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雪の王子と火だまりの少女 ~王立魔法学園グランツ・アカデミーより~  作者: ゴリエ
春の章 魔法の使えぬ魔法使い
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最初の戦闘

 三人の前に現れたのは、樹木の姿をした仮想精獣ヴァイラス――グリーンマンだった。木の幹が胴体で、地を這う根のような足を持ち、無数の葉を茂らせた木の枝が腕になっているため、見たところはほとんど森の他の木々と区別ができない。そうして誰にも気づかれずに動き回っては、無数の葉に隠れた顔で辺りをうかがい、背後からそっと近づいてくるのだ。


 森を荒そうとする人間が入ってくるや、大木が倒れる音、葉擦れの音、枝の折れる音などを立てて、人間を怖がらせて森から追い出そうとする逸話で知られる仮想精獣ヴァイラスだった。


 普段の実践訓練中に出現したところで、何ら困らない下級仮想精獣プライマリー・ヴァイラスだが、魔法の使えない今ではまったく訳が違う。物理的に殴って倒せるレベルの相手でもない限り、どんな敵でもこの場合は脅威となりえてしまうのだ。


 当然このグリーンマンも、物理攻撃のみで対処できる相手ではない。


「で、出たーーー!」


 三人は血相を変えて、この場から逃げるために全速力で走り出した。


「飯のにおいに釣られて出てきやがったのか? まったく気づかなかった」


「木が人間の食事など食べるものか、こいつの食事は水と光と肥料……とかそんなことどうでもいい! 追いつかれるぞ!」


 見た目が木であるにもかかわらず、グリーンマンは思いのほか俊足だった。普段なら仕留めることなど造作もないので、こんなに必死になって逃げた経験もほとんどなく、追ってくるスピードが存外速いなどと思いもよらなかった。


 三人の進路に先回りするように、グリーンマンが蔦を伸ばして周囲を取り囲み始めた。

 ルビの顔が引きつる。


「嘘だろ、こんなザコ相手に……」


「二人とも下がって!」


 そう言ってソルエルがいきなり飛び出したかと思うと、彼女はグリーンマンに向かってリュックサックの中身を盛大にぶちまけていた。美しい赤色の小さな水晶玉が無数にグリーンマンに降り注ぎ、砕け散ったと同時に勢いよく発火し、すぐにその太い幹や枝に次々と燃え移っていた。


 グリーンマンの耳をつんざく悲鳴のような叫び声が、燃え盛り踊り狂う炎の勢いと強く同調する。

 幹の大半の部分が燃えてしまうと、グリーンマンはもうすっかり活動を停止し、そのあとは綺麗さっぱりその場から炎とともに消滅してしまった。


 仮想精獣ヴァイラスは所詮魔法使いや魔導師たちが想像のもと作り出した架空生物イマジナリ・クリーチャであり、倒せばその死体を残さず跡形もなく消え失せる。


 ルビとマイスは一連の出来事に、ただ口をあんぐりと開けて呆然とたたずむのみだった。


「火が他に燃え移らなくて良かった。二人とも大丈夫? 怪我はない?」


 そんなふうにただ一人平然と男二人に問いかけてくるソルエルに、彼らがすんなりと自分たちの無事を告げることはなかった。まずはこの状況が呑み込めないことには、何を言われようが耳に入ってはこない。


「ソルエル、君はいったい何を……」


「お、お前……今魔法使ったのか?」


「そんなわけない。先生の許可を得て、あらかじめ用意して持ってきてたこれを使っただけ」


 ソルエルがリュックサックに残っていた、先ほど投げたものと同じ赤い水晶玉を二つ取り出して、二人に手渡していた。

 それは、ソルエルの火の魔力が宿った魔吸石だった。


「これ、魔吸石じゃないか。随分とまた懐かしいものを。そうか、これは本来の用途とは別に、ああいう使い方もできるのか」


 マイスはどうやら合点がいったようで、深く頷いては一人で感心しきっていた。

 目を瞬かせるばかりのルビだけが、不機嫌そうに表情を歪めた。


「……ちゃんとわかるように一から説明しろよ」


「つまりソルエルは、普段から別用途で日常的に用いていた魔吸石の、有効的な活用方法を見出して、このテラ・フィールドに戦闘具として持ち込んだということだろう」


 マイスが的確に正答を述べたので、ソルエルも素直に頷いていた。


「その通りだよ。私は〝火だまり〟で魔力を外に出せない。でも身体の中で生成されてたまった魔力は、適度に放出しないと体調を崩すし、重症だと病気にもなるでしょう? だからときどきこうして、魔吸石に魔力を吸い取らせていたの。

