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その後僕達は、思うように気魄を駆使できるよう訓練し、ある程度は扱えるようになってきていた。
知里ちゃんは、炎のような赤い気魄を駆使して、気魄弾なる気魄の塊を放出できるようになった。
その威力は凄まじく、アナナキーズもポカンとしていた。
熊本くんは、身体能力が格段に上がっており、速く走る。高く跳躍する。など、オリンピックで各種金メダルを取って余りある程の化け物になっていた。
一番こいつがわけわからん。
なにも施術してないにも関わらず、ここまでの芸当が出来るのは、アナナキーズも驚いていた。
ナチュラルモンスターめ。
そして僕はというと、やはり付与からの身体強化しか気魄を使用できずにいたが、自己付与は練度が高い故に、付与すれば気魄弾もちょびっと撃て始めるようになり、身体能力も熊本くんを軽く凌駕できるまでになった。
しかし、付与強化は効果時間があるため、長時間のパフォーマンスが出来ない。そのため、また付与をする。
すると今度は身体がそれに対応できず、疲労がドッと押し寄せてくる。
治癒によって、筋肉の破壊は回復するが、神経が疲弊し、精神性を高く維持することが難しくなる。
よって治癒も完全な行使ができなくなる。
不便だな、僕の能力。
アナナキっちの励ましなのかわからない説明によると、僕の青い気魄はかなり珍しい。
「アナナキっち達はこの気魄をずっと研究してたの?」
僕は神経を休める為、草原に大の字になって寝転んでいた。
アナナキっちも、僕の訓練に付き合ってくれていて、少しばかり疲れているようだ。
同じように草原に横たわっている。
「まあ他の事も研究してはいますが、ある程度他分野も研究し詰めていくと、気魄に辿り着くので、結果気魄の研究と言っても嘘じゃないですね。何千年と研究してきた我々でも気魄はまだまだ謎が多いのです」
「アナナキっち達も気魄をコントロールしてるけど、それでもクリーチャーには勝てないの?」
「ええ、クリーチャーもまた、気魄を駆使しています。彼等はまず身体能力が異常です。ゴキブリや蟷螂、バッタなんかが、3メートル程に大きくなったと仮定するととてつもない身体能力になります。クリーチャーはその昆虫の様な見た目通り、巨大化した昆虫の様であり、知能も人間よりは低いですが生物としては高い部類です。そこに気魄をも駆使してくるとなると、このひ弱な肉体をどれだけ薬によってドーピングしたとしても、こちらの肉体を傷付けるだけで、クリーチャーに対する単純な戦力には到底及びません」
「うげっ! クリーチャーって虫みたいな姿なの?気持ち悪いな」
じょうじ!?
「我々の得意とする脳を撹乱したり、洗脳したりする技も彼等には効果ありません。彼等は脳だけで思考しないのです」
「え? ごめん。恐ろしい単語出てきすぎね。なに、脳を撹乱とか洗脳とか。陰湿過ぎだろ君たち」
人間誰しもが戦慄を覚える単語が、次々とアナナキっちの口から発せられる。
「そうですね。人間からしてみれば、またまだ未開の脳という器官に作用する効果は恐ろしいものでしょう」
「他人の脳を自在に操るとか、もうその人間の尊厳すら無いに等しいからね。ん?クリーチャーは脳以外でも思考するって?どゆこと?」
「彼等は前頭葉や海馬などの脳における重要な器官以外に、細胞での記憶や、経験によって予測さらた反射的攻防などを可能にしています。松果体から生成され、限定的な量になる筈の気魄も彼等は細胞に貯蔵しておいて緊急時に使用するなどの進化を遂げいます。それを我々から受ける脳への攻撃の打開策にしているのです。故に首を刎ね飛ばしたとしても肉体は行動しますし、治癒によって頭部を再生したりします」
めっちゃこわっ!!
ゴキブリの頭を潰しても、1週間生き延び、その死んだ原因は餓死だと聞いた時くらいの衝撃的な気持ち悪さ!
