英雄集結
「それではそろそろ、移動しましょうか」
あの後効率よく身体強化に慣れる為に、僕と知里ちゃんは熊本くんをただひたすら追いかけ回していた。
案外これが俊敏で、なかなか捕まりやがらない熊本くんに苛立った知里ちゃんが、思いっきり気魄弾をぶつけていたが、治癒の練習も兼ねて僕が治してあげるという無限ループに陥り、つい今しがたまで熊本くんは永遠と続く地獄を味わっていた。
「お!やっと他の英雄に会えるのね!ワクワクすっぞ!!」
「どこの人参野郎スカ!?部長、英雄達は仲間ですからね!?出会い頭に気魄弾とか放っちゃ駄目ですからね!?」
熊本くんの懸念は大いに共感する。
クリーチャーより危険思想なマイハニーに、一抹の不安を隠せないまま、僕達は英雄達が集合するアナナキ世界の重要機関だろう名を冠した"賢政院"なる場所へ転移した。
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「「「おお!!」」」
瞬時に広がった光景を見て、3人声を揃えて驚く。
先程までの草原とは打って変わって、シンプルイズベストな、真っ白い建物が建ち並ぶ街並が現れた。
建物群は白一色、高さも均等で一つ一つの建物と区分するには、玄関を数えるしかない程建物は密接して並んでいる。
アーティスティックなど不要!と物言わずして伝えてくる街路もこれまたシンプルに黒一色。
この几帳面なシンメトリー主義的な街や道がカーブしてないなどの情報を察するに、街全体が碁盤の目の様な作りになっているのだろう。
僕らが転移した場所から、真っ直ぐに伸びた道の先には、唯一他と違う作りの庁舎のような建物が聳えていた。
パッと見でわかる重要機関だな。
案の定その建物に向かって歩き出す僕ら。
人通りは少なく、通りすがるアナナキ達は意外にもそれぞれ体格や容姿が違っていた。
アナナキっちとアナナキンヌの顔があまりにも似ていたので、アナナキ達はみんな能面みたいな顔だとばかり思っていた。
期待していたファンタジー感溢れる中世ヨーロッパの様な雰囲気は一切なく、店舗すら見当たらない。
「この街には店舗とかないの?」
前を歩いて先導してくれているアナナキーズに話しかけた。
「ないですよ。栄養を摂るのは錠剤を飲むだけで済みますし、それらを購入した場合はポータルで配達されますので店舗が必要ではないんです」
「え?飯食わないんすか?」
キョロキョロお上りさんの様に首を振っていた熊本くん。
「めんどくさくないですか?」
からのアナナキンヌのなんの抑揚もない返答。
なるほど、新人類的発想だな。
「娯楽とかってあるの?」
「娯楽と呼ばれるモノはないですけど、たまには本来の研究とは全く別物の研究とかをしてみたりして楽しんでますが」
なるほど、新人類的発想だな。
むしろ楽しんでるというだけで、少しホッとしたまである。
喜怒哀楽無さそうだしねこの方々。
「意外と住み心地良さそうね」
あ、ウチにもいたわ新人類。
この魔王は、活字さえあれば半永久的に暇を潰せるほどのインドア派だった。
そんな彼女には、この研究だけに何千年と費やしてしまう凝り性たちの街がお気に召したようだ。
「ムネリン。この戦いが終わったらこの街で二人仲良く暮らしましょう」
なにこの子。そんなテンプレなフラグおっ立てて僕を殺す気なの?
「構いませんよ?我々アナナキはお2人の移住を心より歓迎致します」
喜怒哀楽乏しそうな割に、悪ノリはしてくるアナナキンヌ。
僕とアナナキっちが真面目な話している横で、熊本くんをどう捌こうか?とか物騒な会話してたし、このコンビが仲良くなっていくのが心配で仕方がない。
「はい、着きましたよ!ここが我々の知の結晶、"賢政院"です」
そう言ってアナナキっちは、サザ●でございまーすのポーズで賢政院をご紹介。
目の前まで来ると、なかなか荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「これ、また僕お留守番のパターンですか?」
余程さっきのが堪えたのか、露骨に嫌な顔をしている。
いいじゃん。
そのおかげで強くなれて、戦力として見做されてるっぽいし。
「いえいえ、クマモト様もご一緒にどうぞ。さぁ、こちらです」
真っ白な建物に真っ白な扉。
その大きな扉を開き中に入ると、そこはまるで商社の受付のようになっており2名の女性アナナキが、ホールで孤立しているカウンターに座っていた。その横には階段があり、逆側に扉が一つあるのみ。
カウンターのアナナキ姉ちゃん2名が丁寧に挨拶してこられたので、しっかり礼儀を重んじる日本人を演じました。
唯一の扉をまた開くと、今度は体育館を思わせるだだっ広い空間が現れた。
両サイドには等間隔で窓が並び、陽の光がそこから差している。
豪華絢爛とはまた違うけれど、絵画や、装飾品もチラホラ散見できるこの広間は、メインホールである事は確かだろう。
ズドーンと長いテーブルに、並んだ椅子も高級そうな革張り。
数十メートル先まで続いているテーブルの奥に、何人か固まって集っている。
あれが英雄達かな?