本来は幼少期に魔力を上手く放出できない子供が使うものだし、私の年になってもまだ使ってるなんて珍しい例だと思うんだけど。普通なら魔力を吸い取ったあとの魔吸石はすぐに破棄されるし、こんな使い方は公に認められてないからあんまり褒められたものじゃないけどね。

子供用だから吸収できる魔力もかなり微量だし。でもこれがたくさん集まれば、それなりの武器として活用できるってことに気づいたの。

私がとれる数少ない戦法だったから、先生に頼み込んでなんとか許可を得られて。完全に消耗品だしどれくらいのペースでなくなっていくかもわからなかったから、圧縮器キュービックに入りきらない分も、持てるだけリュックに詰めてきたの」


「なるほど、そういうことだったのか。なんだよ、そういうのは先に言えって。お前、実習前はやたら後ろ向き発言ばっか連発してたくせに、実際めちゃくちゃ頼りになるじゃん!」


「えへへ……ありがと。ラッキーが重なっただけだよ。二人に事前に言わなかったのは、仮想精獣ヴァイラスにちゃんと通用するかどうか私自身もよくわからなかったから。今実際の威力を初めて見て、一番びっくりしてるのは私なんだよ。ちょっと変な言い方だけど、魔力を吸収したあとの魔吸石なんて、言ってしまえば魔法使いにとってはただの排泄物に過ぎないものでしょう? 今までずっと捨てるだけだったのに、まさかこんな場面で役に立つとは、だよ」


 ソルエルは何気なく口にしただけだったが、ルビは彼女の意図とは違った方面からその話に食いついていた。


「これがソルエルの……なんて綺麗な……」


「落ち着けルビ。お前が何を考えてるかなんて聞きたくもないが、妙な目でその石を見つめるのだけは今すぐやめろ、本気で気持ち悪い。それに、魔吸石は誰が魔力を注ぎ込んでも、だいたい綺麗な色になるだろうが。ほら、もう返せ、この変態め」


 マイスが心底呆れた様子でルビから魔吸石を奪い取ると、うるさく抗議してくるルビを徹底的に無視した上で、自分の手にしていた分の魔吸石と合わせて、丁寧にソルエルの元に返してよこした。


「それにしても、よく先生たちが魔吸石の持ち込みを許可したものだな。特に春ステージにおいては、学園長先生が言っていた魔法断ちの目的と趣旨に真っ向から反しているようにも思えるのに。……いや、決してソルエルを責めているわけではなくて。私たちもこれがあったからこそ助かったのだからな」


「ああ、それね。私以外の他のみんなは、魔力増幅器の剣とか杖とか普段から使ってる愛用品を、一つまでなら持ち込むことが許可されているでしょう? ルビは右手の刻印、マイスは炎の指輪の魔力増幅器をそれぞれ持ってるよね。

でも私はそういうものを使う以前の問題だから。その代替品みたいな位置づけで、魔吸石の持ち込みを許可してもらえたの。

まあ、威力もそれほどあるわけじゃないし、そこまで厳しく制限されるほどのものでもないしね。今倒したグリーンマンだって、木と炎でたまたまこっちが優位になれただけで、今後もこのやり方が通用するかはわからないし。

先生が私に魔吸石の持ち込みを許可してくれたのは、私がもうとっくに魔法断ちを何年も経験済みだったから――っていうのもあると思う」


 ソルエルの言葉にマイスがはっとしていた。


「そうか……そうだったな。まさにその通りだ。すまない、失念していた」


「謝ることなんてない。むしろ忘れてくれていたのが嬉しいくらいだよ。たいがいの人が私を特徴づける上で、もっともわかりやすい符号だもの。魔法が使えない火だまりだって。それを忘れてたってことは、私を〝私自身〟として見てくれてたってことだから」


 ソルエルがそう言うと、マイスは一瞬驚いていたが、すぐに安心したように穏やかな表情になった。


「実を言うと……実習が始まって魔法が使えなくなってから、まだ半日も経過していないというのに、この上ない心許なさで、ずっと震えが止まらないんだ。ソルエルはいつもこんな感覚を味わっていたんだな。魔法使いの世界の中で魔法が使えないって、こんなにも不自由で息苦しいものだったんだな」


 言いしれない心情を噛みしめるようにマイスがつぶやくと、それを見ていたルビも、ソルエルに向かって力強く言った。


「ソルエル、この実習で絶対火だまりを解消しような。大丈夫、お前ならきっとできる」


 いつにもまして熱のこもったルビの言葉に、ソルエルもまた力強く頷いていた。

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