久しぶりの家族
「それが凄かとよ!湯船はジャグジーの付いとるし!おトイレはビデの付いとる!ビデよ!ビデ!」
良いから。
わざわざ息子との会話で、そんなにビデについて熱く語らなくて良いから。
賢政院の一部屋。
その壁一面に映る家族の顔。
ルームシアターのように映し出されたこの通信手段はとても画期的だが、その壁一面にドアップで映る家族の顔は一つ。
立花富江オンリーである。
「あーもう!良かけん!ビデでもオトヒメでもなんでも付けとけ!」
僕達の部屋となんら変わりない部屋だが、唯一違うのはベッドが無いこと。
そこに置かれたソファに座り、僕は壁と化した我が母を怒鳴りつけていた。
壁の一点に、こちらを反射する程黒光ったレンズがあり、それ目掛けて喋り掛ける。
「久々会って水回りの説明すな!」
「なんね!英雄ち呼ばれよるけん少しはマシになったかと思っとれば、なんも変わらんやなかね」
「アンタ達も準英雄て呼ばれてるの忘れんな?てか母さんしか見えん!もうちょい下がって!?」
僕の言葉でようやく下がった母。
うお!ギンだ!ギンがいる!
やっと見える家族達。
そこにはちゃんとお座りしてソファのど真ん中でこちらを見ているギン。
「はぁ、変わりなさそうね。その感じじゃ」
ギンの頭を撫でながら、凛が呆れた顔でため息をつく。
え!?僕も触りたい撫でたい吸い付きたい。
「それは僕のセリフでもある。ったく!ん?あれ?父さん?」
ソファの端っこで、肩身狭そうに全身を窄めている父。
「痩せた!?」
窄めているからなのか?
いやでも頬が痩けてる!
「あぁ、宗則。気にするな。これは心労とかじゃない。ボーリングにハマって痩せただけだ。今じゃターキーも楽勝だ」
マジで心配して損したわ!!
てか、ボーリングとか出来んの!?
何楽しんでんだコイツら。
「ちなみに私はカラオケの採点で97点を軽々出せるわよ。浜崎あゆみも驚天動地よ」
カラオケもあんのかい!!
「凛も父さんもなんでそんなに楽しんでんの?」
「だって!やること無いのよ!?受験勉強するにしても暇があり過ぎよ!!」
あ、そういやこの子。
やがて受験だったな。
ま、大丈夫だろうけど。
「私は千景ちゃんのお母様とダイエットがてら卓球したりしよるばい。これがまた白熱してねぇ」
温泉旅館か!
家族旅行の雰囲気満載なんですけど!
その我が母を白熱させる知里家の母。
現在別室にて、知里ちゃんと面談中である。
「ほんで?英雄であらせられるお兄たまは、どのような生活を?」
凛さん凛さん。
この流れからの質問は、僕もボーリングしたりカラオケしたり卓球したり的なアミューズメント施設にいると思ってらっしゃいません?
「死と隣り合わせだよ!!毎日訓練訓練!今やかめ●め波すら片手で撃てるわ!このアナナキのお陰でね!」
壁のカメラに映らないように、部屋の隅で僕達の会話を聞きながら腹を抱えているエリームを指差す。
すると、笑っていた素振りすら見せず、カメラの前に歩み出し、ペコリと一礼。
「お初にお目に掛かります。ムネノリ様担当をさせて頂いております。リムと申します。ムネノリ様は大変英雄軍に御貢献なされており、欠かせない存在で御座います」
あら、リムってあだ名気に入ったの?
にしても!なにそのベタ褒め!
恥ずいから家族の前ではやめてぇ?
「この愚息が?」
「この愚兄が?」
おいてめーら母子。
そのハモリに頭を下げながら、ふるふる震えているエリーム。
こいつ、唇噛んでまで笑い堪えてやがる。
「ねえねえ、本当にそんなトンデモ人間になったの?」
「あー、僕はまだ可愛い方だぞ?知里ちゃんは最早一人でアメリカ潰せるっていうか、地球ごといけるんじゃ無いかってぐらいだ」
「わー、姑も小姑も歯向かったら姿形も残らなさそうね」
む!?
いつから小姑の意識が芽生えた!?
可愛いな!この子!!
「あー、勘違いしてそうな顔してるから敢えて言うけど、小姑私じゃ無くてギンだから」
「またまたー。照れ隠しもそこまでいくと隠せてないぞぉ?」
「腹立つね相変わらず」
「ちょいまち!わたしゃ千景ちゃんに姑イビリなんかせんよ!?あげん可愛か子!来てくれるだけでもありがたいっちゃけん!」
なに?なんで既に嫁にもらう話になってんの?
「おい待て。なんで僕よりも結婚した気になってんの?」
「はあ!?アンタ結婚せん気ね!?」
「そんな事言ってないだろ!?大体もうプロポーズしたわ!!」
ーーーーあ。やべ。
「ギョ!!!ホントね!?んで!?あちらさんは!?良かて!?」
またもや壁一面が母になる。
ほんのちょっとだけ、母の脇から凛が見え、シシシっ。と笑っている。
「え、え、えーっと、い、一応。オーケーとの事で」
やってしまった。
つい口が滑った。
「こらいかん!!ちょ!凛!!千景ちゃんのお母様呼んできて!!」
は!?
「待たんか!何する気や!」
「イエッサー」
ビシッと敬礼をした我が愚妹は、そそくさと部屋の扉を開けて去っていった。
「あらー。両家の顔合わせに同席させていただき光栄の至り」
「お前どんだけ笑い堪えてんの?」
エリームの顔がさっきからずっと震えている。
ふと壁の画面を見ると、髪を撫で付け、ティシャツ姿のクセに襟を正している母。
その横でこちらを見てサムズアップをかましている父。
父よ、なんか癒されるわ。
僕も一応、父だけにサムズアップを返しておいた。
すると、
「ム、ムネリン!まさかの展開だよ!?なんで!?こんなサプラァイズ!?」
と、テンションマックスの知里ちゃんが真っ赤な顔して現れた。
てことは?
知里ちゃんに腕を掴まれグワングワンと揺らされながら壁を見ると、あらお久しぶり。
知里ちゃんのお母さんと一紀くんが、真面目な顔して現れた。
「千景。ちゃんと座りなさい」
我が父は水が流れるようにソファからどき、ソファには我が母と知里ちゃんのお母さん二人が腰掛け、その後ろに並んでみんなが立っている。
いや、父よ。
アンタは座ってていいと思うのだが?
お母さんには勝てない魔王さま。
ピタッと動きを止め僕の横に座り、足を閉じて両手をその上に重ねる面接を受ける女子大生のポーズになった。
「ムネくんのお母様。凛ちゃんから話は聞きました」
「これはこれはご足労を」
いや、すぐに現れたから近くに居たんだろ!?
「宗則さん?」
「は、はい!!」