たどり着いた答え
巨大な七色の竜に乗って、四人は真冬の空を旅していた。
この独創精獣は強さで言えば、おそらく上級仮想精獣程度なのだろう。おかげで、少しも他の仮想精獣に襲われることなく、スムーズに飛翔することができていた。
竜の背に乗るという非日常極まりない現状が生み出す緊張感さえなければ、比較的快適な空の旅と言えたのかもしれない。
オズマの言った通り、ルビはすでに、吹雪の風を操ることくらいわけなく行えるようになっており、追い風を起こして飛翔速度を自在に上げることもできていた。
さっさとこうしていればあんな苦労などしなかったのに、と散々マイスになじられて、ルビもこれに気付けなかった自身の鈍さを恥じていた。
「あのね、まずはソルエルに謝らなくちゃいけないんだ」
オズマが言った。
「君に呪詛をかけたり、突然襲ったりしてごめんなさい。やっぱり、君は操られていただけだったってことがわかったんだ。それも、操った犯人はトゥーリでもない」
オズマは三人の目を真剣に見つめた。
「実はね、僕らだけじゃなくて、C班とD班にも同じようなことが起きていたんだ。D班のレクタが操られて、C班に奇襲をかけていた。しかも、ソルエルと同じでレクタも何も覚えてないって言うんだ。それも、僕たちが襲われた日に、同じシチュエーションで、レクタはC班を襲っている。
当初僕らはトゥーリを疑っていたけど、でも彼じゃなかった。トゥーリと接してみて、彼は少なくとも、僕たちに悪意を持って近付いているわけじゃないってわかったんだ」
「トゥーリに、会ったの……?」
ソルエルがおそるおそる尋ねた。
「うん、会ったよ。まあ、その話はあとでゆっくり話すよ。なんせ長くなりそうだから。それでね、パワーアップしたエリックの水占いで、いろいろわかったんだ。ソルエルとレクタが操られた案件は、先生たちの誰かが仕掛けたものに間違いなさそうだ。ソルエルとレクタは立派な被害者だ。
たぶん先生たちは、僕らがこれにどう対処するか、ちゃんと真理に気づくか見ていたんだよ。僕らはまんまと引っかかって、踊らされてたわけ。ああ、きっとこの部分減点食らうんだろうなぁ」
「占いでそんなことまでわかっちまうのか。それも、最上級仮想精獣を倒したからなのか……?」
「そうだよ。君たちだって、自分では気づいてないだけで、いろいろすごいことができるようになってるはずだよ。あ、そうそう、先生たちからの手紙、来た?」
これにはマイスが答えていた。
「ああ、秋の初めごろに。もともと夏の初めに私たちは先生に手紙を出していたからな。返事は遅いくらいだった」
「そうなんだ。僕らも君たちに会ってから、気になって先生に手紙を出してたんだ。で、その返事としてつい先日手紙を受け取ったんだけど。見てみる? 他の班も先生たちとやりとりしてるけど、だいたい同じ内容で届いてるみたい」
そう言ってオズマが見せてきた手紙は、ソルエルたちA班が受け取った手紙とほとんど似通った内容だった。
・トゥーリが重罪人だということ
・彼の処遇は教師陣に委ね、学生は実習に専念すること
・最上級仮想精獣は、生徒を害するものではないこと
ソルエルの奇襲のことについて手紙を送ったにもかかわらず、そのことについて一切触れられていないのが、逆に怪しかったのだとオズマは言った。
「そこで気づいたんだ。あれは先生たちの仕掛けた罠だって。よく考えれば、そういうことも十分起こりえるよなぁと思って、水占いで調べたら案の定そう出たから、うかつだったよ。本当に、疑って悪かった」
オズマは潔くソルエルに謝罪していた。
「もういいよ。誤解が解けただけで、私は十分安心できたから。それよりも、トゥーリが重罪人だとか、最上級仮想精獣が生徒に危害を加えないっていうのは、どういうこと?」
「ああ、それね……。クラスで占いや予知が得意な人たちに、いろいろ頑張ってもらったんだ。さすがにエリックだけの力では、全貌は明らかにできなかったから。トゥーリはね、経緯はよくわからないんだけど、この学園に来る前に、ラップランドの小さな村を一つ壊滅させたみたいなんだ」
「壊……滅……?」
ソルエルが口元を覆った。
「うそ、トゥーリがそんなことするはず……」
