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「本当にいいの?」
真面目な顔で僕を見る知里母。
緊張に固まってしまった僕の掌には、自分でもわかるほど汗がビッチョリ。
「はい!!ち、千景さんと結婚したいと思っております!」
最早恥ずかしさなどない。
さすが魔王のママン。
前から怒らせると怖い人のイメージはあったが、その人が真顔を僕に向けているこの状況は、僕に緊張以外の何物も覚えさせなかった。
「言質とったどー!」
「母!ないすぅ!!」
は?
なにこれ?
全く同じポーズを取っている、母子。
魔王立ちは、継承されるものなのね。
「ムネくん!ありがと!むしろ、待ってた!千景より待ってたよ!私!」
そんなに!?
自分がプロポーズされたばりに喜ぶ知里母。
「ちょっとリムさんと言ったね。アンタも結婚式は来るとかね?」
「もちのろんですお母様。そこにいるアナナキは私の妻でして、日本の文化に則り、私どもが仲人役をと」
「あら!ほんとね!そらよかばい!奥さんもよろしく!」
「これは、恐悦至極でございます。チサト様の晴れ姿!この目に焼き付けて写真なんかよりも長く脳に保存させていただきます」
「おや?なんですかこの騒ぎは?」
「これは!丁度いいところに来ましたねクマモト様!」
「お!タロー!アンタ元気しとったんね!」
「おお!!富江さん!幸一さん!凛ちゃん!ギンちゃん!あれ!?千春さんに一紀くんまで!?勢揃いじゃないっスカ!?何事!?」
「なんの!今この愚息が千景ちゃんのお母様に結婚の報告ばしたったい!祝い事とに!かー!なんでそっちおっとかいね!早よバケモン倒して帰ってこんか!」
「な!?先輩大胆っスネ!!」
「タローちゃん?大丈夫なの?あなた普通の人でしょ?」
「ふふふ!凛ちゃん!なめたらいかんぜよ!僕もなんやかんやで人外の域に達して、伝令という役割をもらったのだよ!」
「伝令?ねぇ、どこまで本気?甲子園かなんかなの?」
「うぇ!?タロさんまで!?エゲツな!?」
「かーっはっは!尊敬せよ!一紀くん!ボブサップもヒョードルもワンパンぜよ!」
「やばっ!?これでモテモテだね!」
「なにこれ?」
てんやわんや。
立花家、知里家、エリーム夫妻に熊本くん。
会話があちこちに飛び交い、最早主役である我々は蚊帳の外。
あの知里ちゃんですら、この騒々しさに無言を貫いている。
「さすが私達の身内なだけはあるね」
こちらでは熊本くんが騒ぎまくり、エリームは僕の父と何故か意気投合して話しており、アナナキンヌは知里母と今後の段取りという謎会話を展開。
ギンのみ。
僕を画面越しにずっと見てハアハア言ってる。
お前だけだよ。
アイラブユー、ギン。
「千景ちゃん」
またもやギンを見て癒されていたのに、昼の刑事ドラマに出てくるオバちゃん刑事役の女優さん(名前は知らん)に激似な母がその前を陣取った。
「は、はい」
もう幾度となく富江さんとは会っている知里ちゃんだが、やはり彼氏の母、最早姑になる存在相手には、一貫して砕けた感じは見せたことはない。
別に仲が悪いわけではないのは、ヒシヒシと感じる。
むしろそれくらいな距離感の方が、僕としては有り難い。
「まずは、こんなアホに嫁ごうと思ってくれてありがとう」
誰がアホじゃ。
「いえいえ、こちらこそです」
背筋を伸ばし、またもや面接受けるポーズ。
「私はこんなアホを好いてくれてる千景ちゃんが本当に幸せになれるのか心配で堪らんと。でもごめんねぇ。こげんアホばってん、コレが幸せになるなら、その心配も目瞑ってしまうバカ親なんよ私は」
母さんは泣かない。
今まで一回も母さんが泣いているところを見たことがない。
だから母さんは、そんな泣きそうな声で話してても、絶対に涙は零しはしない。
「お母さん。それは要らない心配です。私はもう幸せです」
「千景ちゃん」
口を一文字に締め、知里ちゃんを見つめる母さん。
僕が横からやいのやいのと何か言えるような雰囲気ではない。
「私は宗則さんが幸せになれるなら、この命を捧げても構わない。そう思うくらいの覚悟はあります」
「千景ちゃん。お母様の前でそんな事言ったらいかん」
「ふふ。いいえ、いいんです。千景?良かったねぇ。宗則くんをしっかり幸せにしなさい?」
「勿論!」
なんだこれ。
逆だろ普通!!
