第五話「案内人」
彼女にはシスター、それしかない。マザーが言う、『案内人』……コイツが。
「マザーからは聞きましたね? なぜこの『鏡界』にやってきたか」
オレは頷いた。ふうむ。オレが冷静でいると思ったら大間違いである。窓に飛び込んでからコレだぜ? 並大抵の人間じゃぁ、普通じゃいられないってもんさ。オレだって、汗だらだらなんだぜ? 冷や汗が。
「では私は、この世界を『案内』させてもらいます。幾分、正世の方たちにはなれない環境だと思いますので……。話はさほど長くならないと思いますが、一応、こちらへ」
そう言って『案内人』はオレを長い椅子に案内した。
「正世から来たあなたが──正世というのはあなた達の世界の事です──この世界でやなねばならぬ事……は、特にありません」
「えっ……ない? じゃあなん──」
「今からでも戻りたければ戻れます。ですが、そこはあなたが鏡に飛び込んだ所、時です。つまり、あなたの場合は殺される……『死』を恐れているあなたが、死ぬと同然ですね」
オレは言葉に詰まる。『案内人』は淡々と続けた。
「ですから、あなたはこの『鏡界』であの時の死を引き伸ばせる事が出来るのです。特別に。この世界にやってくる……選ばれた者なのですから」
「じゃ、じゃあ、オレはいつになったら帰ったらいいんだ?」
「いつでも。ご自由に。先ほども申し上げたように、戻った先はあの場所あの時。あなたが死にたくなければ、この『鏡界』で力を得、死を逃れる事……それが目的と言った方がいいでしょうか。……それで、いつ帰ればいいか、ですが……。正直、いつまでもいれるんですよ。この世界には。限りなどありません。何かが起こらない限り」
「何か──?」
「この世界を壊すような事ですよ。そんな事、起こるはずがありませんが……で、話を戻しますが、この世界では年をとらない。能力だけが身につく。分かりますね?」
オレは目を見開く。『案内人』が憫笑した。
「『死』を恐れていた者が『不死』になる……良い皮肉ですよ。……まぁ、現実問題、そこまでいる人はいませんがね。大体、正世が恋しくなるんですよ。正世に戻れば自分は『死』を迎える……ですが、その頃には正世での『死』を乗り越えられる力がついているはずですから、なんら問題ありません。……が、いつかは死にますがね」
再び『案内人』は憫笑し、オレを見つめた。
オレは押し黙り、『案内人』を見つめる。視線があった。オレはつい目線をそらした。
「あなたは自由です。さあ、あそこの扉をくぐれば、正真正銘の『鏡界』です。──ああ、言い忘れていました」
オレが立ち上がった時に『案内人』が思い出したように言った。
「あなたには『相棒』が現れます。すぐに。真っ先にあなたに話しかけてくる者……いいや、真っ先にあなたが目にする者が『相棒』です」
「『相棒』……」
そうオレがつぶやいた時、『案内人』がニコっと笑った。オレは『案内人』に手を振りつつ、扉へ向かった。
次回予告:『案内人』が言う、『相棒』とは──?




