再会
やっと春が来たというのに、クラス全体も、いまだずっと陰鬱な空気に包まれたままだった。クラス委員長・副委員長として、何かできることはないかと懸命に考えていたエリックとオズマだったが、まるで良い案が浮かばない。
そんな折りだった。イースター祭の後にエリックとオズマがローナ教諭に呼び出され、驚愕の知らせを受け取ったのは。
なんと、またもこのクラスに、転校生がやってくるとの通達だった。
そして、今度は出自の不明な謎の生徒というわけではないらしい。どうやら教育委員会が強力な後ろ盾となっているだけでなく、国家権力の強いバックボーンまでをも携える、異例の厚待遇で出迎えられる生徒だというのだ。それはある意味で、身元が完璧なまでに保障されているということを示していた。
その生徒が何をなしたのか、すでに名誉勲章の称号まで授与されているらしいという情報が、かえって非常に謎な部分ではあったが……。
イースター祭の片付けを終えたあと、エリックたちハイスクール二年生は、いつもの馴染みの教室に集められていた。
そして、早速その噂の転校生を紹介される。
「え……」
生徒たちは、みなあっけにとられていた。
「――私も、最初は同じような反応だったわ」
ローナ教諭が苦笑いをして、生徒にすこぶる共感していた。
教室にやってきたのは、銀髪の美青年。春の晴天のような青い瞳が印象的だった。
このクラスの誰もが、まだ記憶に新しい、当然見覚えのある人物だ。
「初めまして、トゥーリ・ウェールといいます。春の精霊としてこの世に生を受けて、まだほんの一月足らずですが、みなさんとともにこの学園で多くのことを学んでいきたいと思っています。どうぞよろしく」
「はああああっ?」
クラス全員が、一様にみな素っ頓狂な声をあげた。
「待て待て……自己紹介が全然入ってこない。悪いけどもう一度頭から頼む」
「トゥーリ? 春の精霊? えぇ……どういうことなの」
「もはやどこからつっこめばいいかもわからん」
「それな」
「――みんな、ひとまず落ち着いて。立っている人は、一度着席しましょうか」
ローナ教諭がパンパンと手を叩き、生徒たちを諫めていた。
「気持ちはわかるわ。私も同じことを、先日教育委員会に話してきたところなのよ。そうね、彼のことは私からお話しします」
落ち着いてと言いながら、自身も生徒に負けず劣らずそわそわとした様子の彼女だったが、ひとまずローナ教諭は生徒たちに事の詳細を話して聞かせた。
「春の精霊誕生の、その遅れの原因解明のために、この国だけでなく、今全世界が尽力しています。精霊間の新旧引継ぎのたびに、私たちが少し前まで経験していたような異常気象に見舞われていては、世界はあっという間に疲弊してしまいますからね。
そのためには、まず四季精霊である彼らを知ることから始めようということになったそうです。彼らの生態から学んでいくとともに、私たち人間についても、彼らに知ってもらう必要があるのではないかと、有識者よりの回答がありました。
とんでもない話だとは思うけど、そういうわけで、トゥーリは史上初の、四季精霊にして魔法学園の一生徒という立場に収まりました。幸いなことに、彼は前世にこのクラスに馴染みがあり、また彼自身が熱望したこともあって、このクラスへの編入が決まったの。みなさん、仲良くできますね?」
「……だめだ。ちゃんと説明されても、やっぱ全然頭に入ってこねえ……」
「つまり、トゥーリは一度消滅して、春の精霊として生まれ変わったってこと? その外見でも実質0歳?」
「仮想精獣が四季精霊になるなんてことあるのか?」
「そもそも、四季精霊って実体がないただの概念だと思ってた……」
「ねえ、他の四季精霊には会った? 四季精霊ってどこに住んでるの? 他もトゥーリと同じように人の姿をしている? 男? 女? 美形?」
無遠慮に様々な質問をぶつけてくる生徒たちもまた、まだこの状況についていくことができず、戸惑っているがゆえの言動だった。
消滅してしまったと思っていたはずのトゥーリが生きていた。そして、こうしてまた同じクラスメイトとして現れた。それ自体はとても喜ばしいことのはずだが、あまりに非現実的すぎて、この場の誰一人として、その実感を持つことができない。
彼らの心情を見透かしてか、トゥーリがやわらかく微笑んだ。
そして、仮想精獣だったときと同じように、その鋭い眼光を宿した瞳を細めて、きわめて冷たく言い放った。
「四季精霊の秘密を、そう簡単に教えるわけないだろう。私を誰と心得る」
彼の低い美声が響くと、教室はとたんにしん……と静まり返っていた。トゥーリの凄みの迫力に、ローナ教諭も気圧されて固まってしまっている。
――が、しかし。
「……なんてね。びっくりした? 偉大な春の精霊って感じした?」
