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彼が望んだこと

 ソルエルは意を決して、浮かんだ言葉を素直にそのまま口にした。


「学園長先生……あなたは本当は、トゥーリのことをとても大事に思っていますよね。人間じゃないからどうにでもしていいなんて、決して本心からの言葉じゃない。本当は、誰よりも彼のことを想っている。だから彼の――不帰かえらずの契りを交わしたいという願いを、叶えさせてあげたかったんじゃないですか……?」


 老婦人はやわらかく深い笑みを浮かべた。


「その通りですよ、ソルエル。あなた方に先ほど話したことは、あくまで教師としての建前に過ぎません。でないと、示しがつかなくなってしまいますからね。私だって本当は、自分の生み出した仮想精獣ヴァイラス――ましてこの世に一つとない独創精獣オリジナルともなれば、大切に思わないはずがないのですよ。彼のことは息子のようにすら思っています。

それに……それに正直なところ、生徒たち全員が実習をリタイアして、教師側に抗議行動を起こしたことも、少し嬉しく思っているのです。今まで努力して積み上げてきたものを手放すことは、相当に勇気のいる行いでしょう。まして、それが自分たちの怠惰のためではなく、仲間のためと堂々と胸を張って言えるあの子たちが、私はとても好ましいし、心の底から誇らしく思います」


 老婦人は一瞬だけ、少女のように嬉しそうな華やいだ表情を見せた。彼女はいくつもの顔を持っている。どれが本当の顔なのかといえば、どれもがすべて彼女の本質として当てはまるのだろう。

 ウルリーケ・テナーはそれからすぐに、毅然とした表情に戻っていた。


「……しかし、いずれにせよ、トゥーリは近いうちに消滅する運命にあります。こればかりは、あなたたちがいくら抗議したところでどうにもなりません。定められた運命を変えることはできない。ですから、彼の恩義に報いるためにも、せめて彼には死に場所と死に方を選ばせてあげたかった。

今トゥーリがこうしてここにいるのは、すべて彼自らが望んだことなのですよ。一度でいいからすべての季節が見てみたいと言ったのも彼ですし、最期はやはり雪と氷の中で迎えたいと切望したのも彼です。……ああ、それから、学校というものに通ってみたい、とも言っていましたね」


 学園長は、ソルエルの知らなかったトゥーリの話をいろいろとしてみせた。その話を聞くだけでも、ソルエルは目頭が熱くなっていた。

 ここが自分の死に場所と知りながら、どんな思いで彼はここでの四週間を過ごしたのだろう。

 老婦人は、涙ぐむソルエルに話の続きをしていた。


「トゥーリの望みを聞き入れながら、かつ生徒たちに見合ったカリキュラムとなるよう調整を重ね、そして野外実習を執り行いました。未知目標アンノウンに関しては、野外実習総括責任者として私に一任されていましたから、他の先生方にも未知目標アンノウンの正体を知らせることはありませんでした。どこから情報が漏れてしまうかわかりませんからね、生徒のみなさんに公平を期すための、あえての措置でした。

しかし、未知目標アンノウンがトゥーリだと、実習開始直後に一早く気づいた教師がいました。それが、あなた方の担任教諭――ローナ先生です。生徒想いの彼女は、『正体が仮想精獣ヴァイラスとはいえ、同じクラスの生徒を倒すという課題はあまりに酷ではないか』と私に直接抗議をしに来ました。このような意見が出るのはある程度予想してはいましたが……教育方針の違いですね。

ローナ先生は私が指針を変えることはないとわかると、彼女らしからぬ大胆な強硬策に出ました。ベッケル先生、フラギリス先生をも巻き込み、トゥーリを自分たちで始末してしまおうと、最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを呼び出したのです。教師という職を投げうってでも生徒を守りたいという思いを貫いた、とても勇敢な行動でした。

教育方針の面では相容れませんでしたが、彼らはいずれも素晴らしい先生たちだと、私は感動しましたよ。彼らが最初に呼び出したベルゼブブは、彼らの狙い通り、かなりのところまでトゥーリを追い詰めました。

しかし、彼らにも誤算があった。ベルゼブブにその身を食い破られ、とある森に逃げ込み死を待つ身であったトゥーリを、偶然その場に居合わせた生徒が、予想外にも治癒魔法で助けてしまったのです。魔法の使えない春であったにもかかわらず、その生徒は特殊な方法を用いてトゥーリの傷をわずかながらも癒してみせた。――あとは、あなたが知っている通りですよ、ソルエル」


 驚愕の事実を聞かされて、ソルエルはもはや二の句が継げなかった。自分があのときトゥーリを助けたことで、後に先生たちは、何体もの最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを呼び出す羽目になったのだ。

 そして、それがはからずしも、後々にクラス全員に大きな影響を及ぼした。

 あのときの自分は、まさかあれがその始まりだったとは、思いもよらなかった。


 そして、そこでローナ教諭の手紙の返事が遅れたことにも合点がいった。もしかすると彼女は、ソルエルたちA班が、夏のあいだにずっとトゥーリと行動を共にしていたから、返事が出せなかったのではないか。トゥーリに手紙を見られるのはまずいと判断して、トゥーリがA班から自発的に離脱するのを待っていたのだろう。きっとそうだと思った。


