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班分け発表


 下校時刻を告げる鐘はもうとっくに鳴り終わっていた。


 ソルエル、ルビ、マイスの三人が急いで教室に戻ると、まだ生徒が二人残っていた。クラス委員長のエリックと副委員長のオズマだ。


「あ、やっと戻ってきた三人組。もう教室閉めるよ。どこ行ってたの?」


 何も知らないであろうオズマが、ソルエルたちの痛いところを突いてくる。

 騒がしいクラスの中でもとりわけムードメーカーのオズマは、何でも知りたい一心で、よくやっかいごとに首を突っ込んでいる。明るいだけで決して悪い人物ではないのだが、学園長室に呼び出されていたということを知られるのは、あまり好ましくない。


 ソルエルは内心ひやひやしていたが、すぐに彼女への助け船が出された。


「遅くなってすまなかった。私が寮の鍵を実験室に置き忘れてしまって、取りにいくのに付き合ってもらっていた。教室は私たちで閉めておくよ、ルビがちょうど教室の掃除当番なんだ。鍵も職員室に返しておこう」


 マイスがとっさに機転を利かせてくれたので、ソルエルはほっと胸をなでおろした。

 マイスがオズマから鍵を受け取ると、ソルエルにだけわかるように目配せをしてくれたので、ソルエルは心の中で何度も彼に礼を告げた。


「お前ら二人、戸締まりのためだけに俺たちを待ってたのか? 掃除当番の俺に言ってくれりゃ、戸締まりくらいやっといたのに」


 ルビがそう言うと、エリックがかぶりを振った。


「君たちにこれを渡すために待っていたんだよ。――ついに決まったぞ、野外実習の班分け」


 真面目なエリックは、厳かな表情で三人にプリントを一枚ずつ手渡した。


「決まったといっても周知のための仮決定で、これはあくまで最終確認だ。変更希望があれば、実習前日までに申請すれば受け付けてくれるそうだ」


 ソルエルたち三人はそれぞれプリントをのぞきこむ。

 野外実習の班の内訳は以下の通りになっていた。






A班

ソルエル、ククルビタ、マイス


B班

エリック、オズマ、リュート、ミナト


C班

エルトン、レトニア、ミシェル、ニス


D班

マーサ、ジーニス、レクタ、マギウス


E班

トゥーリ






 班決めは生徒たちにすべて一任されていた。つまり、生徒一人ひとりの希望が反映された結果が、このプリントに記載されているのだ。


 クラス内で情報交換が密に交わされていたこともあり、班決めの内訳に今さら誰も驚くことなどない。事前に噂されていた通りの結果が、ここに記されているに過ぎない。


 ――ある一箇所を除いて。


「このE班のトゥーリって人、誰……?」


「ほんとだ。誰だこいつ」


 ソルエルとルビがエリックに尋ねた。


「転校生だ。明日からこのクラスに入るそうだ」


 それを聞いて三人は目を丸くした。


「転校生――転校生だって? そんな、冗談だろ。魔法学園に転校生なんて概念あるのか? 魔法学園は一度入学すればよっぽどの理由がない限り、別の学校に転校なんてことありえねーだろ」


 ルビがまくしたてると、エリックも遠慮がちに頷く。


「そうだな……僕も驚いたよ。本人をよく知らないうちからあまり滅多なことを言うつもりはないけど……。もしかしたら、前の学校で何かあったのかもしれないと、どうしても勘ぐってしまうな」


「マジか。それって相当な問題児っぽいじゃん」


 ルビの率直すぎる物言いに、その場にいた者たちは全員苦笑いをこぼした。明言しているのがルビというだけで、だいたいみな考えていることは同じだったのだ。


「しかも、よりによって実習間近のこの時期にわざわざ転校してくるとか、タイミング悪いにもほどがあんだろ。案の定こいつだけ班分け一人にされてるし。転校早々さっそくハードモードか」


 ルビのツッコミもとい追撃が止まらない。

 ソルエルたち三人が驚くこともあらかじめ予期していたエリックは、いちいちそれに取り合おうとはしなかった。


 代わりにというわけでもないが、エリックは申し訳なさそうに三人に頼みごとをしてきた。


「戸締りついでですまないんだが、もう一つ頼まれてくれないか。この班分けのプリントを、そのトゥーリに渡しておいてほしい。これを受け取っていないのは、あとは彼だけなんだ。僕とオズマはこれから委員会に出席しないといけなくてね。トゥーリはもろもろの書類手続きで、今職員室に出向いているはずだ。荷物も教室に置いたままだし、そろそろ戻ってくると思う」