「うん……僕もあんまり信じたくなかったけど、一応そういう結果が出た。だからね、最上級仮想精獣は、先生たちがトゥーリを倒すために呼び出したものだったんだよ。先生たちと言っても、ごく一部だ。最上級仮想精獣に関しては、ローナ先生とベッケル先生、あとそれからフラギリス先生も関わってる。たぶん、三人で力を合わせて呼び出したんだと思う」
それにはマイスが目を見張った。
「たった三人だけで、数多の数の最上級仮想精獣を……?」
「うん、たぶんだけど。だから、それ相応の代償は三人とも支払ってると思うよ。あんまり考えたくないけど」
それを聞いて、三人はぞっとした。
ソルエルが以前少し話していた、魔力が不足していても最上級仮想精獣を呼び出す方法。それを思い出して寒気がしたのだ。身体の一部や何か大切なものを供物として捧げれば、あるいは――という話だったはずだ。また、失敗すれば、命を落としてもおかしくはない、とも。
「他の先生たちは手を貸さなかったのか? 何で三人だけに任せたんだ」
「たぶん任せたんじゃなくて、三人の独断でやったことかもしれないよねって、みんなで話してたんだ。理由はまったくわからないけど……。だって、そうとでも考えないと、とても正気の沙汰とは思えない行動だろう」
「まあ、たしかに。……で? その最上級仮想精獣を、お前たちはどうやって倒したんだ」
これには、オズマは多少の含みを持たせてもったいぶった。
「えっとね、順番が逆……かな」
「順番?」
「どうやって倒したかっていうか……そもそも、各班が最上級仮想精獣に遭遇したのは、トゥーリが引き連れてきたからなんだよ。つまり、君たちと同じパターン。トゥーリを一斉に狙う最上級仮想精獣を、僕たちがなんとかがんばって倒した――っていうか、ほとんどトゥーリが弱らせてくれたから、倒せただけ。
ホントだったね、君たちA班が言ってたこと。あの転校生――トゥーリ、凄まじく強くてびっくりしちゃった。強すぎて、怖いのを通り越して途中から笑えてきちゃったよ」
オズマはそのときのことを思い出しながら、また笑っていた。
「最上級仮想精獣は、そもそも生徒を襲うものではなかったんだ。たしか、ソルエルたちが春の最終日にならず者に襲われたとき、彼らは全員ヒュドラに殺されたって言ってたよね。たぶん標的のトゥーリと、あとは生徒以外を攻撃するようにできているんだと思う。重罪人とされてるトゥーリを倒すか捕獲するためのものだもん、僕ら生徒まで襲ってたら実習どころじゃないよ」
考えてみれば、その通りかもしれないと三人は振り返っていた。あのとき対峙したヒュドラはかなり恐ろしかったし、トゥーリがおとりになっているからこそ、自分たちには目もくれないのだと思っていた。
しかし、あとになって考えてみれば、こちらへの攻撃らしい攻撃は、一切してこなかったのだ。
おそらく、少しでもこちらに殺意が向けられていれば、一瞬で殺されていただろう。
「何で……トゥーリはわざと、俺たち学生に最上級仮想精獣を倒させるような真似をしたんだ?」
「そこはよくわからないけど、たぶん彼は、僕たちを強くしたかったんだと思うよ。自分が最上級仮想精獣に狙われているということを逆手に取って、逆に上手く利用して、僕らのレベルアップをはかった。
やり方はむちゃくちゃだけど、僕は彼のそういう突飛な発想ができるところ、嫌いじゃないな。むしろ、正直かなり面白いやつだと思ってる。こんな無茶なこと誰が思いつく? おかしくて仕方なかった」
「なぜ、私たちを強くしたかったのだろう。彼はいったい何を考えて……」
「トゥーリはね、喋らない代わりに、氷文字で教えてくれたよ。『強くなってもらわなくては困る』って」
それを聞いて、ルビとマイスは顔を見合わせていた。
「それ、俺たちも言われた。あいつは、周りが弱いやつばかりで話し相手にすらならないのが気に食わなくて、俺たちを強くしたかったって言ってたけど……」
「ううん、彼の真意まではわからないけど。……あのね、テラ・マーテルに、いつの間にか大きなお城ができていたんだ。氷でできた立派なお城だった。……誰が作ったと思う?」
「…………ひょっとして、トゥーリが?」
「テラ・マーテルに、氷で城をぶっ建てたってことか。何でまた――」
