訓練
「ここはモリヤ。自然の精神世界とも呼ばれている気魄の漲る場所です。ここでの訓練は十分に皆様の助力となりましょう。各担当のアナナキとともにその自身の力を存分に成長させてください」
ぽっちゃりアナナキのその言葉から、僕たちは各々の訓練をし始めた。
この状況になってよく耳にする精神世界という単語。
僕らが脳力を解放した場所であり、熊本くんが人外の領域に足を踏み入れた場所でもある。
アナナキっち曰く、気魄とは精神と密接に関係しているらしく、精神性の高さ=気魄量といっても過言ではないそうだ。
それを鑑みると、今も体から赤い気魄を漲らせて周りを驚かせている知里ちゃんや、それを相手取って逃げ惑う熊本くんの精神性を疑わざるを得ないのだが、僕もこの英雄の中では抜きん出て気魄量が多いと言われているだけに、微妙によくわからない。
精神性が高いと言われればもっと落ち着いた、仙人のような存在がその高さをイメージさせるが、よもや僕らにはその気配すらない。
「国柄というのもあるかもしれませんよ」
僕の心の声を、プライバシー関係なく覗いてくるアナナキっち。
「国柄?日本人だからってこと?」
「ええ、そうです。我々が客観的に見ても日本人は精神性の高さが顕著です。"思いやり"というと稚拙に聞こえるかもしれませんが、そういった心が他国よりも根付いている。日本を見て私は少なからずそう思いましたよ」
なんだかこそばゆい気持ちになる。
日本人は日本が大好きである。
少なからず僕はそう思っている。
「でも思いやりと精神性ってどう関係あるの?」
「思いやるという行為が精神性を高く引き上げる作用だと考えられます。思いやる。それは相手の身になるという事です。謂わばそれは自己以外の精神に向き合う行為です。日本人はそれを基本として教育されているので当たり前のように感じるかもしれませんが、相当難しいことなのですよ?」
言われてみればそうかもしれない。
事あるごとにお兄ちゃんなんだからと言われてきた僕からしてみれば、妹を思いやる事は最早呼吸と同じであり、それができないことが恥とまで感じる認識である。
「んー。そう言われると素直に嬉しいけど、それって上部だけ取り繕ってるって意識だったんだよね僕的に」
「と言いますと?」
アナナキっちは、そう言う僕の反論に興味を持ったようで、いつもより目が開いている。
「その国民性ってのは大部分の日本人が理解していることで、それを海外にも評価されているってことも理解してる。それをわかっててあえてやってる感があんまり好きじゃないって言えばわかってもらえる?」
「偽善的であると?」
「そうそう!腹の中ではどす黒いもんもってるくせに良い人ぶるってのが日本人が日本人に抱く印象かな」
僕は昨今のテレビを見ていて、ずっとそれが気に入らなかった。
"日本人の凄い人!"とか、"海外から見た日本"とかのテロップを見ると虫酸が走る。
日本人は日本が好き。
それは僕もそうだけれど、そのアピールの仕方が陰険そのものなのだ。
日本が好きだ!日本にはこういうのがあるんだぜ!って分かり易くアピールするのではなく、周りがこう言ってるってことは日本って凄い国なんですよ?と回りくどく言ってる感が、とても僕は嫌いだった。
「ふふ。タチバナ様はやはり精神性が高いというのがわかりました」
アナナキっちは満足したようにして、珍しく頬を緩ませた。
「え?どこが?今の話にプラス点あった?」
「そういうところですよ。今の意見は他の国の立場になって日本を見たのでしょう?それこそ思いやりに通ずる行為ですよ。こういう風に腹の中では思っていると、あえて吐露して良い人ではないと否定する。その心中すらも潔癖であろうとする精神が、日本人のいいところなのです」
ほうほう、なるほど納得。
素直に嬉しい言葉を突き立てたれ、それを素直に受け入れることの心地良さを、僕は久しぶりに身に受けた。
「ここにいる英雄の皆様は、そういった精神の持ち主の方々です。特にそれが顕著なのがタチバナ様のようですね。私は担当として誇りに思いますよ?」
いきなりの賞賛に言葉が出ず、顔から火が噴きそうなほど恥ずかしくなった。
「さぁ。訓練と参りましょう!」
自分を褒められ、出身国を褒められ、間接的に知里ちゃんや熊本くんも褒められた。
僕は幼い頃、ただ単純に読みたかった本を図書館で借りて読んでいただけなのに、それを賢いと褒められた時の心地良さを思い出した。
「アナナキっち達ってこういう風に人間を取り込む感じ?」
「心外ですね。褒められて嬉しい時は素直に喜ぶものですよ」
まだ顔から熱の冷めない僕は、それを鼻で笑ってアナナキっちの前を歩いた。
なるほど。
アナナキが人間に詳しいのは、嘘ではないらしい。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「せいやぁーー!!」
覇気のある掛け声とともに、熊本くんは吹き飛んでいた。
「さも攻撃しているような雰囲気でやられてどうする」
10数メートル先に転がった熊本くんのもとに、一瞬で駆け寄った僕は、熊本くんの手を引っ張って勢いよく立たせる。
「いやいや!攻撃しようとしてたらやられてた人間の気持ち考えたことあります!?」
パタパタと背中や腰の泥を落とす熊本くん。
「あ、あれ攻撃しようとしてたのか。隙だらけでしょ?殴ったらどうですか?って言われてるんだと思ってたわ」
「性格わるっ!本当に精神性高いのか?この男!?」
訓練開始から小一時間。