「ああ、別に構わないぜ。渡しといてやるよ。今日は、その噂の転校生を一目見てから帰ることにするか。で、どんなやつなんだ?」


「いや……それが僕たちも知らなくてね。ローナ先生には、冬属性の男子生徒としか聞かされていないんだ」


「なんだよ。……ったく、しょうがねーなぁ。教室に知らないやつが入ってくるのを、黙って待つしかねーってことか」


「すまない……」


「ありがと! 助かるよ。ほらエリック、早く行かないと委員会遅刻しちゃう」


 エリックとオズマはソルエルたち三人に礼を述べると、慌ただしく教室を後にした。


 この場にはしばらくの沈黙が流れる。

プリントに目を落としていたソルエルが、ぽつりと一言こぼしていた。


「この班決め、まだ仮決定だって言ってたよね……」


「ん? ああ、なんかそんなことも言ってたな」


「あの……ルビ、マイス。もし班を変わりたかったら、私はいつでも――」


 そう口にしかけたソルエルの言葉を、すぐさま遮ったのはマイスだった。


「絶対そう言うと思っていたよ。――ソルエル、私もルビも、誰に頼まれたわけでもなく、自分で選んで君と一緒の班になりたいと希望を出したんだ。それなのに、君は私たちから離れたいのか?」


「ち、違う。そんなことあるわけない。だって……私本当に足手まとい以外の何ものでもないんだもの。二人は優しいから私のことを見捨てられないだけで、本当はもっと強いメンバーがいる班に入ることだってできたはずだよ。私知ってるよ。ルビとマイスは、本当は別に誘われてたでしょう? 私にとってもだけど、もちろんあなたたち二人にとっても、この実習は大事なもののはず。もし迷ってるなら、今からでも遅くは――むぐっ」


「はい、この話はこれで終わりな。終了」


 ルビがソルエルの頬を片手でつぶすように挟み、彼女の言葉を無理やり封じた。


「ちょっ……」


「見ろよマイス、この間抜け面」


 ソルエルの目には、彼女を見下げて嘲り笑う極悪な面構えのルビが映っていた。


 仮にも女子の顔面を、直視できないほど歪に変形させておきながら、あまつさえそれを他にも披露し笑い者にするというルビの無慈悲な所業に、マイスは若干引いていた。やっていることがプライマリースクール時代となんら変わらないのだ。


 しかし、つぶれた顔のソルエルと目が合うと、マイスも堪えきれずに口元を押さえていたので、彼もまたルビと同じ穴の狢になりかけてはいた。


「……ふっ……」


「な、笑えるだろ」


「――も、もう! ふざけないでよ。こっちは真剣に話してるのに」


 ルビの手からなんとか逃れたソルエルが、珍しくへそを曲げていた。

それでもルビはソルエルの感情に引きずられることなく、あくまで冷静に彼女を諫めた。


「ふざけてんのはどっちだ。迷ってんのはお前のほうだろ。俺もマイスも、もうとっくに腹積もりはできてんだよ。何勘違いしてんのか知らねーけど、お前だって俺たちA班の立派な戦力なんだぞ。一人だけ楽できるなんて思うなよ、キリキリ働いてもらうからな」


 本人にそのつもりがなくても、ルビの物言いはどうしても尖りがちだ。そして、それをフォローする役割はいつもマイスだった。

 マイスがソルエルに優しく付言する。


「たしかに私たちはマギウスに一度誘われたよ。一緒に班を組まないか、とね。だが断ったんだ。マギウスの春魔法が強力なのは間違いないが……。しかし、過酷な実習の中で、背中を預けられるほど信頼関係を築くことができるかと考えたとき、やはり彼と組むのは適切ではないと判断した」


「あいつ横暴だし、すぐキレるしな」


「お前がそれを言うか、ルビ。――とにかく、私たちにはもっと信頼できて頼もしい人物がほかにいると、躊躇なく二人で即決したよ。筆記試験の成績は常にクラスの上位陣に食い込んでいる努力家で、誰よりも他人を思いやることのできる素晴らしい友人だ。これ以上安心して背中を預けられる相手なんていない。……ここまで言っても、まだ私たちが単なる義理や同情しか抱いていないと思うのか? ソルエル」


「いえ……いいえ……」


 ソルエルは目頭が熱くなるのを感じていた。こんなにも力強く自分を求めてくれて、ありがたい言葉をかけてくれる二人の友人を前にして、自分は代わりにいったい何を差し出すことができるだろう。


