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『あのメス犬嫌いっちゃん!』
「と、小姑が申されております」
なるほど。
さっきの小姑の意味が今わかった。
「ギンさーん。そこをなんとか仲良くお願いしますよー」
『なん!?お兄ちゃんまさかアレの事好きなん!?』
好きってのはわかるんだ。
さすがウチのギンは頭が良い。
嫌いな女子をアレ呼ばわりするくらい頭が良い。
「そうなんだよギン。帰ってきたら一緒に住もうかなーて思ってるんだ。だから、仲良くしてやってよー」
『あぁあ?』
歯をむき出しにすな!
怖いわ!
犬の顔になってますよ!ギンさん!
「あー、兄様兄様。説得は不可能に近いかと」
「なにゆえ?」
「それは既に私が何日もかけて試みていたからである」
ありがとうねぇりぃん。
迷惑かけたねぇりぃん。
『お姉ちゃんもやけどさ!なんで?なんであのメス犬好きなん!?』
相当だなこりゃ。
『お兄ちゃんは私の!ちょっとだけお姉ちゃんの!』
「あ、ギン。それはあげる。その分を千景ちゃんにあげて?」
「おい、待て。あげるな?そんな簡単に譲渡するな?」
「仕方ないのよダメ長男。ギンは意地っ張りだから私も泣く泣くあげるのよ」
「あれ、一つ疑問。なんでこんな別個で場を設けたの?やっぱり知里ちゃんいるから?」
「それにはマゼラン海峡よりも深い理由があるのだよフェルディナンドくん」
「聞こうジャマイカ」
「このギンさん。どっかの愚兄の真似をして、お母さんをババア。お父さんをジジイと呼ぶんです」
「凛の判断はいつも正しい」
危うく戦地が二つになるところだった。
帰っても死地とかどんな無理ゲーよ。
「っぷ!くくく」
ずっと立って横にいたエリームが、耐えきらない様子で吹き出して笑っている。
「笑い事ではないのだが?」
「す、すみません。あまりにもご兄妹そっくりなもので、つい」
「あー、そこのリムさんとやら。もう一度こちらへ来てもらっていいかしら?ストマック揺らしますんで」
何故にそんなに嫌がるかね!この子は!
『もう!私も!喋らせて!』
「あー、ごめんよギン。知里ちゃんの話は一旦保留にしよう?僕はギンともっと違うお話がしたい」
このままでは平行線である。
なんなら悪化の一途を辿りかねん。
打開策を考えて家に帰ろう!
『うん!なになに?』
「ギンは誰のことが一番好き?」
『お兄ちゃん!!』
うん、甘美。
「アンタほんっとヤラシイ性格してるわね。わかってて聞くかね」
ほとほと呆れたご様子の凛さん。
へっ!悔しいか!
『あ、でもお姉ちゃんもおんなじくらい好きよ?』
「気も遣える良い子!もう私結婚しないでずっとギンのそばにいる!」
くそっ!
僕も抱きつきたい!!
あ、結婚はしなくて良いと思う。
うん、それが良い。
『あと骨のやつも好き!』
「「ーーーーー」」
誰って聞いた後に骨?
ホラー系の話?
若しくは、お兄ちゃんお姉ちゃんと骨!
っていう食いしん坊的な可愛げのあるほんわかしたボケ?どっち?
いや聞けない怖い。
『ねえねえー。私もお兄ちゃんとこ行きたいっちゃけど』
「ダーメ。あんたことあるごとにそれしか言わないんだから」
『ケチくさー』
「あ!またそんな言葉つかって!」
『お姉ちゃんいつも怒る!』
「いつもですってぇ?昨日ブラッシングしてほぇーってしてたのはどこの誰よ!」
『私見たもん!お姉ちゃん泣いてたやつ!犬のテレビ!お約束あるでしょ?』
「な!?アンタ!どこまで理解してんの!?犬の十戒!」
『お姉ちゃんが私に気持ちいいことせんとダメってこと?』
「そ、それだけよね!?」
『え!?まだなんかあると!?教えて!まだなんか気持ちいいやつあると!?』
「ありません!!」
『うぇー。お兄ちゃん、お姉ちゃんがイケズするぅ』
「だから!どこからそんな言葉覚えてくんの!?」
なにこれ、眼福でしかない。
あれ?エリームや。
僕、目から汗出てない?
「出てます。はい、ハンカチ」
「有難う。つい、目が潤い過ぎて」
姉妹の仲睦まじい会話を映画鑑賞の様に見せられている僕は、とても心地良い気分です。
犬の十戒。
焦ってた凛の理由がわかる。
寿命の項目のことだろう。
あ、ダメ。
また目が潤ってしまう!!
「はぁ、ほらギンもうそろそろ帰んないとなにしてんの?って思われそうだから、最後になんかお兄ちゃんに言うことないの?」
嗚呼、勢いであるとは言え、凛の口からもお兄ちゃんと呼ばれました。
なんと甘美な響き。
『えぇー。いやだぁ。まだ話すぅ』
「アンタが今ハマってるあのどこに売ってんのかわかんない高級そうなジャーキー。今日も食べたいでしょ?」
『ぐるるるるる』
ソファに顎を付け、上目遣いで凛を恨めしそうに見るギン。
「さぁ、選びなさい」
『お兄ちゃん!絶対帰ってきてね!!早めに!すごく早めに!』
ジャーキーに負けた。
ニヤッとこちらを見て笑う我が妹に、お前もなかなかヤラシイ性格しとるぞ?と、心の中だけで呟いた。
「わかった!ギン!なるたけ早く帰ってくるね!凛も待ち遠しいだろうが、我慢だよ?」
「もう否定もせぬ。死ぬでないぞ愚兄。ほら、ギン。ジャーキー行こ!」
ヘンッと鼻であしらわれた僕。
凛に連れられてソファを降りたギンは一度こちらを振り向き、耳を寝かせる仕草を見せて、ジャーキーの元へと向かっていった。
「どんだけ面白い兄妹なんですか?」
「愛に溢れてるだろ?」
部屋に残された僕とエリームは、誰もいなくなった壁に映し出される部屋を眺め、さきほどまでガヤガヤしていた喧騒を思い出している。
「お父様もお母様も、リン様もギン様も。私は好感しか持ち得なかったです」
「そりゃどうも。ガヤガヤしてるけどね」
「そこにチサト様まで加わるとなると、考えるだけで頬が緩みますね」
壁の映像を消し、一面真っ白なただの壁に戻り、少しさみしい気持ちになった。
だが、横に立つエリームの顔を見て、僕もエリームの想像している光景が頭をよぎり、自然と頬が緩んだ。
「熊本くんも混ざって、知里家も混ざって、お前らまで混ざるんだろ?カオスだな」
想像したらめちゃくちゃボケが混雑していた。
「くくく。私ども夫婦も混ぜて貰えるとは光栄です。しっかり混ぜくって差し上げましょう」
「仕事量を増やさないで?処理する側にまわりなさい?」
ん?
あれ?
なんか大事なこと忘れてる気がする。
「あ、タチバナ様」
僕の思考を読んだのか、何かを思い出した様な顔をしている。
「ごめんなさいを言うタイミング逃しましたね」
「あら。ほんとだ」
完全に失念していた。
父さん母さん凛やギンに、次話す機会があれば謝ろうと思っていたのだ。
あの思春期に犯した、所業の数々を。
「ま、いっか!会って直接謝った方が良いだろうし!帰って謝るわ」
「そうですね。それがいいです」
そう言って僕は腰を上げる。
やっぱり家族はいいな。
そう思いながら、エリームが消した灯で真っ暗になった部屋を二人で出た。