「僕らも最近知ったんだけど、テラ・マーテルにはね、どういうわけか、仮想精獣が寄り付かないんだ。テラ・マーテルの付近には強いのがうじゃうじゃいる。でも、テラ・マーテルの中にまでは絶対に入ってこない。もしかしたら、仮想精獣が嫌う何かがあるのかもしれないね」
オズマの言葉に、マイスは眉根を寄せる。
「城を作ってたてこもっているということか? 最上級仮想精獣も寄り付かない安全な場所で?」
「ちょ、ちょっと待てよ。テラ・マーテルに仮想精獣が寄り付かないって……。――じゃあ、そもそも未知目標はいったいどこにいるんだよ」
それにはオズマは一瞬答えることを躊躇した。しばらく間をおいてから、話を再開し出す。
「……ねえ、トゥーリは、春でも魔法が使えてたって、言ってたよね」
「あ、ああ。あいつの魔力が強すぎて、魔導源力貯蔵装置が吸収しきれなかったんじゃないかって、俺たちは話してたけど……」
「なるほど。――あのね、みんなもうテラ・マーテルに集合してるって言ったでしょ。そこでね、みんなで情報共有して、ずっと話し合ってたんだ。占いが得意なクラスメイトには、とことんトゥーリのこともわかる範囲で調べ上げてもらった。そしたらね、びっくりすることがわかった。彼は人間じゃなかったんだ」
「え……?」
「言いにくいんだけど、彼は仮想精獣だった。だから、春でも関係なく魔法が使えたんだと思うよ」
「仮想精獣……?」
三人は一瞬言葉を失っていた。かろうじて、ルビがなんとかオズマに食い下がる。
「ま、待ってくれよ、仮想精獣って……。あんな、ほぼ人間にしか見えないような、言葉だって通じるようなのが……そんな仮想精獣なんているか?」
「そうだよね、僕も信じられなかった。みんなそう、信じられなかったんだ。でもそう出たんだよ。原型は霜の妖精――ジャックフロストに近いのかな。雪と風を操ることが得意な……。でも、本来のジャックフロストはあんなに強くないし、あんな人間みたいな姿でもない。たぶん、彼は独創精獣なんだよ」
「独創精獣……」
そう聞いたとき、ソルエルは、トゥーリが言っていたことを思い出していた。
『僕と話ができるのは、学園長先生だけなんだ』
たしかに彼はそう言っていた。
「アルス・マグナ……」
ソルエルがつぶやくと、オズマは深く頷いた。
「そう。たぶん学園長先生が作り出した独創精獣だよ。百年ほど前に作られたらしいんだけど……」
「百年も前に……? 百年前といえば、ちょうど前の冬の精霊が死んだころくらいか」
マイスが言った。それにオズマは目配せをする。
「そうだね。そこまで関連性があるかどうかまでは、さすがにわからないけど。――ここまで言えば、もう未知目標の正体はわかっただろう」
ソルエルたちは何も言えなかった。
今まで自分たちは、この実習で何を目指してここまでやってきたというのか。誰が、何のためにこんなことを仕掛けたのか。考えただけで、とてつもなく恐ろしく感じられた。
黙りこくってしまった三人に、オズマが話を続ける。
「いろいろクラスのみんなで推理し合ったんだよ。占いで補いきれなかった部分とかね。もしかしたら、トゥーリは僕たちが自分を倒すことができるように、魔力の底上げをはかってたんじゃないかって、そんなふうに思うんだ」
「そんな……。じゃあ、あいつは自分を倒してもらうために、そのために、ずっと今まで立ち回ってきたっていうのかよ。どうして、何でだよ。どうして……」
ルビが行き場のない感情を持て余すように、自身の両拳を握りしめ、血が滲むほど強く爪を立てた。ソルエルもマイスも、ルビの行動を諫める術など持ち合わせてはいなかった。
そんな彼らを見ないようにして、オズマが力強く言い放つ。
「とにかく行くしかないよ、テラ・マーテルへ。ほら、そんな暗い顔しないで! もうすぐこの辛かった実習も終わるんだよ。ねえルビ、実習終わったら何がしたい?」
オズマにそう促され、ルビは回っていない頭で無意識に答えていた。
「……美味い飯が食いたい。もう携帯食なんてまっぴらだ。肉がたらふく食いたい……」
「だよねだよね、僕も~! 実習終わったらみんなで肉パしよう、肉、肉!」
オズマが急にテンションを上げてきたので三人は驚いていたが、それでも、その気遣いのおかげで、少しだけ元気を取り戻すことができていた。