 あれこれと思い悩むソルエルを見て、学園長はもう一度彼女を力強く諭した。


「さあ、ソルエル。トゥーリから魔力を受け取りなさい。彼と不帰かえらずの契りを結ぶのです。そうすれば、ここにいるクラスのみんなもすぐに助けてあげましょう」


「学園長先生……無理です、やっぱり私にはそんなことできません。トゥーリを、殺すなんて……。それに、私のような目立った才覚もない人間には、彼の力を受け継ぐ資格なんてありません。もっとふさわしい人が他にいるはずです。彼を手にかけること以外なら、どんなことでもします。ですからお願いします、どうかみんなの氷を解かしてください。そして、トゥーリをここから解放してあげてください、お願いします……」


 泣いて頭を下げて懇願するソルエルに、ウルリーケ・テナーは真意を伺い知ることのできない深い色の眼差しを携えて、ソルエルを見下ろした。


「資格なら十分にあるはずですよ。彼がその相手にあなたを選んだのだから。――ソルエル、あなたは自分が凡庸な人間だと思っているのでしょう。たしかに、魔力値だけを見ればそうかもしれません。ですが、生まれ持った力がどうであれ、本当のところ、それはさほど重要なことではないのです。

この世界では、力は譲渡することができるようになっています。それはつまり、初めから強い力を持って生まれることよりも、どれだけ優れた精神力を秘めているか、というほうが遥かに意味があることに他ならないのです。

そうですね、例えば……人の痛みがわかる、相手の気持ちに寄り添える、そして思慮深く、自身の醜い部分を受け入れ、それすらも自らの武器にしてしまえるような、清濁併せ吞む度量。そういった人間としての優しさや強さの部分。そこが優れている者を、私たち魔導師は常に探しています。力を与えるにふさわしい人物か、力に溺れず自分を保っていられるか。

そうでなくとも、魔法が世界に与える影響力は大きすぎますから。魔法使いや魔導師が道を踏み外せば、どこまでも堕ちてしまえる。だからこそ、力を手にしても己を見失わずにいられる人間こそが、真の強者と言えるのです。そしてそういう者は不思議なことに、みな一様に、力を得るずっと以前から、努力と研鑽を惜しまないことが多い。ソルエル、あなたがそうであるようにね」


 ウルリーケ・テナーは、俯いたままのソルエルになおも語りかけていた。


「あなたを操ってB班を襲わせたのは、生徒たちがこれにどう対処するか見たかったのもありますが、一番の目的は、あなたがちゃんと魔力を解放できるかどうかを試したかったから。大きな力を得ても、火だまりの体質が改善されなければ、逆にその力につぶされてしまうだけ。ですが、あなたは操られているあいだ、一切の心の枷から解放されて無心となり、炎の魔法を自在に使いこなすことができていた。だから、火だまりさえ克服することができれば、トゥーリの魔力を受け継ぐことが十分に可能であると判断しました。

そして、あなたは真実の口の中で、ついに火だまりを克服した。それをもって、トゥーリはあなたを不帰かえらずの契りの相手に選んだのです。あなた以上に彼にふさわしい人間など、この世のどこを探しても存在していませんよ。これでもまだ、彼との契約を拒みますか? クラスのみんなを見捨てるのですか?」


 容赦のない言葉で囲い込まれ、ソルエルにはもう逃げ場など残されてはいなかった。


(もしかしたらと思ってはいたけど、やっぱりそうだった。エリックの水占いで私がクラスの誰かを殺すと出たのは、トゥーリのことだったんだ。あれからレベルアップして水占いの精度も上がったと言っていたから、エリックもこのことに気づいていたかもしれない。でも言えなかったんだ。これを私に話せば、絶対に私がこの場に来ないだろうと踏んでいたから。

私が真っ先にリタイアして、たぶん彼はほっとしてすらいたかもしれない。エリックにはいらない負担をかけてしまった。でも、大丈夫。そんな未来には絶対にさせないもの……)


 ずっと自信なく怯えているだけだったソルエルの瞳に、かすかな光が宿っていた。

 彼女は観念したように小さく息を吐くと、ゆっくりと老婦人の前に進み出ていた。


「わかりました。そこまで仰られては、私も頑なでい続けることはできません。トゥーリとの契約の件、謹んでお受けします。それが彼の望みだというのなら、それでみんなが助かるのなら……。その前に一つだけ、お願いをさせてください。最後にトゥーリとお別れがしたいんです。二人だけで。彼にはたくさん助けてもらいましたし、言い尽くせないほどの感謝もあります。その気持ちを、きちんと彼に伝えたいんです」


「――わかりました、良いでしょう。では、この城の最上階の部屋へ送ってあげましょう。そこなら何の邪魔も入らずに、二人だけで最後の時を過ごせるでしょうから」


 ウルリーケ・テナーはあっさりとソルエルの申し出を受諾し、大掛かりなトゥーリの氷を難なく解かすと、ソルエルとトゥーリの二人に空間転移の魔法を施した。

 すると、二人はあっという間に違う場所へと飛ばされていた。

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