アナナキっちの先導の元、奥に歩を進めているのでそれは確かだろう。
「うおっ!ブロンドのチャンネーが居るっスよ!」
下世話な後輩は空気も読まず、大きな声ではしゃぐので、一発さりげなくストマックを拳で揺らす。
ぐはっとなんの芸もないリアクションをしながら膝をつく熊本くんを尻目に、ブロンドのチャンネーをそれとなく探索。
お!ホントだ!
しかも美人!
「色欲、それは罪である」
ぼそっと耳元で魔王さまのドス黒い声が囁かれる。
危うく脊椎ごと凍るところだった。
「はじめまして、日本の英雄の皆様」
テーブルの最奥に座っていたぽっちゃりしたアナナキが、席を立ち笑顔で挨拶をしてきた。
そんな笑顔出来るの!?
アナナキには表情とかないと思ってたわ!
「お待たせしました。日本の英雄のタチバナ様とチサト様をお連れ致しました」
紹介され、若干緊張気味で頭を下げる僕とは対照的に、ここでも魔王立ちの知里ちゃん。
「はじめまして、立花宗則です」
「どうもその妻、千景です」
うぉい!と、裏拳で肩を叩く僕。
「マイハニー。まだまだ気が早いのではなかろうか?君はまだ知里家だよ?」
「あらやだ恥ずかしがっちゃってマイダーリン」
「ちわーす。この二人の世話係、熊本太郎っス。よろでーす」
と、自己紹介鉄板ネタのトリオ芸を決めた僕達は、冷ややかな目に晒されました。
「ぷっ」
約1名、アナナキンヌのみツボに入った模様。
「日本人ばっかりなんで3人もいるの?」
冷ややかな目を向けたまま、ブロンドのチャンネーが気怠げにそう言った。
なかなか性格悪そうな第一印象。
だが、濃い緑色の両目と透き通るような白い肌、ツンっと小さくも高い鼻の上にはソバカスがアクセントのように散りばめられている。
座っていても凛としていて、女性らしいラインが美しいこの天使は、エルフかなんかですか?
「しかもお付きまで連れてきて。何様のつもりかしら?」
あー、めっちゃいいね!
その女王さまキャラも悪くない!
むしろ良き!
「貴女よりは上位の存在だと私は確信しているのだけれど」
知里ちゃん?
気魄をしまいなさい?
溢れ出てるわよ?
「あら、中学生も戦争に参加させるの?アナナキ」
「あら、このモチモチの肌を見て中学生と勘違いされておられるのかしら?私、これでも成人を越えていますわよ?」
「あらあら、粗末な身体の割には歳くってたのね?それで成長期を終えているとは思わなかったもので失礼しました」
「ははは。箸にも棒にもかからない事をおっしゃいますわね。その知能だとクリーチャーにすぐやられてしまいそうですので、時間短縮に私が絶命させて差し上げますわ」
テーブルを挟んで気魄を押し付け合う両者。
魔王vs女王の図がそこに完成していた。
「コラコラ。出会って4秒で喧嘩しちゃダメでしょ」
ぐいぐいテーブルに手をついて前のめりになる知里ちゃんを抑えながら、女王さまを見ると、あちらもぽっちゃりアナナキさんに抑えられていた。
「先が思いやられますねえ」
傍観してねーでお前も加勢しろの意味を込めて、熊本くんの脛に蹴りを入れる。
「まあまあ落ち着いて下さいデイジー様。本来は2名の予定だったのですが、我々の不手際で無理矢理連れてきてしまったのです。クマモト様、申し訳ありません」
ぽっちゃりアナナキはそう言って深々と熊本くんに謝罪する。
勿体ない。こんな男にそんな大層な謝罪は、必要ないのに。
「フンっ!」
見るからに不機嫌を露わにするデイジーと呼ばれる女王さま。
ツンケンした姿もお美しい。
「それでは気を取り直して自己紹介といきましょう。まずはデイジー様から」
ぽっちゃりアナナキは猛牛でも諌めるかのように、デイジーを元の席に座らせる。
「はぁ、私はデイジー・デイヴィス。イギリス人よ」
はぁ、と溜息をつきそっぽを向きながらも自己紹介をしてくれた。
「けっ!」
気に入らねえとご立腹な知里ちゃん。
大丈夫かこの先。
んで?
