3 雨の匂い
あの日の出来事を偽りなく、正確に話すことはできない。そもそも、本当に起きたことなのか判然としない。忌まわしい記憶だ。だが俺はその記憶を、お気に入りの靴を丁寧に磨くように大切に心にしまってきた。
あの日、俺は高校生だった。親しい友人はそこそこいたし、勉強も概ね問題はなかった。模試の順位表には載らないけれど、親には文句の一つだって言われないぐらいの成績だった。
だけど俺は学校が嫌いだった。授業は比較的真面目に受けたし、学校も休んだことはない。けれど嫌いだった。理由もきっかけもない。あるいは忘れてしまっただけかもしれない。そのもやもやとした思いは日に日に強まるばかりだった。
激しく雨が降る夜だった。闇が深まりつつある通学路を俺は一人歩いていた。台風の接近と梅雨前線の発達が重なったらしく、ここ一週間は全て雨だった。雨は道のあらゆる汚れを押し流すように勢いを変えることなく降り続けた。
俺は道の端に見慣れないものを見つけた。段ボールだ。のぞき込むと一匹の猫がうずくまっている。
黒い猫だった。毛並みが雨に濡れて怪しく光っていた。触ると呼吸に合わせて体が静かに上下しているのが分かった。まだ暖かい。
「ちょっと待ってろよ」
俺は近くのスーパーに向かい、タオルと安いキャットフードと水、そしてそれを入れる皿を買った。
段ボールのある所まで戻ると、小さな黒猫はさっき見た時と同じ姿勢で横たわっていた。薄目を開けて、俺の姿を認めると一鳴きした。
餌はよく食べてくれた。もしかすると、何日も食べていないのかもしれない。黒猫は顔を皿に埋めるようにして、休むことなく食べていた。
俺はこいつをどうするべきか考えた。俺はペットを飼いたいわけじゃなかったし、そもそも家がペット禁止だった。
餌をきれいに食べ終わったそいつは、自身の処遇について俺が頭を悩ませている事も知らずに、俺を澄んだ目で見つめ返していた。
「なあ、おまえはどうしたい?」
俺は気づいたらその黒猫に話しかけていた。我ながらばかばかしいと話しかけた後に思ったが、そいつは俺の質問に答えるように一声、にゃあと鳴いた。




