座をかいていた僕の隣に正座で腰を下ろす。
「いや、こちらこそ。びっくりしたろ?」
「まさかあそこまで泣かれるとは。ていうか泣くとすら思ってませんでしたよ」
「だろうな。まあ環境の急変とかも影響してると思うけど、知里ちゃんはああ見えて人の"心"を傷付ける事を極端に嫌うからね。"体"はめっためたにしても何とも思わない節があるけど」
「そうなんスネ。1年以上もの付き合いですけどあんな部長初めてみました。まじ焦ったっス」
二人の時なんかは、たまにああいう風に感情が急に爆発することはあったが、熊本くんの言うように、人前でああなるのはかなり珍しい。
「まぁ心配すんな。遊び疲れて帰ってきたらケロッとしてるから」
「小学生っスカ!?」