さっきからのこの乱闘騒ぎに、全く参戦どころかシカト決め込んでるこの方は、どんな神経してんの?
デイジーの横に座って目を瞑り俯いていた岩のような体の男がスッと目を開く。
「フォルリィーン・バータル。モンゴル人だ」
俯いた状態から、眼球だけをこちらに向けて誰得な上目遣いを拝見。
青いビー玉のような瞳に、いかった太い眉。腕を組んでいるため浮き彫りになる隆々とした筋肉、モンゴル人ということもあって若干濃い日本人のようにも見える。
強者だな!
圧倒的威圧感!!
「おぉ、屈強マッスル!」
知里ちゃんはその圧倒的強者に満面の笑み。
そういえば動物園でヒグマ見た時もこんな顔してたな。
自己紹介は終わりだと言わんばかりにまたもや俯いて目を瞑るヒグマ。
その横でニコニコしている新しいアナナキちゃんは、どやっ!とした顔でこっちを見やる。
なるほど、このアナナキちゃんはヒグマの世話係か。
「僕はディミトリー・スミリノフです。ロシア人です」
か細い声が左横にいたアナナキっちを隔てて聞こえてきた。
ん?と、半歩下がって横を見ると、俯き加減の美少年。
声と同じく、か細い四肢に薄い胴体。
緊張しているのか、その小さな顔は肌の白さから淡いピンク色に染まっている。
顔面パーツの配列も良く、一つ一つが小さくて丸っこい。
下手したら女の子か?と見間違えてしまうレベルの可愛らしい少年が、チラッとこっちを見て目が合うと逸らした。
めっちゃ可愛い!
なにこの小動物!
一通り今揃っている人達の紹介が終わり、僕達も席に着く。
イギリス人のデイジー。
モンゴル人のバータル。
ロシア人のディミトリー。
本当に様々な国から集まってるな。
でも各国一人ずつなところを見ると、日本人2人+アホは特殊なのがわかる。
まあこれから地球を救うって英雄が、一つの国から2名も出てたら虫が好かないのもわからんではないな。
「そろそろ他の方々も来られるみたいです」
ぽっちゃりアナナキはそう言って、最奥のお誕生日主役席でニコニコしている。
って事は、このアナナキがアナナキ達のお偉いさん的人なのかも知れない。
「ねぇ、あんた弱そうだけれど大丈夫なの?」
冷徹で無慈悲な言動。
それが僕に向けられている快感。
「私のマイダーリンによくもまあそんな低俗な単語発せたわね」
ゴゴゴッと音が聞こえてきそうなほど、気魄を垂れ流す知里ちゃんを熊本くんが必死に宥める。
「本当の事でしょ?ていうかその気魄を見るとあんたはそこそこってとこかしら」
「残念ながらそこそこじゃなく最強よ。因みにこのマイダーリンも私よりちょっと弱い程度よ」
本当の事だけど弱いとか言わないで!
傷付くから!
「はっ!あんたが最強ってなんの冗談?」
「なんなら今試してもよくってよ?クリーチャーの前にこのブロンドメスゴリラの退治をして差し上げますわ」
またもや戦闘体勢に入る両者。
「少し静かに出来ないのか?」
デイジーの隣から、重低音が響く。
先程のように目だけ開いて此方を見るバータルに、僕は少し気圧されてしまった。
「なに?偉そうに。黙りなさい遊牧民」
遊牧民はむしろカッコいいだろ!
馬鹿にすんなよ?遊牧民。
「なーんだ、もうやりやってんのか?俺も混ぜろよ」
タイマンから派生した三つ巴の戦いが、火花を散らすこの場に、素っ頓狂な声が響き渡る。
声の方を見ると、不敵な笑みで入口から此方へ歩いてくる男がいた。