 彼らの期待に応えたいと思った。見返りなど要求してこない彼らだからこそ、その想いを裏切ることだけは絶対にしたくなかった。


「なんかマイスに良いとこ全部持ってかれちまったのが癪だけどよ。ようするに、ソルエルが俺らに引け目を感じることなんか、なんもないってことだ」


「うん……わかった。ありがとう」


 ソルエルの顔にようやくいつもの明るさが戻ったのを見て、ルビとマイスもつられてほっとしていた。


 そして、気持ちを新たに、今後は実習においての作戦内容そのものについて話し合う必要があった。

 野外実習の具体的な課題について、教師陣からはまだ何も明かされていない。その内容は年度によって毎回がらりと変えられるので、過去の情報を参考に作戦を練ることにはあまり意味がなかった。


 現時点で開示されている情報は、事前に一~四名の班をクラス内で作るように指示を出されたこと――そしてもう一つ、四週間の実習期間中、ずっとその班のメンバーで野外生活を営んでいくということのみだ。


 四週間は長い。しかも、昼夜を問わず絶え間ない緊張感にさらされ続けるがゆえに、心身の疲労も普段の授業の比ではなく、そこでの人間関係が実習進行に大きく影響することは言うまでもなかった。


 それゆえに、班決めはこの実習において占める比重がかなり高い最初の関門でもあった。

 もともとクラス内での信頼関係が強い者同士は、ソルエルの属するA班のようにすぐに班を決めていたが、少人数にしか満たないグループや、普段から単独行動を好む者などは、この班決めの際にはいろいろと揉めたという話もちらほらと入ってきていた。


 班は大人数なら良いというものでもないが、少なければそれだけ戦力が削がれてしまうこともまた事実なので、みなの本音は、できるだけ最大許容人数である四人構成の班を作りたいということ。それも、班を構成するメンバーのそれぞれの四季属性は、ある程度ばらつかせたいというその二点に尽きた。

 もちろん、それに加えて普段の実技の実力や筆記試験の成績が優秀であることに越したことはない。


 ソルエルのA班は、メンバー間の信頼関係やチームワークの良さにおいては、非常に理想的であると言えた。――しかし、班全体の魔力値のトータルや、それぞれの持つ属性のバランスにおいては、その偏りが大きな弱点となる可能性も十分に考えられた。


 まずソルエルの四季属性は夏であり、ルビは秋、そしてマイスもソルエルと同じく夏なのだ。


 四季属性は本来かなり細分化されているが、単純に言い表すと、春(土)、夏(火)、秋(風)、冬(水)と四大元素として区分することができる。


 つまり、春生まれならば土(地)属性を、夏生まれならば火属性の魔法を得意とするのが一般的だ。初めは誰もが一つの属性しか扱えない。

 もし仮に、ソルエルが実習中に魔法を使いこなせるようになったとしても、A班は夏属性(火)が二人と秋属性(風)一人という構成であり、とる戦法にも拡がりがなく多様性に欠ける。

 三人の属性で太刀打ちできない難題が現れたとき、あっという間に窮地に立たされてしまうだろう。


 それ以前にも、ソルエルは現状魔法使い一人分の戦力としてカウントすることも難しいため、現実問題として幸先はあまり良いとは言えなかった。これに加えて、ソルエルのA班だけが三人構成なのだ。


 少人数ゆえにチーム内の統率がとりやすく、身軽だという利点はあるものの、他の班と比較しても、単純に力量の差はどうしても出てしまう。それを承知で、納得した上でのこの班構成なわけだが……。


(でも、やっぱりこのままじゃダメな気がする)


 ソルエルは、自分の考えをどうしても一度ルビとマイスに話してみたいと思った。大きな賭けになるかもしれないことを含めて、それでも今考えうる最善の方法を、すべて試してみないと後悔するような気がした。


「ねえ、少し考えたんだけど……この転校生の人を私たちのA班に誘ってみるのはだめかな」


「……はぁ?」


「ソルエル、それは……」


 案の定、二人が渋い反応を見せた。


「さっきの話聞いただろ。よっぽどの事情がない限り、魔法使いが転校させられるなんてことありえないんだって。悪いことは言わねえから、それはやめとこうぜ」


「こればかりは私もルビと同意見だ。あまりよく知りもしない人物といきなり班を組んで、昼夜を問わず四週間行動をともにするということ自体、無理がある。班のメンバー同士は信頼し合える関係であることが、まず何より最低条件だ。この転校生が実際どういった人物なのか定かではないにしても、今から信頼関係を築くには、圧倒的に時間が足りなさすぎる」


「そう、かもしれないけど……」


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