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「アナナキ、人間、クリーチャーは今から4000年以上前に大規模な戦争を起こしました。原因は人間とクリーチャーによる共謀。アナナキを殲滅しようとし、ある都市で大量に虐殺した事から始まります。我々アナナキは非常に高度な文明を誇っています。人間には想像もつかないような超次元とでも言って差し支えない程のものです。我々に"神"という名を付けたのも人間ですので、それは察することが出来ると思われます」
「神!?」
「えぇ。神です。特に我々がそう呼べと言ったわけではないのですが、人間は我々をそう呼びます。元々人間は我々の兄弟種でして、我々を構成する"あるモノ"から創り出した生物が人間ですので、あなた方の神と呼ぶ存在の所業と同じ事をした我々をそう呼ぶのは至極自然な流れではありますね」
「アナナキさん達が僕たち人間を創った? マジで?」
「間違いありません。まどろっこしい言い方になってしまいすみません癖なもので。その人間を創った我々を畏怖し、我々に元来あまり協力的ではなかったクリーチャーに唆され人間は我々に歯牙を向けてしまいました。勿論、我々も殲滅されては堪ったものではないですので反撃し、その場は勝利をおさめてクリーチャーを地球外へと追い出し、元々唆されてしまっただけの兄弟種である人間に温情をかけ、地球ではあるけれど我々とは別世界という枠組みの中に閉じ込めました。この時、我々は同じ事の起きぬよう懸念して人間の生まれ持った能力に鍵を掛けたのです」
僕はふと、どこかで聞いたことのある話を思い出した。
人間の脳はその力を十分に発揮できていない。
まさにこの事なのではないかと、なんの根拠もないが変に合点がいった。
「でもその戦争でアナナキさん達は、人間とクリーチャーの二種に勝ったんですよね?」
「仰る通りです。その疑問に辿り着く事は自然ですね。何故その戦争で二種を相手に勝利を収めた我々がクリーチャーだけで攻めてこようとしているこの状況に焦り、人間に助けを求めているのか。これは我々の緩慢さが招いた失態です。クリーチャーを地球外へ追いやり、クリーチャーという種はそこで根絶やしに出来たと確信していました。地球外、あなた方の言うところの宇宙は生命体が生身で生存出来る環境ではない。その認識に高を括り、安心しきった我々はアナナキの性分である知識の追求に没頭したのです。3000年以上もの間。そのような長い年月を知識の向上だけに傾けた我々の身体能力は古代のものとは大きく異なり低下しています。今では人間相手と本来持つ身体的能力だけの戦闘では勝てる見込みが皆無と言っていい程です。ですが、我々は長い年月、知識の向上に力を注いだ分、その身体能力を補う術や、脳に作用するありとあらゆる攻撃が可能です」
空恐ろしい話だ。
その脳の解放をしてパワーアップしても、それはアナナキ達により自由自在であり、要らなくなったらロックも可能。
しかも3000年以上を費やした技術に勝てるとはバカでも思わない。
なんなら人間を創った神そのものである。
古代の人間達に、神相手によく反乱したな。とは思うが、この言い知れぬ恐怖を感じた僕は、もしも力があるのならばこの恐怖の根源を無くしたいと考えるのも吝かではないとも思えた。
そして、今。
僕らは盛大に恫喝を受けているのではないかと大まかにだが感じた。
単純にお前ら人間は神を裏切ったけど可哀想だから根絶やしにはしない。
でも同じ所で暮らすのは気分わりいから同じ空気吸わなくて済む空間で暮らしてね。
と、なっていた数千年間。
でも、あれ? なんかクリーチャー生きてね?てか地球狙ってねぇか?あいつら?
ヤバイヤバイ。めちゃくちゃ舐めきって筋トレしてねぇぞ我々! どうする?
あ、人間! アイツら我々に対する恩を返す時じゃね?今こそその時じゃね?
手伝わせようぜ! 大体地球侵略ってなったらあいつらの問題でもあるんだし!
断るとかマジあり得ねえよ。
だって我々、神だぜ?