「そうです。その生物の進化版ですね。クリーチャーは」
聞けば聞くほどに、その化け物とこれから戦わなければならない現実が怖くなってきた。
戦闘経験など皆無の平和主義的日本人である僕等が、戦闘の為に進化までしたクリーチャーに対抗できるとはとてもじゃないが思えないのだが。
「ん? ていうかクリーチャーの襲撃っていつなの?」
「我々の調べでは約一ヶ月後です。現在、クリーチャーはこの地球から少し離れた宇宙空間にある惑星に存在しています。彼等は宇宙に追い出され空気も水も食料もない状況を打破する為、最小限意識を保てる程に抑えた細胞を肉体から離し、宇宙空間を彷徨って見事に他惑星への転移を行いました。そして長い年月をかけ、元の肉体を構築し、進化して、劣悪な移住先からこの地球に戻ってくる為にその機を狙っていた。しかしまた細胞を離脱させ地球にやってくると長い年月を掛け再生しなければならない。そんなクリーチャーに偶然か必然か、ある一つの移動手段が与えられました」
「なかなかしつこい性格してんなクリーチャー。もうその惑星で我慢しとけヨォ」
クリーチャーのその執念に、僕は身の毛がよだつ感触に襲われた。
「んで? その移動手段てのは? まさかロケット作ったわけじゃないでしょ?」
「いえいえ、クリーチャーに宇宙を行き来する高性能のロケットを造る知能はさすがにないでしょう。しかしまだロケットだった方が良かったのかもしれません。そうすればロケットに乗れる少数だけで済んだのですが。クリーチャーは"ポータル"と我々が呼んでいる、空間転移の存在を発見してしまいました。」
「なにそれ? ワープ的なやつ?」
「その認識で構いません。実際に先程タチバナ様達をこの場所に連れてきたのもその人工ポータルの転移によるものです。ポータルは今存在しているこの空間から、どんなに遠い場所にある空間にでも瞬時に移動できる空間と空間を繋ぐトンネルの様なものです。しかし、自在に行きたい場所に転移出来るのではなく、入り口と出口は固定されていてそれが消滅する事もありません。このポータルは存在する空間を選びません。たとえ宇宙空間でも惑星内でも、発生する障害にはなりません。ですから、この地球にも自然発生したポータルが数多く存在します。我々はこのポータルの研究にも力を入れており、ここ最近ですが地球内であれば人工的にポータルを発生させる術を発見しました。それが先程の転移です」
さっきから思ってたけど、アナナキ達の知り得る情報を聞くたびに、世界で起きている超常現象の真相が明らかになっている気がする。
ポータルが自然発生しているってことは、俗に言う神隠しも、バミューダトライアングルもそれが原因じゃないのか?
「クリーチャーはその惑星間移動を可能にする非常に珍しいポータルを発見し、しかもそれがこの地球に繋がっているという奇跡を掴み取りました。そのポータルから先遣隊を送り、こにらの様子を伺っているところを我々アナナキのポータル研究家が発見し、クリーチャーの侵略を確認するに至ったのです」
めちゃくちゃ迷惑な話だな!
ポータルさえ無ければ、こんな問題も起きなかったのに!
