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レプリカ

「そんなに怯えないで。あなたはもうこの実習をリタイアしているんですもの。もうトゥーリが襲ってくることはないわ。もちろん、私から何か仕掛けることもありません。少し話をしましょう。こちらにおいでなさいな」


 学園長が手にしていた大振りの杖で床を打ち鳴らすと、ソルエルは自分の意思とは無関係に、吸い寄せられるようにして祭壇の置かれた段上に上げられていた。


「ここテラ・マーテルは、大昔に使われていた仮想精獣ヴァイラスの処刑場だったのですよ。魔法大戦が終結して、大量に生み出された仮想精獣ヴァイラスを処分するための場所。ここでは仮想精獣ヴァイラスの力が弱まるのです。だからトゥーリも本調子とはいかないの。でも、いくら彼の力が弱まっているとはいえ、彼の魔力を打ち消すなど、簡単にできることではないはず。

やはりあなたは優秀だわ、ソルエル。そう、火だまりのときから感じていた。私の目に狂いはなかった。あなたは魔法界を背負って立つ人物になるにふさわしい。ソルエル、〈アルス・マグナ〉を目指しなさい。あなたならきっとなれるわ。あなたの他にも、このクラスには本当に逸材が揃っている。この実習を通してそれがよくわかりました」


「あの、学園長先生……仰る意味が、よくわかりません……。それよりも、お願いです、みんなの氷を解かしてください……」


 ソルエルは老婦人の言葉が少しも理解できず、無礼なことと知りながらも、彼女の話をすべて聞き流した上で、それでもなお彼女に懇願していた。

 そんなソルエルを見て、ウルリーケ・テナーは、それはもう嬉しそうな顔で破顔した。


「ふふ……。ソルエル、あなたは純粋そうに見えて、ことのほか狡猾なところがありますね。あなたが本当は、頭の中でいろいろ考えながら動いているのはよくわかります。しかも、それを周囲に悟らせないようにするのが上手い。私は何もできません、何も知りませんという顔をしてね。誰もがみな、あなたがただひたむきで、一生懸命なだけだと思っている。騙されているのよ、悪い意味ではなくね。

そしてあなた自身も、それを自覚してやっているときもあれば、まったくの無自覚の場合もある。一見力を持たないように見えるあなただからこそ、みながあなたを信用し、利害を超えて動かされる。そういう人はね、とても〈アルス・マグナ〉にふさわしいのですよ。一見頼りなくお人好しなように見えて、その実誰よりもしたたかで狡くなれる人。まさに理想の逸材だわ」


 老婦人は楽しそうにころころと笑う。困惑するソルエルを前に、「心配しないでちょうだい」と彼女は言った。


「あなたのクラスメイトたちは、みなコールドスリープ状態――冬眠に陥っているだけ。死ぬことはありません。ですが、このまま放置するのはかわいそうでしょう。……そうですね、あなたがここでトゥーリを倒せば、彼らを元に戻してあげましょう。もちろん、全員のリタイアにも目をつぶってあげます。どうですか? 悪い話ではないでしょう。

全員で協力して最終課題を乗り越えられなかったことは残念ですが、それでも彼らは、もう十分すぎるほどの課題をこの実習の中でクリアしてきましたからね。その権利はあると考えています。あとはソルエル、あなた次第です」


 学園長の言葉に、ソルエルは唇を震わせた。


「私がトゥーリを、倒す……?」


 氷に捕らわれたトゥーリは、ずっと目を閉じたままだ。普段よりもいっそう血色の悪くなっている顔色からは、とても元気があるようには見えなかった。

 やはりここがテラ・マーテルだから、仮想精獣ヴァイラスである彼にとっては居心地が良くないものなのだろうか。

 トゥーリを一瞥して、学園長は言った。


「彼の寿命は、もともともう長くはありませんでした。だから彼は、自分の魔力を託せる契約相手をずっと探していたのです。この世で最も尊い最上級の魔法契約――〝不帰かえらずの契り〟を結ぶ相手を。そして、彼は念願叶ってその相手を見出した。それがあなたなのです、ソルエル」


 呆然としたまま、ソルエルは言葉を失っていた。予想もしていなかった話が続き、頭がずっと追い付かないままだ。

 ウルリーケ・テナーは、ソルエルを優しく諭すように語る。


仮想精獣ヴァイラス不帰かえらずの契りを交わそうとするだなんて、突拍子もない話だと思うでしょう? でもトゥーリや彼と一緒に暮らしていた仮想精獣ヴァイラスの仲間たちは、自分たちの住まう北の果ての土地で、ずっとそれを繰り返して生き長らえてきたというのだから、私も驚いたわ。彼らは見た目だけでなく、行動や思考そのものまでも人間の模倣をするようになっていた」


