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何が起きたのか直ぐには理解できなかった。
あの至近距離で避けられたこともそうだが、蹴りの速度は今まで受けてきた攻撃と別格の速さだった。
腹部にもらった蹴りで、軽く吹っ飛ばされた僕は直ぐに立ち上がろうとしたが痛みでそれも上手く出来ない。
「タチバナ。今のはダメだ」
もがくようにしてやっと立ち上がった僕に、朱さんは追撃せずにそう言った。
「刃物は鈍器じゃない。斬るか突くかだ。今のお前の攻撃じゃ刀である必要もないし、まだ素手での攻撃の方が隙も少ない」
「斬ろうとしたつもりだったんですが」
僕の発言を聞いて、肩を落としてみせる朱さん。
「あれじゃ豆腐も綺麗に斬れないぞ。包丁でもそうだが、圧して斬れるなんて絶対にない。どうやったら斬ることが出来るのか。それをこの手合わせで掴み取れ」
どうやったら斬れるのか。
朱さんのアドバイスに従いたいが、直ぐには理解できなかった。
今の振りじゃ、豆腐も斬れないか。
僕が考えていると、朱さんは勢いよく飛び込んできた。
一瞬焦った僕はまたしても同じように刀を振り下ろす。
しかし朱さんの言った通り、刀は朱さんの腕に防がれ、両腕が上がった状態で静止してしまった。
ガラ空きになってしまった腹部に、朱さんの前蹴りが叩き込まれる。
寸前で身を捻った事により、なんとかまともにダメージを食らうのは避けられたが、精神的なダメージは大きかった。
武器を使用するにあたって、素手で防御されることはなによりも悔しい。
斬るための武器なのに、斬るビジョンが掻き消される。
たしかに武器を使わない方がまだマシなくらいだ。
後退った僕に間髪入れず拳波が飛び込んでくる。
武器を有効活用する。
この手合わせでそれをモノにしなければならない。
朱さんのアドバイス通り、僕はそれを念頭において戦う事にした。
拳波をあえて斬って防御する。
しかし拳波は斬れず、刀とぶつかって破裂した。
それを見た朱さんは、連続して拳波、蹴波を繰り出してきた。
わざとそうしてくれているのだと思い、有り難い気持ちと自分の不甲斐なさに憤りが込み上げてくる。
降り注ぐ攻撃を刀で迎撃するが、どれも斬れる事なく目の前で破裂し、衝撃が徐々にではあるがしっかり体に残っていく。
「くそっ。なんでだ」
上手くいかない状況に焦りが募っていく。
「タチバナ!モノを斬るとき、何を意識するか考えろ!」
攻撃を繰り出しながら、朱さんはヒントをくれる。
からっきし料理なんてした事もない僕だが、包丁を持って何かを斬るイメージを思考する。
たしかに上から圧しつけるなどという事はしない。
それが柔らかければ柔らかいほど、綺麗に斬れずにひしゃげてしまうだろう。
そうか。刃を滑らせる!
鋭利な物で何かを斬る。
小さい頃、紙で指を切った事を思い出した。
「うぉら!」
目の前に現れた拳波をそのイメージで斬ってみる。
またもや破裂した。
だが、斬り口が前よりも深くなった気がした。
これだ!