ぱっと明るい顔に戻ったトゥーリが、まるでいたずらが成功して喜ぶ少年のように、無邪気に笑っていた。
「質問があれば、僕が知ってることなら何だって答えちゃうよ。なんなら、他の四季精霊にも今度会わせてあげようか」
「え、本当に?」
これにはクラス中が沸いた。
もはや完全にトゥーリのペースで、この場は彼の独壇場と化していた。
「夏の精霊は、いつも陽気な明るい女の子なんだ。すごく元気で無邪気だけど、僕らの中では最年長だね。秋の精霊はおっとりした優しいお兄さんだよ。でも怒らせると一番怖い。――で、冬の精霊は気難しいお爺さん。僕が生まれて最初に怒鳴り込んできたのが彼だね。生まれるのが遅すぎるって。
そんなこと言われても仕方ないよね。僕自身は、自分が春の精霊に生まれ変わるだなんてこれっぽっちも知らなかったもの。きっと、あんまり長いこと働かされすぎたものだから、誰かに八つ当たりでもしないと気が済まなかったんだろう」
やけに口の軽い四季精霊もいたものだと思いながら、生徒たちはみな、ペラペラとよく喋るトゥーリの話にとても興味津々で、それからそれから、と続きを急かしていた。
「仕方ないな。一つずつ答えていくから、みんな落ち着いて、順番に質問してきてくれる?」
どこで仕入れてきたのか、転校生然とした対応も実に申し分なかった。
以前はソルエル以外の誰とも話をしなかったというのに、転生したとたんのこの変わりようである。
「トゥーリ君って、こんな明るいキャラだったの? 意外。てっきりもっとクールなんだとばかり。喋ってみたらイメージしてた感じと全然違った」
「がっかりした?」
「ううん、その逆。とっつきやすくてすごく好感度上がっちゃった」
トゥーリがミシェルや他の女子たちとも親しげに話す様子を見て、ルビとマイスはそれを遠巻きに見ながら、なんとも複雑な気分だった。
――否。そうは言っても、トゥーリは前世からすでにこのような片鱗を見せていたような気もする。
氷文字での筆談において、筆談という面倒な形式をとっているにもかかわらず、文字の上ですらもやたらと弁舌だったのは確かだ。
ソルエルとだけしか話すことができなかったため、トゥーリはクラスの他の者とはさほど友好的な関係を築くこともなかったが、こうして縛りがなくなった今となっては、彼はソルエルでなくても、誰とでも好きに話をすることができる。もちろん、触れ合うことすらも。
それを思うと、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくる男二人だった。
ルビもマイスもソルエルに好意を抱いている手前、トゥーリに対して嫉妬がないと言えばそれは完全な嘘になる。
しかし、こうして他の異性と彼が親しくしているのも、それはそれで面白くない。この矛盾した感情の正体がわからず、ずっともやもやしたまま、彼らは遠巻きにトゥーリを眺めるのみだった。
二人の視線に気づいたのか、トゥーリがこちらに手を振り、生徒たちに囲まれた輪の中から抜け出してくる。
「ルビ、マイス、久しぶり」
その屈託のない笑顔は、異性同性の区別なく、接する者を容赦なく惹きつける。そこは、ルビもマイスも否定するところではなかった。
「まさか君たちと、こうして言葉を交わせる日が来るとは思わなかったよ。君たちが以前の僕と喋れるようになるには、あと何年かかるのか、ひょっとしたら一生無理かな、なんて考えもしたものさ。さっきみんなにも話したんだけど、四季精霊は、もともと人間が生まれ変わるものらしいんだ。
人間ではなかった僕が、こうして春の精霊に転生して、また君たちのクラスメイトになれるっていうのも不思議な縁だよね。……まあ、それは僕が希望したからでもあるんだけど。とにかく、そういうわけだからこれからよろしく頼むよ。ところで――」
ひと通り話したいことを喋って満足したのか、トゥーリが一旦その回りっぱなしの舌を止めて、一呼吸置いていた。
「生徒が一人、足りないんじゃない? どうしたの、病欠?」
「……ったく、のんきなもんだな。偉大な春の精霊様は」
ルビが呆れたようにつぶやいた。マイスも黙り込んでいる。
二人の様子を見て、トゥーリは笑うのをやめた。
彼らに事のあらましを聞くと、トゥーリの顔は先ほどとは打って変わって、一気に神妙な顔つきへと変化していた。
「そうか……僕のいないあいだにそんなことが。たった一人の肉親を亡くしたことは、とても辛かったろうね……」
「あのな。ばあちゃんのことだけじゃなく、ソルエルはお前のことでも十分心に傷を負ってんだよ。あいつを傷つけた張本人が何言ってやがる」
「それはその通りだ。すまない、返す言葉もないよ。僕はどうも、いつもソルエルを傷つけてしまうんだ。本当は、そんなこと望んでなんていないのに。でも……正直今の話を聞いて、少し嬉しくも思っている」
