はじまり
家族面談も終わり、あと半日。
僕は久々の休日に困惑していた。
知里ちゃんはアナナキンヌに頼んでいた本が届いたらしく、久しぶりに活字の海へ潜るという。
熊本くんは何も言わずにエリームと個人訓練に出かけ、バータルはデイジーと担当を交えてのアナナキ世界観光に行ってしまった。
なんでも中央都市ウルクなる場所はアナナキに珍しく、商店などもあるらしい。
誘えばいいと思わない?
僕も熊本くんの訓練見てみたかったし、そのウルクって街も見たかった。
他の人たちも各々用事を作り、昨日の賑わいは跡形も無くなっていた。
知里ちゃんに構ってもらおうかしら。
でも読書中の知里ちゃんは一応返事はしてくれるけれど心ここに在らずが凄い。
特に用事もなく、一階ホール内を回ってみたり、受付のアナナキちゃん達にちょっかい掛けたりしてみたが、上手く暇を潰せないでいた。
そんな時僕の隣の部屋が開き、人が出てきた。
この際誰でもいい。
構ってくれ!
「お?タチバナか」
朱さんだ。
顔を合わせれば適度に会話するものの、ガッツリ話した事はない。
「朱さん!構って!」
もうなりふり構って居られない。
めちゃくちゃ暇なんだもの!
「は?どういう事だよ」
部屋から出てすぐ訳の分からない事を言われ、戸惑った様子だ。
当たり前か。
「いやー、みんな用事でどっか行っちゃってて僕一人なんですよ」
「あぁ、隊長はどうしたんだ?」
「現在読書中で相手にしてくれないのです」
「そういえば意外にも読書家らしいな。俺も特に何かある訳でもないし別に構わないが、何するんだ?」
お!意外に乗ってくれた!
若干嫌われてるんじゃないか?と思ってた故にかなり嬉しい。
「それなんすよね。やる事無くて」
「そうか。じゃあちょっとお願いがある」
「へ?お願いですか?僕にできる事なら全然やりますけど」
常識人な朱さんだ。
法外なお願いなどしてこないだろう。
「手合わせ願いたい」
「え!?僕なんかでいいんですか?」
意外や意外。
とは言っても今の僕達にとって一番単純なコミュニケーションの取り方かもしれない。
「お前謙り過ぎるのも嫌味だぞ?」
「いやぁ、知里ちゃんやバータル、ディミトリーとかの持ち上げで過大評価されがちなんですが、案外蓋を開ければそうでもないですよ?」
本当にあの子達のせいで、僕が謎に強者扱いされているのが結構本人として申し訳ない気持ちで一杯なのである。
「はぁ、まあいいや。じゃあ裏庭でやろう。俺は接近戦においてお前を評価してるつもりだ。そこんとこお前も把握しておけ」
嬉しい限りだが、やはり過大評価されている気がして納得いかない。
だけど、朱さんとの接近戦は一度体験してみたかった。
「わかりました!よろしくお願いします」
僕の納得いっていない心境を読んだように、朱さんは肩を竦めて歩き始めた。
その後ろをぴょこぴょこついていく僕。
接近戦に関して言えば、朱さん、イヴァン、ブラッドは僕の見本みたいなものだ。
飛び抜けて凄いアナさんも手本にしたいが、どうにも真似できる気がしないので、別枠に置いている。
玄関を出て、二人無言のまま裏庭に着いた。
「タチバナ。お前確か武器を使うようになったんだろ?」
「はい。ディミトリーに気魄の武器の作り方を教えてもらったので、今後それを使おうと思ってます」
「じゃあそれの練習も兼ねて、使用してみろよ。俺も経験になる」
「わかりました!」
朱さんの進言を素直に聞き、僕は気魄を練って昨日完成させた刀を顕現させる。
「ほう。見事だな」
僕の刀を見て素直に感心してくれている。
自分でも凝ったつもりなので嬉しい。
「朱さんはやはり素手ですか?」
「まあ素手って言っても当てる瞬間は気魄を纏わせるからな。籠手つけてるようなもんだ」
へぇ。初耳だ。
目には見えていなかったが、そんな技術を駆使していたのか。
「よし、それじゃあやってみるか」
そう言って朱さんは準備運動を始めた。
僕もそれに倣って屈伸をし、身体強化の付与を施す。
「僕の方はオッケーです」
「俺もだ。まあ手合わせだからお互い試したい事を考えながらやってみよう」
「はい!」
流石第二隊の副隊長。
日に日に朱さんは頼りになる先輩になっていってる気がする。
お互い少し離れ、向き合って構えを取る。
「それじゃあ、はじめるぞ!」
朱さんの声と共に、この場に緊張が走る。
無言で向き合い、相手の初手を伺う。
すると、向こうからまず動きがあった。
深く腰を落とし、空手の構えのような状態からその場で正拳突きを放つ。
距離はあるが、朱さんの拳波はそれを簡単に埋める。
そして何より早い。
正拳突きと共に眼前に現れる拳波。
僕はそれをクロスした腕で防ぐ。
避けきれなかったのだ。
拳波の衝撃に少し後退りながら、朱さんの行動に目を配る。
接近してくると予想していたが、次の攻撃はその場での蹴波だった。
またもや避けきれず体で衝撃を受ける。
このままでは防戦になると判断し、僕もすぐさま気魄弾を放ったが、既に朱さんの姿はそこに無く、回避からの突撃に切り替えていた。
右側からの中段蹴り。
なんとか防御が間に合った。
基本的に蹴りへのガードは両腕を使いたいが、それでは朱さんの次なる攻撃に間に合わなくなってしまう。
右腕だけで蹴りを止めた僕は、左手で至近距離の気魄弾を放つ。
それを難なく腕で弾かれた。
知里ちゃんと比べれば威力もスピードも劣る僕の気魄弾。
恐らく慣れているのだろう。
恐ろしい限りである。
僕はなんとかこの機にダメージを与えたかった。
ヒットアンドアウェイをされては僕に勝ち目がなくなってしまう。
ガードした腕に掴んでいる刀で、朱さんを薙ごうと振りかぶる。
「ダメだ」
朱さんはそう言って斬撃を軽々と避け、その反動で回し蹴りを繰り出し、僕を吹っ飛ばした。