どう考えても立場が逆にも関わらず、みっともなく涙と鼻水を垂らしまくっている僕。
「こんバカは、本当頼りなかね!千景ちゃん。立花の男は支えてやらな、とんとダメなんよ。迷惑かけるばってん。宜しくね」
何故かとばっちりを食らう父。
「へへへ。お任せあれ!なんてったって私は最強の英雄ですから!」
無い胸をポンと叩く、知里ちゃん。
「宗則。こりゃ、いかんぞ」
今まで触らぬ神に祟りなしを貫き通していた父は、いかんいかんと首を振り、自分も律しているようだ。
「千景ちゃんが加わったら立花のパワーバランスが今でさえ危ういのにこれじゃ崩壊してしまう!」
保身!?
「いっちょ格好付けとかんとな!」
そう言って
「ちょいとズレて母さん」
と優しく母さんを退かす父さん。
母さんはそれに今まで見たことないくらいの微笑みで従う。
「座れ、宗則」
画面越しに、目の前に来るように言われ、僕も従う。
「立花幸一が息子、立花宗則。まず一言。戦争舐めんなよ、バカタレ。お前が今から向かうは戦地だ。こうやって笑って話せているのもそれが実感出来ていない証拠だ!気を引き締めろ!英雄と呼ばれて図に乗るな!いいか、宗則。立花の家訓は俺の代で始めた事だが俺はこれを誇りにしている。男は世に出て名を残せ。空けた家は女が守る。立花の女は強い。母さんや凛、ギン見てりゃわかるだろ。そこに千景ちゃんまで来てくれるって言う。お前そんじょそこらの男くらいじゃ立花名乗れなくなるぞ?」
眼前の父には、今までの頼りない雰囲気は全く感じられず、よもや隣の母ですら凌ぐ豪胆さがその姿から発せられていた。
「だから最強はお前が名乗れ!そしてそれを知らしめろ!人の上に立つだけの名前をお前に付けてる!お前の名前は立花宗茂、日ノ本一の勇将から貰った宗という字に則ちを付けた名だ。立花、則ち頭立つ者って意味を込めてる。その名に恥じぬ功を挙げてこい!それでやっと千景ちゃんを嫁に貰えるだけの男になるんだ!まだお前にゃ早い!」
背筋がこれでもかと言うほど伸びていた。
目の前の壁はとても逞しく、この父を既に越えていたなどと自惚れる僕を諌めるような威厳があった。
そりゃそうだ。
あの胆力の塊みたいな母さんが惚れた男である。
しかも今ですら、なんかポッとした顔で父の横顔を眺めてるし。
「らしくなく格好つけるじゃない親父殿」
「言ったろ?格好でも付けとかなパワーバランスが崩れるの」
「でもグッときやした!さすが立花家当主!」
「えへへ」
後ろ頭を掻きながら照れる親父殿。
完全に血だな。
恥ずかしさで照れ隠ししてやがる。
「あ、そうそう。太郎、お前も来い」
クイクイと手招きし、静かになっていた熊本くんを呼ぶ。
「はい、なんでしょう」
僕の隣、父と対面する位置に腰を下ろす。
「太郎。お前も男だ。武勇伝の一つくらい持っとけ。だけど聞けばお前は宗則達みたいに特殊な力は無いらしいな」
「はい。でも普通の人間よりは強くなったっス!」
「むしろそれもおかしいと思うがこの際置いときます。んで、太郎は男だけど宗則よりも弱い。そして、宗則の後輩だ」
「はい」
「宗則に絶対守ってもらえ。何が何でもしがみついてでも守ってもらえ。宗則、絶対に太郎を守れよ?」
「おう!わかった」
父は下を向いている熊本くんに返事をさせず、僕に返事をさせた。
「お前がおらんと将棋も出来んし、野球だって楽しく見れん。ホークスは今首位やぞ。早よ帰ってこなクライマックスシリーズ始まってしまう。一緒に見るぞ太郎。お前が応援したらホークス勝つんやけん」
熊本くんは返事をしない。
だからって、僕は熊本くんの顔を見たりはしなかった。