「はあっ? この期に及んでお前……!」
「トゥーリ、さすがに今の発言は不謹慎だろう」
ルビとマイスの二人に同時に責められたが、トゥーリにはまったく響いていないようだった。
「なぜ……? 二人は少しもそんなふうには思わなかったの? たしかに不幸が続いて、彼女は今どん底の淵に沈んでいるんだろう。でもね、彼女は自分から逃げるという選択肢を選んだんだよ。あのソルエルが。絶対に逃げることができなかった彼女が、今何もかも投げ出して、大切な友人である君たちの説得すらも跳ね除けて。
自分で行きたい場所を選択して、やりたいことを決めて、自分の意思で殻に閉じこもっているんだ。つまり、やっと周囲に対しても、自分の意見を押し通してわがままが言えるようになったってことだ。それってすごい進歩だと思わない? 火だまりになってしまうほど自分を押さえつけていた子だよ。それが、君たちに面と向かって嫌だと言えているんだ。
君たちもね、それを拒まれたなんて悲観せずに、むしろ彼女に甘えられていると思うくらい鷹揚に構えたらどうなんだい。大丈夫、もう僕がいるんだから、ソルエルはすぐこの学園に戻ってくるよ」
トゥーリの目は、とても自信に満ち溢れていた。ルビとマイスはあっけにとられてしまった。
そして、悔しいかな、彼の言葉を否定することもできなかった。男としての器の差を見せつけられたようで、二人はどうにも面白くない。……が、この際ソルエルが戻ってくるのなら、背に腹は代えられないと思った。
「トゥーリ、少し野暮なことを聞くが……春の精霊というものは、私たちと一緒に授業を受けていられるほど余裕があるものなのか? 四季精霊としての本来の役目は……」
「ああ、大丈夫、大丈夫。特に今年は楽勝だよ。春なんて一瞬で終わらせるから。イースターとか祝ってもらって悪いんだけど、すぐにでももう夏が控えてるし、当然秋も押してるし、そしてあっという間にまた冬になるからね」
「げっ……」
「トゥーリ、素朴な疑問なのだが。それはあくまでこの星の北半球での季節事情だろう。南半球は季節が逆にやってくるのだから、そちらでは、春の到来はまさにこれからではないのか」
「え、そうなの……?」
トゥーリが本当に知らなかったとでもいうように、きょとんとしている。
「お前、強いのは強いけど、頭はあんまり良いとは言えねーよな、実は。マイスの言う通りだぞ。今まさにオンシーズンじゃねえか。本来の仕事ほっぽり出してないで、しっかり励めよ」
ルビとマイスにそう言われると、トゥーリがとたんにしゅんと肩を落としていたので、二人は思わず腹を抱えて笑っていた。
トゥーリが言ったように、こんなふうに普通の友人として話ができるようになるなど、ルビとマイスも夢にも思っていなかったので、それが素直に嬉しかった。
こうして話してみると、思ったよりも親しみやすい人柄だったということが大いに実感できていた。……それと同じくらい問題点も浮き彫りになったわけだが、今日は祝いの日ということもあり、ひとまずは目をつむることにした。
「それじゃあ、善は急げだな。明日からちょうど土日に入るし、明日の朝一からでもラップランドへ出発しようぜ」
「え、何で明日? そんなもったいぶらないで、今からでも行こうよ」
「い、今から? 普通に門限破りになってしまうが……」
「校則とソルエル、どっちが大事?」
「……言ってくれるな。私たち二人は、もうこのひと月で、散々無断欠席やら校則違反やらの常習犯になり下がってしまって、すっかり先生たちにマークされているんだぞ。学園を抜け出すのだって、先生の目をかいくぐるために時間を選ばなければ、決して容易なことではないんだ」
マイスが真剣な顔で言うと、トゥーリはそんな真面目な彼の肩を気楽にぽんと叩いた。
「心配無用。君たちにはこの僕がついてるんだよ。四季精霊の力をもってしても破ることが叶わないくらい、この学園の門は強固なのかい?」
「ま、たしかに。いくら先生たちの鉄壁の布陣でも、さすがにお前には勝てねーわ。なんせ俺ら魔法使い・魔導師は、四季精霊の加護のもと、魔法を使うことができてるんだからな」
「やれやれ。私たちも、すっかり素行の悪さが板についてしまったな」
マイスが眉を下げて苦笑した。
「あ……それはそうと。ごめん、少しだけ出発を待ってくれる?」
トゥーリが、急に何かを思い出したように顔を上げた。
「ソルエルを迎えに行く前に、寄らなければならないところがあるんだ」
「なんだよ、さっきの意気込みはどうした。それは、ソルエルよりも大事な用なのか?」
ルビが先ほどの仕返しとばかりに意地悪く質問した。それにはトゥーリは笑って返していた。
「同じくらい大事かな。僕にとっては」