と、僕の頭の中のアナナキーズたちが話し合っているのが思い浮かんだ。
「ふふふ。いやぁ久しぶりに笑いという感情が湧き上がりました。タチバナ様、そこまで極端な発想ではありませんが、間違いではありませんね。しかし人間を支配したいだけならば我々にはその様な回りくどい事は必要ありません。なぜなら恐怖なんてモノを用いずとも支配しようと思えば簡単に出来るのですから。ですが、こうやって助力を求めるのは種属間の関係を保つ名目の為です」
線だけで書けるような顔の作りの神様は、僕の心の声を聞き取り、しかもめちゃくちゃ怖いことを平然と言ってのけた。
「あ、あぁそうですよね。ははは」
ちびりそうな僕は、強がって乾いた笑いを頑張って吐き出したが、これもまたアナナキさんにかかれば御見通しなのだろうと考えると縮み上がって女の子になっちゃいそうだった。
ふふふ。はははと、感情に温度差のある笑いを2人で交わす。
心を読まれると知った僕は、無になることを努め思考を止めていた。
「あの……僕のこと忘れてません?」
あ……居たねそういえば。
「えーっと。あー、あのですねー。大変申し上げ難いのですがクマモト様」
あれ? アナナキさんの無表情な顔面に冷や汗のようなものが垂れている風に見える。
実際には垂れてはいないのだが、かなり気まずそうな雰囲気がそれを幻視させた。
「貴方は今から行われる脳力解放の件に無関係で御座います」
「「は?」」
先輩後輩のハモリから一転。
静寂。
場が凍るとはこの事なんだと、人生初体験に感動した僕だった。
「本当に申し訳ないのですが、タチバナ様をお迎えする時に私の不手際でクマモト様も巻き添えに転移させてしまいまして」
「あれ? なにこの展開。そんな事ある!? 異世界転生でこれから物語始まるんだーってワクワクしてた僕の期待返してくれます!? あ! 記憶消して僕だけ返すとかはやめてくださいよ!? 折角こんな体験してるのに勿体ないじゃないっスカ!」
今まで静かに聞いていた反動なのか、ダムが崩壊したかのようなマシンガントーク。
そして厨二脳満載な発言。
尊敬に値するアホであり、言ってることに共感してしまう僕も毒されているなと自認する。
「あ! もしくはあれだ! 巻き添え食らって異世界召喚された僕の方が先輩達よりも目立っちゃう的な!? 主人公は僕的な!?」
「申し上げ難いのですが、古代の能力を解放する人間はこちらでもう調査済みでして。人間なら誰でも良いというわけにはいかないのですよ。その解放に耐え切れる精神性の持ち主でないと自我が崩壊してしまうので」
は?
ごめんごめん。熊本くん。
君よりも衝撃的な事実を知った僕がいるよ?
「ちょっとお待ちをアナナキさん。え? 今凄いこと言わなかった? なに? 自我が崩壊って? そんな危ないことするの?僕」
「大丈夫ですよタチバナ様。貴方はそれに耐え得る精神性をお持ちですので、自我の崩壊はありません。我々はそのような資質を持った人間を"英雄"と呼んでいます」
なにそれー。
めっちゃかっこいいー。
一発で不安取り除いてくるわー。
アナナキやっぱ半端ねえって。
"英雄"という甘美な響きに酔い痴れている僕の横で、こちらにまで聞こえる歯軋りをする熊本くん。
「先輩が英雄? 片腹痛え痛えだなオイ!」
「おい、タメ口だぞ! 悔し過ぎて言語に支障きたしてるぞ! くそ後輩」
人間の浅ましさを満載で出している熊本くんを苦々しく見るアナナキさん。
はぁ、と嘆息して首を振り、熊本くんの肩に手を置く。
「クマモト様。期待を持たせてしまった私に落ち度があります。記憶を消さずに人間世界に戻す事は大変事態をややこしくしてしまいます。ので、クマモト様の先程の発言を元にクマモト様にもメリットのある提案が御座います」
「聞きましょうか!」
即答すんな?
相手、神だぞ?
「クマモト様はタチバナ様やチサト様とも面識のある方です。まさか"英雄"同士が面識のある方々とは我々も驚きましたが、これもなにかが起因する事象なのでしょう。そしてそのお2人に携わり、この世界に私の不手際とはいえ携わってしまわれたクマモト様にもなにか運命的なものを感じます。ですので脳の解放は出来ませんが"英雄"の臣下として一緒に地球を救って頂く助力をされませんか?」
「承った」
即断即決。
なにこの男。もうアナナキさんが運命とか言い出したくらいから目をキラキラさせてたよこのアホ。
不手際つってんだろ?
3000年も知識高めてる神相手に、運命とか言わせちゃったよ。
てか3000年も知識高めてる割には、大雑把に転移させたなこの神。
どう考えても失態してめんどくせえの連れてきてしまったから適当なこと言って手伝わせようとしてるだけじゃん。
呆れてモノも言えない僕に、心の声を察したアナナキさんが無表情で圧をかけてきた。
「よかったな下僕」
「先輩。臣下の意味履き違えすぎっス」