てかすげえ執念だなクリーチャー。
「我々もそのポータルから先遣隊を送り、クリーチャーの動きを観察し、今から約一カ月ほどで準備を整えたクリーチャーが攻めてくると予測しました」
「しっかり御準備してんだねクリーチャー」
「勿論。彼等も地球を奪い返せる絶好の機会ですから最大の勢力をもって攻めてくるでしょうね」
「そのポータルていうのは壊せないの?」
「ええ、壊せません。自然発生したポータルはその発生源が寿命を迎えるまで消失は不可能です。人工的なものでしたら作った過程を元にして即時解体が出来るのですが、自然発生のポータルとなると、下手に手を出すと地球ごと飲み込んでしまうくらい暴走する可能性がある危険な存在ですので、あと一か月ではどうにも出来ないのが現状です。」
「ブラックホール的なやつって思ってればいいね。アレもホワイトホールに繋がってるって話だし」
「ああ! そうです! そのブラックホールですよ、ポータルは」
ブラックホールが地球内で自然発生してるとか、まさかのアインシュタインも思わなかっただろう。
「んで? そのポータルは何処にあるの?」
「クリーチャーの惑星と繋がっているポータルは我々アナナキ達が暮らす世界の南にあります。今は万が一の時の為にアナナキ最高戦力をそこに集結させて偵察や、侵入警戒等の任務にあたっていますが、本格的に攻めて来られたら歯が立たないでしょう」
アナナキっちはそう言うと、不安そうな顔をして僕から視線を外し、遠くを見るようにしてそのポータルを思い浮かべているようだった。
「そんなやばい連中僕たちが加わったくらいで勝てるのか?相手の数どれくらい?」
「厳しい戦いになるでしょうね。タチバナ様やチサト様以外にもあと11名の英雄達がいますが、アナナキの最高戦力と合わせて考えても勝率は五分です。クリーチャーはこの数千年進化とともに繁殖もしています。その数は凡そ2億」
「は!? 2億!?」
なにその一人につき何千万相手にする計算。
シモヘイヘでも無理無理って言っちゃうよそんなの!
「2億と言ってもその5分の3は食用です」
「は? 食用?」
「はい、食用です。クリーチャーの惑星には彼等の栄養源となる食料が皆無の、干からびた惑星です。ですのでクリーチャーは繁殖し子孫を残す他に、食用としても出産するのです」
わーお。ベビーにヘビー過ぎるなクリーチャー。
食べ物に困った末の解決策が、子どもを産んで食べるって。
「てことはその食用クリーチャーを食す側のクリーチャーが実質クリーチャー軍て事になるよね?」
「そうですね、クリーチャーは雌雄の区別はあっても身体能力には差がありませんので、全クリーチャーを戦闘に投入してくるでしょう。寿命も飢えて死ぬか身体の消滅さえ無ければ、ないに等しいですから」
チートじゃんそれ。
対抗勢力が無双SFファンタジーだったわこれ。
「ん? 僕達の他にも英雄がいるって、その人達はどこにいるの?」
「英雄達は世界各地に散点していましたので、その場所からポータルが繋げやすいアナナキ世界に今は分かれています」
「僕達を合わせて13名だっけ? そんだけしか居なかったの?英雄になれる人って」
「英雄になれる精神性の高いと判断出来る人間は、現在確認されている英雄達のみです。もっと準備を整える期間があればクマモト様のように通常の人間でも、最大限能力を引き出せる精神性の持ち主を探し、助力してもらえるように出来たのですが、いかんせん時間がありませんし、我々の手もそう多くは無いのが現状です」
「人間世界の銃火器やら核爆弾とかは? 軍隊に助力を求めれば?」
「勿論、その手配は我々が選抜した各国に要請しています。ですが、あまり期待は大きくないです。核爆弾に至っては地球を守るための戦いなのに元も子もない話になってしまいますからね。しかし、各国の首脳陣も今秘密裏に動いています。事が事だけに、公に出来ないのです。まず、我々の存在自体が人間からしてみると困惑、不安その他悪感情のタネですし、下手をしたら人間同士で戦争になり、本末転倒になる可能性もあります」
言われてみればそうだな。
今まで人間の歴史で積み上げられてきたものが一気に瓦解しかねない事実が多過ぎる。
神と同一のアナナキ達の存在が、宗教関係にどれだけの影響を及ぼすか、一般庶民の僕にだってわかる大事である。
ただでさえ、姿形もわからない偶像の神を発端に長年戦争を続けているのに、そんなのが一気に明るみに出たら予想もつかない事態になるのは火を見るより明らか。