テラ・マーテル
いくつもの雪原や森を飛び越えた空路の果てに、とうとうそれらしき目的地が見えてきた。
まず眼前に飛び込んできたのは、青く美しく荘厳な輝きを放つ氷の城。そして、城ができるまでは本当に何もない更地だったのだと思われる、石造りの巨大な正方形型の遺跡が、吹雪のベールの中からその姿を現していた。テラ・マーテルだ。
テラ・マーテルは四方を百段以上ほどもある急な階段に囲まれ、近辺の雪原とは一線を画す小高い場所に作られていた。その周囲を取り囲むように、不思議な文様が描かれた太い柱が、一定の間隔をあけて配置されている。この遺跡には天井がないため、ただの装飾か、それとも何かの役割を果たしているものなのかは不明だ。
遺跡自体は長い間放置されていたこともあり、傷みも激しく見た目は廃墟そのものだったが、不思議なことに、なぜか雪の中に埋もれることなく泰然としてそこにある。
ある程度降り積もれば雪は自然と解けていくようで、石畳が見えなくなるほど積もることはないようだ。まるで雪の中に埋もれて忘れ去られることを拒み、その存在を主張しているかのようだった。
打ち捨てられた更地の遺跡に、新たに立派な城が築き上げられたのは、たしかになんとも見栄えのするものだった。
城の周りにはすでにクラスメイトたちが集まっており、美しい七色の鱗と翼を持つ巨大な竜が空から舞い降りてくるのを、地上からしげしげと見上げていた。
「みんな、A班連れてきたよ~!」
オズマがみなに声をかけると、何人かがぞろぞろと竜の周りに集まってきた。
「やっと来たか、A班。心配したぞ」
「遅れて登場とか、どこの主人公だよ」
D班のレクタとB班のミナトが、軽口を叩いて出迎えた。ソルエルたちはひとしきりからかわれつつも、おおよそはみなに歓迎されていた。
騒がしい面々の影に隠れて、後方で大人しく控えていたD班のジーニスを見つけると、マイスは竜の背から降りてすぐにも彼に声をかけた。
「ジーニス、君はすごいな! こんな独創精獣を作り出してしまうなんて本当に驚いたよ。おかげで私たちA班は無事にここまでたどり着くことができた。感謝する」
「……フィーリアというんだ。その竜の名前」
いつもあまり他人と積極的に関わろうとしない無口なジーニスが、そのときばかりは少し嬉しそうに微笑んでいた。
「ちょっとさぼらないでよ、ミナト、レクタ。私だけじゃ火力不足だよ~」
C班のレトニアが助けを求める声をあげている。
「あ、悪い。今戻る」
「ちぇー、じゃあまた後でな、A班」
レクタとミナトがそそくさと持ち場に戻る。どうやら、夏属性のメンバーで必死に氷の城の扉を解かそうとしているらしい。だが、レベルアップした彼らの炎の魔法をもってしても、扉はびくともしないようだ。
オズマが状況のわからないA班に向けて、現状を説明する。
「少しでも城の中の様子が知りたくて、扉を開けようとしたり城の一部を壊そうと春魔法で局所的に地震を起こしてみたりもしたんだけど、全然だめ。このお城、見た目よりも相当頑丈だよ。でもA班には夏属性の炎使いが二人もいるからね。これ以上ない助っ人だ。ソルエル、マイス、君たちにはがんばってもらうよ」
「え、でもソルエルは……」
C班のミシェルが何かを言いかけて、慌てて口を噤む。しかしオズマには、彼女の言いたいことがすぐにわかったようだった。
「それがさミシェル、なんと火だまり解消したらしいんだよ、彼女」
「え、本当に? おめでとう、ソルエル!」
「マジかよ、奇跡だな。しかもこの差し迫ったタイミングで。ちょっとできすぎじゃね?」
D班のマギウスが若干嫌味を交えてくる。それでも手元は拍手をしていた。口が悪いのはどうあれ、心中では素直に祝っているようだ。
クラスの何人かに「おめでとう」などと声をかけられ、ソルエルは礼を返しながら、やや恥ずかしそうに肩をすくめる。
ソルエルは普段からクラス内でも目立つことが少ないため、注目されたり褒められたりすることにはあまり慣れていなかった。
「火だまりが解消したってだけで、まだ本当に初心者の域を超えてはいないから。最上級仮想精獣を倒しているみんなとは比べ物にならないレベルだし、正直あまり役に立てるかどうか……」
「そうか。この中で最上級仮想精獣を倒してないのって、ソルエルだけなんだ」
オズマがはたと気づいていた。
そこに、こちらを睨み付けながらずんずんと勢いよく歩いてくる人物が現れた。彼はC班のエルトンだ。
「遅かったな、A班。君たちには言いたいことが山のようにあるぞ」
エルトンはこちらが何かを言う前に、その持ち前のよく回る舌でもって、一切の反論を封じ込めてきた。
「どうしてトゥーリと一番長い時間行動を共にしておきながら、何も気づけず何の収穫も得ていないんだ、君たちは。そして、重要な情報を数多く手にしておきながら、他班とほとんど共有しないという体たらく。学園長先生が、『未知目標の正体を各自で推理するように』とあらかじめ仄めかしていたはずだ。
少しでも何か気づきがあったり、自分たちだけでは解決しようもないことが起こった場合には、即座に他班を頼るべきではなかったのか。おかげで未知目標の正体を突き止めるのにも、ずいぶん時間がかかってしまった」
「ご、ごめんなさ……」
エルトンの猛攻にソルエルが圧倒されているのを見て、我慢できなくなったルビが彼に言い返す。
