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謎の転校生

 二人にもっともなことを言われてソルエルは一瞬怯みかけた。しかし、反対されるであろうことは初めからわかっていたのだ。


「それじゃあ、逆の立場で考えてみない? 一度、このトゥーリ君の立場になって考えてみてよ」


 ソルエルの言葉に、ルビとマイスははたと顔を見合わせた。ソルエルはそのまま続ける。


「右も左もわからない転校先の学校で、これからともに勉強していくクラスメイトたちからは、奇異な視線を一斉に向けられている。どうやら自分の良くない噂もすでに流れているようだ。しかもタイミングが悪く、転校早々に野外実習が組まれていて、班決めの交渉に参加すらできなかった自分は、まさかの一人構成班でのスタート。その上実習は四週間という長丁場らしい。四週間を、たった一人で切り抜けなければならない。ああ、寂しさで気が狂いそう。こんな状態で強力な仮想精獣ヴァイラスにでも襲われてしまえば、短かった僕の人生も一瞬のうちに途絶えてしまうだろう。しかも、一人だから僕を看取ってくれる人すらもいない。辛いなぁ。せめて、誰か一緒の班に入れてくれる心優しいクラスメイトが、一人でもいれば良かったのになぁ……」


 大仰に子芝居を披露してからちらりと男二人を見やると、若干ではあるものの、二人の表情や態度がやや揺らいでいるように見えた。

 これはもしかするといけるのでは? とソルエルは妙な手ごたえを感じ、それからも二人への説得を試み続けていた。


「クラスが十五人だったから、三人の班が一つできるのは仕方ないって思ってたけど、こうして一人増えて十六人になったんなら、班を全部すっきり四人構成にすることができて私たちも心強いし、何よりこのトゥーリ君も一人じゃなくなるよ。お互いに良いことづくめだと思わない? やっぱり、一人だけの班なんてどう考えても危険すぎる。きっと先生たちも仮想精獣ヴァイラスをいつも以上にたくさん用意してるだろうし……。ね、どうかな」


 ソルエルの言い分を聞いて、ルビとマイスの二人はあらためて顔を見合わせた。


「たしかに、単純に戦力が多いに越したことはないか……。私たちも贅沢は言っていられない状況なのは事実だしな。向こうがどう出てくるかを考える必要もあるが、それと同じくらい、私たちが相手に歩み寄ることも大事なのかもしれないな……」


「でも、もしも本当にやばそうなやつだったら、今の話はマジでなしだからな」


「ルビ、お前は意外と人見知りなところがあるよな」


「うるせーよ。ってか、この場合俺の感覚はいたってまともだと思うぞ。まだまったく知りもしないやつのことをいきなり同じ班に引き入れようだなんて考えてる、ソルエルのほうが怖いもの知らずなだけだろ。ソルエルは昔から、意外なとこで肝が据わってんだよな。普段はビビりのくせに」


「あのね、二人とも忘れてるかもしれないけど、私ももともとは転校生だったんだよ。だから、転校してくるときの不安な気持ちは、少しなら想像つく気がする」


 そう言われて二人ははっとした。


「そういえば、そうだっけか……」


「もう昔のことすぎて、すっかり忘れてしまっていた」


 ソルエルは苦笑しながらこんなことを言ってみせた。


「ただでさえ新しい学校でよくわからないし不安なことばかりだったのに、私のときもたしか変な噂が流されていたっけ。遅れて魔法学園に入ってくるなんて何かあるに違いないとか。おまけに私は実技も全然ダメだったから、本当は魔法使いじゃなくて、魔法学園に潜入した敵国のスパイなんじゃないかとまで言われてたし、ルビも今と違って昔はすごく怖くて私も散々いじめられて……」


「あ、あのときは……! 悪ぃ……本当に、悪かったって思ってる。ほんと、やなやつだったよな。思い出すと自分でも恥ずかしくて情けねえよ」


「ほう、ずいぶんと殊勝になったものだな」


 マイスが腕組みをして意地悪く微笑む。しかし、彼の高みの見物も長くは続かなかった。ソルエルが今度はマイスに照準を合わせてきたのだ。


「マイスも最初、私にとってはルビと同じくらい怖かったよ。私をルビから助けてくれたこともあったけど、そのあと『クラスの輪を乱す原因になっている君もはっきり言って迷惑だ』って、すごい冷たい口調で言われたし」


