第四話「マザー」
案の定、窓の先には灰色の世界が広がっていた。一面灰色一色。時折、ピカッと稲光のように周りが光る。オレはそのたびに目を瞬間的に閉じていた。どうやらオレは自由に動けるようだ。……そう、無重力空間って感じだ。オレはその空間を一時、楽しむわけにもいかなかった。
「……っく」
だんだんと息が苦しくなってきたな。ふと、周りが白くなっている事に気づく。白い霧が立ち込めているような……。
「ようこそ」
何処からともなく声がした。透き通ったような女声。一瞬、ドキンとしてしまったオレは瞬時顔を赤らめる。しかし、どこにいる。声の正体は。
「…誰だ? どこにいる?」
オレがそう問うと、その声はフッと笑い、話し始めた。
「私はマザー…。私は実在しない。形としては」
「ど、どういうことだ?」
「…今のあなたに話したところで何か意味があるでしょうか?」
確かにない。だが、
「そうだが……それより、オレは帰れるのか? 元の世界に…。それにここは何処だ?」
「ここは『鏡界』。正しくは『鏡界の境界』ですが、それはいいでしょう。それをあなたに分かってもらう為には……まず、『なぜこの世界に来たのか?』から説明しなければなりません」
"声"は一旦間を空けてから、続けた。
「あなたがこの鏡界に来た理由……それは、あなたが『死』を恐れていたから」
オレが『死』を恐れていた──?
「あなたはそれほど意識していなかったでしょう……ですが、実際、あなたは誰よりも、強く『死』というものを恐れていた。例えば、こんな事はなかったですか? ……『死』について考え込む……ということは」
確かに思い当たる。でもそれが……、いや、今はどうでもいい。『死』を恐れていた……。
「って事は……」
「そう、あなたはあの時殺されていた、はずだった」
「──はずだった?」
「そう。ですがあなたは運命に逆らい、『生』にしがみついた結果──この、鏡界へ行き着いた。人によって『生』へのしがみつき方はそれぞれ。私はそんな人たちを正しい世界へ導いているのです。ある人は水、ある人は木、ある人は……『鏡』。その中の一人があなた」
オレは息を呑んだ。まさか──。
「他にも居るってのか? オレみたいなヤツが」
「もちろん……おっと。私の役目はここまでですね。後は『案内人』からの説明があるはずです。私は、他の来訪者を導かねばなりません」
「え? ちょ──」
突然、周囲が白くなった。オレは思わず腕をかざして目を閉じる。
光が弱くなったと同時に、フッと、体が軽くなる。浮いている感じがする。その時、オレは目を開けた。あけた時に、体が地に着いた感覚がした。浮いていたのか──? と、考えたところでオレは気づく。
「ここは……教会?」
周囲は教会のような、いや、教会そのものである。オレは後ろを振り向く。カラフルに装飾されたステンドグラスが光に煌き、オレを照らしていると同時に、教会全体に光の保養を与えている。
オレはもう一度後ろに振り返った。一人の女の人がそこに立っていた。シスター。まさにそんな感じだ。オレは思わず声をかける。
「あなたが……『案内人』──?」
彼女がゆっくり頷いた。
次回予告:『案内人』が導くもの──!?