「おい、それはちょっと言いがかりが過ぎるんじゃねーのか、エルトン。たしかに鈍かった俺たちにも非はあるけどよ。でもこっちはこっちでいっぱいいっぱいだったんだ。それに、たしかにあいつ――トゥーリは異常に強くてあからさまに怪しかったけど、でもまさか仮想精獣だったなんて思わねーじゃねーか」
「だから、それは君たちが愚鈍だったからだろう。俺なら君たちよりもよほど早くに気づけたぞ。たとえば、春の時点でトゥーリが魔法を使えていたという情報は大きな手掛かりになっていたし、さらに言えば、夏の最終日、生徒二人が操られて他班を襲ったあのとき――あれは、生徒の中にも敵が紛れ込んでいるかもしれないという可能性に目を向けさせるための、先生たちが用意した最大のヒントだ。
俺はあの時点で、未知目標がクラスの中にいるのではないかという考えに行きついていた。そしてそれが勘違いではなかった場合、未知目標が誰なのかなど、バカでもわかるものだった。変なタイミングに転校してきた、彼以外にはありえない」
ルビすらも勢いで言い負かしたエルトンは、黒縁の眼鏡をわざとらしく中指で上げてみせると、嫌味な顔で嘲笑を向けた。
「ああ、でもククルビタ――君は風使いだが、飛翔魔法が不得手だったな。情報を渡したくても、他班を見つけられなければなす術もなかったわけだ。いや、言い過ぎたよ、悪かった」
「……てめえ、エルトン。相変わらず死ぬほどむかつく野郎だな」
すべて図星だったがゆえに、ルビが歯をギリギリときしませていると、オズマが能天気に二人のあいだに割って入った。
「まあまあ、過ぎたことは置いといて。とりあえず、いろいろわかったのは成績一位のエルトン、そんで二位のエリックをはじめ、頭脳明晰メンバーの集うC班のみなさんにご助言いただき推理してもらったおかげなんだから、みんな、彼らに拍手~~」
「そ、そうだったんだね。ありがとう」
「A班が力不足だったのはエルトンの言う通りだ。至らなかった私たちの分まで、フォローしてもらってすまなかった。ありがとう」
ソルエルとマイスが律儀に礼を言うと、C班のレトニアは苦笑した。
「……いやいや、気にしないで。あんまりエルトン君の言葉を鵜呑みにしないでね。彼、自分が一番じゃなきゃ気が済まない、ただのめんどくさい人なだけだから。それより、こっちこそA班ばかりに負担をかけてごめん。A班が被ったことがいろいろ皮切りになったおかげで、こっちも外から落ち着いて分析しやすくなったんだよ。真の功労者はA班だと思ってるから」
レトニアの言葉にソルエルは温かな気持ちになった。
このクラスのメンバーは、性格に多少の癖がある者もいるにせよ、基本的にはみな気の良い者たちばかりだ。
魔法学校では、力で無闇に人を傷つけたりしないよう、倫理教育や情操教育などは、特に徹底して行われている。そのため必然的に、正義感が強く人の良い性格に育つ者が多いが、それを抜きに考えたとしても、ソルエルはこのクラスが本当に好きだと思った。
トゥーリは、すべての班のもとに一度は現れたという。実習開始前は、クラスメイトたちとの交流を頑なに避け続けていた彼だったが、このクラスの全員と接して、彼はどう思ったのだろうと、ソルエルはふと聞いてみたくなった。
「トゥーリは今、どんな気持ちであのお城の中にいるんだろう」
ソルエルの独り言をオズマが拾っていた。
「わからないけど、でもこれだけは言えると思う。彼は、僕たちが会いにくるのを待っている。あの城の中でずっとね。だから、僕たちも早く会いにいってあげなくちゃ。さあ、ソルエル、マイス、君たちも炎を――」
「待って。トゥーリが私たちに会いたがっているのなら、炎で無理やりこじ開けたりしなくても、なんとか扉を開けてくれないかな。こんなに綺麗な氷のお城なんだもの、解かすなんてもったいないよ。たとえ春になったら解けてしまうものだとしても……」
ソルエルがそう言うと、マイスも感心するように城を見上げた。
「たしかに、究極の芸術だな」
「これが実習っていうのが悔やまれるよねぇ。正直実習じゃなければ、氷のお城の中で待つ麗しの王子様に会いにいく、なんて心躍るシチュエーションなんだけどな、女子的には」
ミシェルがうっとりと目を輝かせる。
「そ、そう?」
同じ女子でも、普段から男子の制服を着て、どちらかといえば男性目線寄りの感性を持っているオズマには、どうにもはかりかねる意見だったようで、やや困惑していた。
「ならソルエル、君が扉を叩いてみるといい」
マイスが言った。
「君は唯一トゥーリと言葉を交わしたことのある人間だ。君が開けてくれと頼めば、彼も応じてくれるかもしれない」
「わ、わかった。やってみる」
氷の扉を燃やし続けていた炎使いの面々たちが、ソルエルが扉に近づいてきたことで、一時的に魔法を中断する。
目の前に高くそびえ立つ扉の前に立つと、ソルエルは呼吸を整えた。そして、震える拳で冷たい扉を叩く。
扉は想像以上に重く硬く、こんな非力な拳で叩くだけでは、中にいるトゥーリに気づいてさえもらえないかもしれない。
やはり別の方法でなんとかするしかないのか、と逡巡したとき。
重く軋む音を立てながら、扉は仰々しくゆっくりと開き始めた。
「開けてくれた……」
「ソルエル、やる~」
「これも愛の力ってやつか? ひゅーひゅー」
オズマやミナトがからかってはやし立てたが、ソルエルは真っ向からそれを否定していた。
「ち、違うよ。たぶん、トゥーリは全員がテラ・マーテルに集まるのを待ってたんだよ。だから、何もしないでも開けてくれたんだと思う」