「え……それは本当のこと、か……? 何かの間違いじゃ……」


 冗談だろう? とマイスが珍しくうろたえ始めた。とっくに忘れ去っていた自身の過去を掘り起こされて、ショックで頭を抱えているマイスを見て、今度はルビがけたけたと笑い始める。


「すげー偉そうなこと言ってやがる。お前もたいがい黒歴史歩んでるじゃん」


「うるさい、ルビにだけは言われたくない」


 二人が醜い言い争いを始めたので、ソルエルは黙ってにこやかにそれを見守っていた。

 不毛な口論は長いこと続いていたが、しばらくすると、二人の疲労によりそのやりとりもようやく落ち着きを取り戻していたので、ソルエルは頃合いを見計らって、もう一度彼らに向けて穏やかに語りかけていた。


「あのころは私、二人とこんなに仲良くなれる未来が来るなんて、少しも想像できなかったよ。でも実際あるんだよ、そういう思いがけないことって。だから試してみたいんだ。ひょっとしたらありえるかもしれない可能性を、信じてみたいの。何事も、できるって信じてやらないとできないんでしょう?」


「わかったよ。ソルエルがそこまで言うなら、私も信じてみよう」


「……で? 誰が最初に転校生に声かけるんだ? ジャンケンで負けたやつにするか」


 ルビの提案にソルエルはかぶりを振った。


「ううん。私が言い出したことだし、私が声かけてみるよ」


「まあ、適任じゃないか。この中だとソルエルが一番人当たりは良いだろうし」


「いや、でも大丈夫なのか……」


「警戒しすぎだよ、ルビ。どの道これからクラスメイトになるんだし、遅かれ早かれいつかは言葉を交わすことになるでしょう? 見てて、私がんばる。きっとこのトゥーリ君を口説き落としてみせるから」


 ソルエルがはりきって意気込みを見せたところで、噂をすれば、のタイミングで教室のドアがスライドした。


 真新しいローファーの、床を踏みしめる小気味良い靴音とともに、このグランツ・アカデミーのハイスクール制服を着た見知らぬ男子生徒が、教室に姿を現していた。



「――――……」



 ソルエルたち三人は思わず息を呑んだ。


 転校生は総じて格好よく見えるものらしい。そんな謳い文句で綴られる物語をどこかで読んだことがある。

 しかし、そんな誤差の範囲のレベルとはまるで比較にならない、壮絶なまでの美しさがそこには体現されていた。


 さらさらと揺れる癖のない銀髪、伏せた長い睫毛に縁どられたアイスブルーの瞳、どこまでも透き通るような白い肌――そのどれもがすべて、完璧に形作られていると言ってよい。まさにおとぎ話の王子様がそのまま絵画から浮き出たような、幻想めいた見目麗しい美男子が現れた。


 マイスが小声で、ソルエルとルビの二人に耳打ちする。


「……これは明日荒れるぞ」


「そ、そうか? 言うほど大したことねーだろ……」


 そう言ったルビも、わずかに声が上ずっていた。

 そして男二人よりも、その破壊的なまでの美しさに気圧されて固まってしまっているのが、ソルエルだった。


 彼女は決して男性慣れしていないわけではない。いつも身近に接しているのはルビとマイスで、二人ともそれぞれ違ったタイプの端正な顔立ちをした男子生徒だ。ソルエルの目から見ても、それは例外ではない。