ある程度アナナキっちとどういった訓練をするかを話し合い、一人ではなんだからと、熊本くんを相手に攻撃パターンを模索していた。
対クリーチャー戦で予測されること。
それは個々の戦力のぶつかり合いに他ならない。
場所はアナナキ世界のだだっ広い平野だそうで、そこのど真ん中にポツンとポータルが存在しているらしく、そこからクリーチャー軍が進軍してくるらしい。
芸術やら娯楽やら侵略やら戦争やらの煩わしいモノとは疎遠なアナナキ達に世界の開拓はさほど興味を抱くものではないらしく、そういったただ広いだけのなにもない場所がいくつも放置されているという。
それはこの戦争に関して言えば、少ない良かったことの一つだろう。
もしも、そのポータルがアナナキ達の暮らす街の近くだったら戦場として不利すぎる。
そんな戦場としては好都合な場所に、無防備に発生するポータル。
それはそこから進軍してくるクリーチャーにとって不利でしかないはずだ。
四方を取り囲まれる形になるポータルからの進軍。
一気になだれ込んできたとしてもたかが知れている。
戦略としては、そのポータルを囲みアナナキ軍の兵器を配備し、その後ろに人間軍の兵器を配備。そして空中には戦闘機。一気に先制攻撃として銃火器による発砲である程度数を減らし、それでも散点して進行してくるであろうクリーチャーを英雄軍が対峙して殲滅していくという流れらしい。
ということは、個体対個体の戦闘が予測される。謂わばタイマンのような形になるだろう。
数的不利にならないように、上空では戦闘機が。陸上には自走砲が配備されるというので心強い。
むしろそれでおさまらないクリーチャーどんだけって話にもなる。
アナナキ軍の兵士や人間軍の兵士を無闇に危険にさらす訳にはいかない為、クリーチャーに直接対峙するのは僕たち英雄軍となる。
個々での戦闘は、脳力解放していない人間にとって自殺行為と等しく、決してそうならないようにしなければならない。
いくら銃火器を持って相対しても、勝ち目はないそうだ。
むしろそれにタイマンを張らなければいけないと考えると、ゾッとする。
無論、英雄軍も隊で行動しなくては無謀である。
「だからって何で僕がクリーチャー役なんスカ!!」
「お馬鹿たれ!君が見ている僕もクリーチャーであり、そのまた逆も然りは至極当然!クリーチャー思う故にクリーチャー有りだ!」
先程から打ちのめされてばかりの熊本くんは、不満タラタラのご様子。
まさかの熊本くん。
脳力解放をした英雄軍の一員で、唯一のナチュラル戦闘員であり、なぜか伝令としての任を任された不運な子である。
「甲子園でも目立つだろ?伝令って」
「なんの説得力もないんスけど!?」
と言いつつ、華麗な回し蹴りを繰り出してくる熊本くん。
さすがナチュラルモンスター。
自己付与をして強化した僕すらも、油断は出来ない速度での攻撃を繰り出してくる。
ふっと頭を下げ、片足一本が地に残ったままの状態の、熊本くんの軸足を蹴り飛ばす。
回し蹴りの回転とは逆の力を加えられ、勢いよく真横に倒れこむ。
「いってぇーー!」
上手く受け身が取れず倒れ込んだ熊本くんは、側頭部を強打した模様。
「はい治癒」
青い気魄が熊本くんの顔面を癒す。
「なんスカこれ!?地獄もいいとこでしょ!?痛みは一瞬だけどその苦悩は永遠って!どんな責め苦だよ!?」
その通り。
先程から、投げ飛ばされ治癒。殴り飛ばされ治癒。蹴り上げられ治癒。その繰り返しなのである。
「最高の訓練状況としか思えないんだけれど?ベジ●タなら狂喜乱舞するまである」
「鬼か!どんなMでも心折れるわ!」
やいのやいのと煩い熊本くんの為に、僕たちは一時休憩を取る事にした。
「にしても、どうなってんの、君?普通の人間のクセにメキメキと強くなってない?」
小高い丘のようになっている場所に移動した僕達は、言葉にならない声とともに勢いよく腰を下ろした。
「そりゃ!あんだけ鬼みたいな訓練されてたら生存本能として強くなるでしょうよ!」
そうは言っても、まるで普通の人間が、ノミみたいにジャンプし、蹴り込んだ大地に穴をあけるなんて事にはならない筈。
「いやその規格外の化け物見るような目辞めてもらってもいいですかね!?あんたこそどんだけ規格外なんスカ!?」
まあ僕は脳力解放してるからね。
「いやいやタチバナ様。周りを見てください?約1名以外、タチバナ様みたいな動きしてる人いないでしょ?」
アナナキっちに言われ、周りを見てみる。
小高い丘から仲間達を伺ってみると、なかなか訓練に苦戦しているように見える。
気魄を纏った剣を攻撃手段とするデイジー。
ラグビー選手のように身体に気魄を纏わせて岩にタックルしているバータル。
器用に四肢にだけ気魄を纏わせて、空手のように乱打している朱さん。
攻撃方法様々な仲間達だが、どこかまだぎこちなさが目立っていた。
その中に一人。
烈火と言っても余りある動きを見せている魔王的存在居るが、今はスルーしておく。
「みんななんで手こずってんの?」
「皆様は現実との乖離に頭が追いついてないご様子です」
「乖離?」
「ええ、まさかこんな動きまでは出来ないだろうと勝手に頭で判断している為に、上手く最大限の力を発揮できていないのだと思います。まあ、慣れるしかないですね」
「遠回しにバカって言ってない?」
「滅相も無い」
そこ1日くらいの付き合いでわかったが、アナナキっちの発言は、よく聞いておかないと馬鹿にされている事すらもわからない時がある。
今のも、殊更にその自制も効いてない馬鹿だと、言われているのでは?と疑える発言である。
「あれ?」
僕は一人、異様にぎこちない動きの人物を発見した。