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「どこのリーさんっスカ」
熊本くんの適度なツッコミとともに、ディミトリーの可愛らしいポカンとした表情が見れて役得な僕。
「ディミトリー。君はやる気が空回ってるんだよ。だからこんなナチュラルモンスターに屈しなきゃいけない羽目になる」
「誰がナチュラルモンスターだ!」
なんの語弊もない僕のネーミングセンスに、小蝿がいちいち突っ込んでくるのを気にしてはいられない。
「さっきアナナキーズとも話してたんだけど、ディミトリーは早く走ろうって意識が先走って、それが上手く作用出来てないんだよ」
「力みすぎてるってことですか?」
「ザッツライッ!だから今度は気負わずにさっき僕のところに来たみたいになにも考えず走ってみてみ?」
「やってみます!」
いちいち返答が可愛らしい天使なディミトリーは、立ち上がるとさっきと同じように気魄を纏わせた。
「同じようにあっちの丘にいって戻ってきてみ」
「はいっ!」
そう言った直後、さっきとは格段にスタートダッシュが違う、旋風をも巻き起こしたんではないかと思う程の速さで走り出したディミトリー。
「うおっ!」
真横にいた熊本くんもあまりの風圧に、少しよろけて驚く。
まるで別人のような走りに、その場にいた4人は驚きを隠せず、ぽけっと口を開けたまま。
すると、その数秒後には既に帰ってきていたディミトリーがキラキラした目をして目の前に立っていた。
「どうでしょう!!?」
褒めて!!っと言われたような錯覚に陥る程の満面の笑み。
僕達4人は互いに顔を合わせた後、遅れてきた驚愕に一同声を合わせた。
「「はやっ!!」」
「え?さっきのワザと熊本くんに花持たせたわけじゃないよね!?」
「ほんと、それ疑うレベルで段違いな速さなんスケド!」
「え!?そんな事はないですよ!師匠に教わった通りにしてみたら、こんなに速く走れるようになりました!!」
要領が良いのか悪いのか。
教えたらすぐ出来る子なのは、理解しがたいので把握した。
ふと、横から聞こえる荒い鼻息の方を見やると、興奮したように顔を赤らめているアナナキちゃんがいた。
「ディミトリー様!!素晴らしいです!!」
「ありがとう!アナナキさん!」
なんとも微笑ましい光景?
と言いたいところだが、あまりの興奮度合いに少し引くまである。
この世界に来てからわかった事がある。
アナナキ達は、担当の英雄が凄いと、やけに誇らしげである。
「ふふふ。それはそうですよ。私もタチバナ様が誇らしいのですよ?」
ありがとう。
でもちょっと恥ずかしいからやめて。
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と、なんやかんやでディミトリーの方もようやく気魄に慣れ始め、熊本くんをボコボコに出来るくらいにまでには上達した頃。
各アナナキ達が、ぽっちゃりアナナキに呼ばれ、なにやら会議をし始めた。
それに合わせ、僕、熊本くん、ディミトリーも少し休憩を取ろうと、草の絨毯に腰を下ろした。
「いやぁ、ディミくん中々強くなりましたね」
草の上を転がり続けていた熊本くんが、頬に草を付けたままメキメキと自分を追い越していったディミトリーを賞賛する。
「ありがとうございます!これも師匠と兄さんのお陰です!」
ここ小一時間の間に、ディミトリーは兄さん。
熊本くんはディミくんと互いを呼び合う仲になっていた。
なに?兄さんって?
この羽虫にそんな大層な呼称要らないよ!?
「にしても、熊本くん。何回も言うがほんと君脳力解放してないの?気魄使えてなくてその身体能力は気持ち悪いとしか言いようがないんだけど」
「なに言ってんスカ。ナチュラルっスよ。ちょっとボルトより速く走れて、ボブサップよりも力持ちで、室伏も腰抜かすくらいの身体能力になったくらいで気持ち悪いとか言わないでもらいたんスケド」
「十分に気持ち悪いわ!なんだそのキメラ!?」
顔が獅子の手が猿で胴体馬のキメラ並みに気持ち悪い熊本くんは、自分の人外度合いが理解できていないようだ。
「こっちからしてみれば、脳みそちょこちょこってしただけでサ●ヤ人化した部長やら先輩やらの方がキモイッスよ!先輩達が脳みそ弄られてる間、僕はちゃんと努力してたんスよ?なんの努力もせんとそんな能力身につけやがって」
「おい!敬語忘れてるぞ!って、努力ってなにしたの?」
「あの一人ぼっちで寂しい草原で、いきなり現れたもう一人の自分相手に格闘してました」
は?
なにそれ?初耳。
「え?どゆこと?」
「先輩達が消えた途端、なんか見覚えのあるやつが遠くに見えるなとおもったら急に目の前に現れて、あ!自分だ!って認識した途端襲いかかってきやがったんス」
こっっわ!
いつのまにか後輩が、ドッペルゲンガーとの対戦を済ませていたことに、僕は開いた口が塞がらなかった。
「いやあ、流石にあれは堪えたっスねー。自分殴るとかなかなか外道な事させますよね精神世界さんも」
「よく自我が保てたな。ちょっと尊敬したわ」
珍しく僕は、熊本くんを単純に凄いと思ってしまった。
横で聞いていたディミトリーも、バケモノでも見たような目で熊本くんを見ていた。
「いや部長や先輩が英雄って呼ばれて調子乗るって考えたら、意地でも僕も覚醒してやろうって気になったっス」
どんなモチベーションで覚醒してんだよ!
「でもやっぱり脳力解放したモンスター達は僕の上を軽々超えていきやがりますねえ」
「なにその地元のビッチみたいな発言。誰もお前を経験値として見てねえから!」
「よくもまあつらつらとそんな極悪非道な発言出来たもんっスね!ディミくん!こういう奴なんスヨ!気をつけなはれや!?」
いちいち喚いている熊本くんを無視して、ディミトリーに目をやると、楽しそうにクスクスと肩を震わせている。
ほんとに天使だな、この子。
と、別に変な気はないがディミトリーを堪能していると
「私か私以外かよ」
一瞬にして体の芯が凍ってしまうような凍てつく息が、耳元で放たれた。
「うわっ!知里ちゃん!?びっくりしたあ!」
別に疚しい気持ちはなにも無かったが、知里ちゃんの突発的な恫喝は心臓に悪い。
「なーにをそーんなにおーどろいていーるんですかー?」
くりっくりの丸いお目々は、対面した相手を射殺すほど鋭利になっている。
「いやいやいや!なにもしてないよ!?」
「あらやだわダーリン。私何かしたかなんて言ってないですわよ?何か御心辺りでもあるのかしら?」
やけに不機嫌な知里ちゃん。
ヤバイ、月一で起こる天災がここに来て始まったのか!?
「どうしたんだよ?なにもないよ?」
「へー。私以外のメスに欲情してたのに?」
は?
なんの言い掛かりだ?
「な、なにを言っているのかね!?」
「解ってるのか解ってないのか。判断に困るけど、ディミトリー"ちゃん"見つめてたでしょ?」
わっつ!!?
「へ?なにを言ってんの知里ちゃん。ディミトリーは男の子だよ?ねえ?」
と、言いつつ背後のディミトリーを見やる。
そこには顔を真っ赤にさせたディミトリーが、さっきとは別の意味で肩を震わせていた。
え!?
「…ごめんなさい」
か細い声でそう言うと、ディミトリーはその自慢の俊足を存分に発揮して、走り去っていった。
ふぇぇ!?
「ふぇぇ!?」
見事に心の声と、熊本くんの声がハミングした。