「あの、トゥーリは……彼はいったい何者なんですか? 学園長先生は、どうしてトゥーリを作られたのでしょうか……?」


 ソルエルが恐々と尋ねると、老婦人はあっさりと教えてくれた。


「四季精霊の寿命が四百年であることは知っていますね。そして、春夏秋冬の順に、百年ごとに一つずつが死を迎えていき、新しい精霊に代替わりする。百年前も、ちょうど今の春の精霊と同じように、冬の精霊が死を迎えました。そして、なかなか新たな冬の精霊が現れず……。天候は乱れ、生態系は狂い、海水温の上昇に伴い、極地の氷まで解け始めた。海面が上昇し、低地に住む人々にとってはもはや死活問題となりました。

世界中が混乱に陥る前に、魔法界が秘密裏に手を打つことにしたのです。世界の名だたる魔導師たちを集めて、仮の冬の精霊を作らせた。レプリカですから、その力は本物の四季精霊には遠く及ばず、そのため複数体用意する必要がありました。トゥーリはそのうちの一人――あなたも知っての通り、私が作り出した独創精獣オリジナルです。

彼らレプリカたちを極地ラップランドに住まわせ、一時的に冬の精霊の仕事をこなしてもらっていました。ですがしばらくして、本物の冬の精霊が無事この世に生を受けたことにより、彼らの存在意義はなくなってしまった。

トゥーリたちレプリカきょうだいの処遇については、当時相当揉めていました。人間に害を成すものではないから放っておいても大丈夫だと言う者と、仮想精獣ヴァイラスを野放しにするのはやはり危険だと言う者の意見が対立し、結局倫理問題を前面に押し出した前者の意見がまかり通り、トゥーリたちはそのまま処分されずにラップランドに住みついた。このような問題が起きてしまうこともあり、安易に仮の精霊で一時的に危機をしのぐという対策も取れなくなってしまいました。

そのために、今現在四季精霊の誕生は自然に任せることしかできず、何の対策も取れないまま、ずっと終わらない冬が続いているのです。こうなることはもうずいぶん前からわかっていたはずなのに、私たち大人はどうすることもできず、少しずつ綻び始めているこの世界を、ただ眺めていることしかできない」


 憂いの表情を携えて、ウルリーケ・テナーは続けた。


「トゥーリたちきょうだいは、この百年何の問題も起こすことなく、ひっそりと平和に暮らしていました。しかし、いつしか彼らは人間の真似事をしだし、自我にも似た感情のようなものを持ち始め、仲間が寿命を迎えると、その死を悼むようにもなりました。そして、彼らは仲間内で不帰かえらずの契りを結び始めた。

もともとレプリカとしての用途しか考慮されていなかった彼らですから、寿命もそれほど長いようには作られていなかった。しかし、不帰かえらずの契りが仲間内で何度も繰り返された結果、それを受け継いだ個体は、魔力も寿命も、本来のもの以上に増長していき……後に残される者ほど魔力は膨大なものになりました。そして、最後に生き残ったのが彼――トゥーリなのです」


 ソルエルは固唾を呑んだ。記憶の彼方に放置していた、トゥーリの言葉を一つずつ思い起こす。

 彼はたしか、「ラップランドは人が減って、もう住めなくなるからここに行けと言われて来た」と話していた。人が減ったというのは、文字通り、他の仲間が全員死に絶えたということだったのだ。


 彼はあのとき、どんな思いでそう話していたのだろう。

 学園長は、ソルエルの思いを汲み取るように、こんな話を聞かせていた。


「最後の仲間が死んでトゥーリが一人きりになったとき、彼は大声でむせび泣いたそうです。その声のせいで、たまたま降り立った村を一つ、氷漬けにさせてしまったと、彼は深く嘆いていました。それほどまでに自分の力が強大なものになっていると、そのとき初めて自覚したそうですよ」


 それを聞いて、ソルエルはまるで、自身の身に降りかかったことのように胸が引き裂かれる思いがした。


 その場に自分がいなかったことが、これほど悔しいと感じたことはない。もしそのとき彼のそばにいることができたのなら、心の底から彼を慈しみ、癒し、慰めてあげられたのに、と。


 トゥーリが生き物ではないというのは、やはり違うとソルエルは確信していた。彼は誰よりも温かく、優しく、気まぐれで自由奔放で、とてつもなく人間らしい。


 それから、学園長の論調にしても、先ほど「仮想精獣ヴァイラスは生物ではない」と言い切ったものと、いささか齟齬が生じているように思えてならなかった。

 彼女の言葉の端々から、トゥーリをまるで一人の人間のように重んじていることが伝わってくるのだ。

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