5 凶器
次の日、学校では昨日起きた事件の話題でもちきりだった。
俺が見つけた死体は、やはり俺が通う高校の生徒だった。どうやら一年生らしいが、俺は三年生で部活にも入っていないので全く面識もなかった。だが、クラスにはどうやら知り合いがいたようで、ショックで学校を休んだやつもいた。学校では全校集会が開かれた。
犯人はまだ捕まっていない。警察は周辺の警備を強め、俺たちもなるべく友達と一緒に行くか、保護者を伴って通学するように通達が来た。
俺はあの日、警察が現場へ来た後に事情聴取などもあって、結局家に帰ったのは日もすっかり落ちた後だった。俺はくたくたになって、自室のベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまった。だからいろんな事が手つかずだった。食事も風呂も、宿題も、頭の整理だって何一つ終わっちゃいない。
授業はあまり集中できなかった。俺は亡くなった彼女の背中に深々と刺さっていた、果物ナイフの事ばかり考えていた。柄は木製で、無駄な装飾のないシンプルな造りだった。刃は血で汚れてはいたが、使い込んだような跡は無かった。おそらく新品だろう。純粋に殺人のために買ったものにちがいない。
そのナイフは今、俺のカバンの中に入っている。新聞紙に包んで、厳重にガムテープを巻き付けて中身が飛び出さないようにしている。
気づいたらナイフを手に持っていた。その表現が正しいと思う。何も考えていなかった。後先考えずに、興味の赴くままに彼女からナイフを引き抜いていた。その事実に気づいたとき、俺は戦慄した。このまま彼女の背中に元通りに戻したとしても、俺の指紋はくっきりと付いている。あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない。そもそもあの空き地は俺の通学路からかなり離れている。それだけでも十分怪しいのだ。
俺はハンカチをポケットから出して、刃の部分をそれにくるんで、数学のノートに挟んでカバンにしまった。とりあえず俺は何も無かったことにしようと思った。帰った後、ハンカチとノートは捨てた。
死んだ彼女と、彼女に刺さったナイフ。その取り合わせは実に不自然だった。本当に、演劇をしていると思ったのだ。それくらい妙だった。
数日後、俺は改めてあの空き地に向かっていた。
あいかわらず犯人は捕まっていなかった。事件は、連日のようにニュースで取り上げられた。ちなみに、被害者の死因は背中に刺さったナイフではなかった。毒殺。強力な毒だったらしい。それも、飲んだ者をじわじわといたぶって殺すような。
黒猫が入っていた段ボールは無くなっていた。猫を捨てた人が、新たな飼い主が見つかったと勘違いして持って帰ったのかもしれない。近所の人が邪魔なゴミだと思って捨てたのかもしれない。
あの猫はあれから一度も見なかった。誰かに拾われているといいな、とあの黒猫を思い出す度に考えてしまう。
空き地はあいかわらず殺風景だった。裏路地からは通れないようになっていたので、俺は回り込んで車道から向かった。空き地は入口を閉鎖され、誰も入れないようになっていた。
俺はしばらくの間、死体があった場所を見つめていた。入口の近くには花束がたくさん置かれ、事件が本当にあったということを物語っていた。
帰ろう、そう思った。もうここに来ることはやめよう。事件のこともナイフのことも忘れて、高校を卒業することだけ考えよう。遠方の大学を受験しよう。そんなことを思った。
俺は踵を返して、元来た道を帰ろうとした。俺はその時、少し怖がっていたと思う。だから、後ろから聞こえた声に必要以上に反応してしまった。