もっと!もっと深く斬りつける。
上から振り落とす刀の切っ先に集中する。
半円を描くようにして、再び現れた拳波に向けて刀を振り落とす。
すると今度は綺麗に斬れ、真っ二つになった拳波は僕を避けるようにして後方で破裂した。
「そうだ!タチバナ!その動きだ!」
朱さんが自分の事のように喜んでくれている。
なるほど。
斬る対象に向かって半円を描くように刃を滑らせる。
そしてタイミングよく引くイメージ。
これが刃物の使い方か。
「それじゃあ俺も本気でいかせてもらう」
何度か同じように攻撃を斬った僕が動きをモノにしたと判断したのだろう。
そう言って朱さんは一旦攻撃を止め、こちらに飛び込む準備にかかった。
「お待たせしました!」
朱さんの本気。
流石に受け切れるか不安だが、アドバイスしてくれたお礼はしっかりしなければならない。
中途半端は逆に申し訳ない。
今度は僕から攻める事にした。
刀をダラリと下げ、勢いよく朱さんへ接近する。
朱さんもそれに応じて腰を下げた。
まずは牽制の気魄弾。
少し大きめに放ち、自分の身を隠すように接近する。
すると朱さんにぶつかったのか気魄弾が破裂し、砂埃が舞う。
後を追っていた僕はその砂埃ごと斬った。
しかし感触はない。
カウンターを警戒し、大きく飛び退いた僕だったが真後ろに回避したため、前方から飛んでくる蹴波を避けられない。
先程同様蹴波を真っ二つに斬る。
これは恐らくフェイク。
ダメージを与えるためのものではないと判断し、返す刀でもう一度斬撃を放つ。
拳波蹴波の応用。
気魄で作られた刀から気魄の斬撃を飛ばす。
朱さんは少し驚いた様子だったが、難なく回避した。
「ほう。斬撃を飛ばしてきたか。良い攻撃だ」
回避した先から間髪入れずに拳波が飛んできた。
今度は接近を待たずに斬撃を飛ばし相殺する。
接近を予測して早めに拳波を潰したのが功を奏し、瞬時に目の前に現れた朱さんへ対応が出来た。
刀を横薙ぎに振り、受けられる事を想定しての回し蹴り。
だが、思いのほか斬撃は通用していて、ガードした腕に刀が食い込んでいた。
ガードが上がっているため、打点を急遽下半身に変え、朱さんの体勢を崩す。
立て続けに攻撃が当たり、ここでもう一撃加えておきたかった僕は、崩れてよろめいた朱さんにゼロ距離弾を撃ち込む。
ヒットアンドアウェイ。
気魄弾の反動を利用し、後方へと飛び退いた僕は、その位置から連弾で追い撃ちをかける。
だが不意に右横から気配が現れる。
当てていた筈なのに、と思いながらもダッキングする。
死角からの攻撃ならば十中八九いい当たりを狙う筈。
しかし予想は外れ、ダッキングした体を潰すようにして踵落としされた。
辛うじて頭を腕で防御したが、隙だらけになってしまった。
次の攻撃に備え、姿を確認出来ないまま刀を横一閃に放つ。
斬撃も飛ばし、回避されても当たるようにと念を押したのだが、読まれていたらしくジャンプして回避された。
やっとその姿を目にしたが、ジャンプした勢いを付けての前転踵落とし。
さすがにモロに受けてしまうと致命傷になりかねないので、少しでも緩和するように左腕を出し受けた。
鈍い音が聞こえた。
体の中から響く骨の折れる音。
今ので確実に左腕を壊してしまったのだと、脳が先に察知する。
痛みがやって来る前にその場を離れようと飛び退くが、それとシンクロして着地した朱さんも迫ってきた。
退避と接近が丁度重なり、間合いは朱さんのものとなった。
それと同時に襲ってくる激痛。
左腕が上がらない状態での、左側面を狙う蹴り。
回避は間に合わない。
僕は一か八か抵抗無しに受ける事にした。
左顔面を蹴りが捉える。
首が吹き飛んだのではないかと思えるほどの衝撃。
だが、予期しての衝撃ならば一発は耐え切れる。
受けると同時に腰に刀を置き、気魄を纏わせた手のひらを滑らせ居合いの要領で刀を抜く。
にわか知識ではあるが、抜刀は普通に抜くよりもスピードが増すと聞いたことがある。
視界は衝撃により定かではなかったが、なんとか朱さんを捉えて一閃。
斬った手応えはあったが、僕の方にも再び衝撃が襲うが、今度は派手な衝撃ではなく、顎を掠めるような当てミス。
僕の一振りは朱さんの腹部を捉えており、服は裂け、そこから血が吹き出していた。
これで辞めておかなければ致命傷になりかねない。
僕はそう思い、戦闘を中断しようと膝をついている朱さんに声をかけるつもりだった。
しかし、声が出ない。
それどころか体の力が入らず、地面が迫ってくる。
手をつこうにも動かない。
なんの抵抗も無く、僕の顔面は地面に叩きつけられた。
「ハアハア。危ねえとこだった。これ決めるために腹真っ二つにされちゃあたまったもんじゃねえ」
耳も聞こえる、頭も働いている。
だが四肢が痙攣し、起き上がれない。
「脳を揺らしたんだ。一か八かの賭けだが上手くいった」
無理矢理力を入れて仰向けになった僕の視界は未だにグラグラと揺れ、吐き気が襲ってくるのを必死に堪えていた。
ボクシングなんかでよく見る技だ。
なにかの漫画で読んだ気がするが、顎先を掠めるように攻撃する事で、脳を揺らすラッキーパンチみたいなものだった気がする。
だが朱さんはそれを狙ってやってのけたのだろう。
やっとの事で吐き気も目眩も止み、起き上がる。
朱さんも腹部から流れる血を抑えながら、僕の前に胡座をかいて座っていた。