 しかし、幼いころから接している二人とは違い、今初めて対面する男子――それもこのまばゆいまでの美貌だ。動揺するのも仕方ないことだろう。

 マイスが気の毒そうに、ソルエルの肩を叩く。


「大丈夫か? これはあまりに想定外だ。ハードルが高すぎる。彼には私から声をかけようか」


「――――あ……え? う、ううん、大丈夫! い、行ってくるよ」


 心配になるほどぎこちない動きで、ソルエルが一歩を踏み出していた。

 ソルエルが近づいてきたことに向こうも気づいたようで、彼女の榛色はしばみいろの瞳をじっと見つめてきた。


 宝石のように美しいアイスブルーの瞳に射抜かれたとき、ソルエルはなぜか震え上がった。どういうわけか、彼と目が合ったとき、広大な雪原に裸で放り出されたような気持ちになってしまったのだ。


 見た目には背の高い大人びた青年だった。彼は室内でも白の手袋を着用しており、外そうともしない。その様はどこか潔癖な印象を与え、それだけでも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。


 しかし、気圧されて固まっているばかりではらちが明かない。ソルエルは拳を握りしめて勇気を振り絞り、銀髪の青年に声をかけた。


「あ、あの……転校生のトゥーリ君ですか……?」


 ソルエルがそう問いかけるまでには、長らく時間を要した。

しかし、その問いかけのあとも、同じかそれ以上に長い沈黙が訪れる。


 青年はソルエルのことをちらと見やるだけで、まるで何事もなかったかのように視線をそらし、机の上で黙々と学生鞄の整理をし始めた。つまり、華麗に無視を決め込まれてしまったということだった。


 そばで見守っていたルビとマイスが、衝撃のあまり口をぽかんと開けていた。

 ソルエルはといえば、話しかける前までにいろいろな会話のパターンをうっすらと想像していたはずだが、さすがに無視されるとは思っていなかったため、彼女自身がこの場で一番困惑していた。


 それでもソルエルはさっと顔を上げて、めげずにもう一度目の前の青年に話しかけた。


「あ、あの……ごめんなさい。まずは自分から先に名乗るべきでしたよね。私、クラスメイトのソルエルっていいます。あっちの二人はククルビタとマイス。あ、あの、良かったらなんですけど、今度の野外実習で私たちと同じ班に――」


 ソルエルが必死で話しかけているにもかかわらず、転校生らしき銀髪の男子生徒は眉一つ動かすことなく、荷物を鞄にしまうや否や、ソルエルのことなどまるで本当に見えていないかのように、足早に教室の出口へ向かって歩き始めていた。


 ソルエルは彼の後を慌てて追おうとしたが、そこをマイスに止められた。

 そして代わりにルビが、艶やかな銀髪の後頭部めがけて、くしゃくしゃに丸めた班分けのプリントを勢いよく投げつけていた。


 男子生徒は隙のない反射神経で背後を振り返り、見事紙玉をキャッチすると、ルビを一瞬だけ睨みつけた。

 しかし、ソルエルのときと同じようにすぐに目線はそらされ、彼は再び出口を目指す。

 この一連の流れでルビの怒りは頂点に達していた。


「おいおい、初日からずいぶんと殊勝な態度だなァ! 聞いてんのか転校生!」


 ルビが彼の後を追おうとした、そのとき。


 突然何かにぶつかって、顔面を強打していた。


「っ――――!」


 その場でしゃがみこみ、訳が分からないまま涙目で鼻と額を押さえるルビ。


 ソルエルとマイスは驚いて、すぐにルビの元へと駆け寄った。幸い怪我というほどのことではなかったものの、何が起きたのかすぐに理解できず呆然としてしまっていたのは、三人とも同じだった。

 ただ、もし見間違いでなければ――。


「氷の……壁……?」


 ソルエルがつぶやいた。


 いきなりルビの前に、氷の壁のようなものが現れたように見えた。その壁がルビの行く手を阻み、そしてルビが盛大に顔面を強打したあと、一瞬で霧散してしまった。

 マイスが急いで教室から廊下へと飛び出していたが、すでにもう銀髪の男子生徒はどこにも見当たらなかった。


 あの氷の壁は、言うまでもなく彼が放った魔法だろう。


〝近づくな〟


 あの氷の壁が、言葉の代わりに男子生徒がソルエルたちに投げてよこした返答だったのだと、三人はこのとき嫌でも思い知らされたのだった。


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