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七色の竜

 ケイブイーターに吸い込まれていたあいだに、テラ・フィールドの景色はもうすっかり冬の装いとなっていた。

 右を見ても左を見ても、雪の降りしきる平原のみ。空は厚い雲に覆われ、まだまだ雪が止むことはなさそうに見えた。時折吹きすさぶ強風に煽られて、細かな雪が横殴りに顔や身体に振り掛かってくる。


 アカデミー制服の魔力コーティングは、防寒具としての機能も備わっているため、この吹雪の中でも凍死してしまうようなことはないだろうが、それでも寒いことに変わりはない。

 洞窟から無事に出られたと思えば早速これか、と三人は途方に暮れながらも、吹雪の中を進むしかなかった。


 ケイブイーターの中でどれほどの時間が経過したのか、今がいつかもわからない。

 とにかく、方位磁石を用いてやみくもにでも北へ向かった。風が穏やかになるころを見計らって、ルビの飛翔魔法でテラ・マーテルへの位置を確認しようということになった。


 一面凍った湖を横切る。

 湖を見て、ソルエルが思い出すのは、やはりトゥーリとの氷上でのダンスだった。ついこの間の出来事のはずなのに、もうずいぶんと昔に感じられた。


 ――と、そのとき。

 突然凍った湖面が割れて、湖の中から何かがルビめがけて飛びかかってきた。


「うわぁっ!」


 人のように見えた。それも裸体の女だ。肌は病的に青白く、そしてなんとも美しく艶めかしい。女はものすごい力でルビを湖の中に引きずり込もうとした。


 だが、マイスの炎にあぶられて、女は断末魔とともにあっけなく消え去ってしまった。

 いまだ何が起こったのかわからないという様子のルビが、腰を抜かしてぽかんとしていた。


「び、びびった……何だ、今の……」


「ルサールカだ。美女の姿で男を誘惑し、川や湖の中に引きずり込む」


「なんだ……仮想精獣ヴァイラスだったのか。俺はてっきり……」


「私も一瞬、人と見紛みまがった。あれは中級ミドルだからそれほど強敵ではないにしても、やはり人型のものを倒すのは忍びないな」


「最後の叫び声も、本当に人みたいだったもんね……」


 ソルエルがそう言うと、三人の中に重苦しい空気が流れた。

 いくら仮想精獣ヴァイラスとはいえ、ほとんど人間にしか見えないものに手を下すことは、あまり良い気分がしない。

 そんな嫌な役回りをマイスにさせてしまったことに、ルビは少なからず申し訳なく思ったのか、大きくため息を吐いた。


「……少し休もうぜ。もう何時間もずっとこんな吹雪の中を歩きっぱなしだ」


「休むと言っても、どこで……?」


「たしかに雪避けできる場所なんて、ここら一帯にはどこにもなさそうだけどな……。テントでも張れば少しはマシだろ。もちろん、湖から離れたところで」


 ルビの提案に、マイスもソルエルも渋々といった様子で乗りはしたものの、本音を言えば、全員体力が限界なのは事実だった。


 吹雪の中で苦労しながらようやくテントを一つ張り、ランタンストーブに火を起こす。酸欠防止の換気口を作っているため、テント内を完全密閉にはできなかったが、それでも外に比べればとても温かかった。

 一人用の窮屈なテントの中に三人で身を寄せ合って入るなんてことは初めてで、疲れ切った身体を休めながらも、ソルエルは笑みをこぼさずにはいられなかった。


「あったかいね。こうしてると、子供のころを思い出すよ。昔雪山で実習したときも、三人でこうしてあったまってた気がする」


「お前にくっついてるとあったかかったからな。たぶん、火だまりのせいだったんだろうけど……」


「そうだね。……ごめん、今はもう二人のことあっためてあげられないや」


「い、いや、何謝ってんだよ。良かったじゃねえか、火だまりが解消できて。それにもうこんな年になってんのに、子供のころみたいに何も考えずにお前に抱きついたりなんてできねーよ」


 ルビが顔を赤らめながらそっぽを向く。すると、マイスが照れたルビをからかうように笑った。


「なら私があたためてやろうか? 火だまりだったころのソルエルには敵わないが、私も一応夏属性だぞ」


「い、いらねーよ。なんだよ、マイス。お前傷心モードなのかもって若干心配してたのに、全然平気そうじゃん。ったく、気遣った俺が馬鹿だったよ」


「私は立ち直りが早いんだ。知られてしまったことはもう仕方ない。下手に気を揉むより開き直るほうが楽だからな」


 からからと笑うマイスが気に食わず、今度はルビが反撃の姿勢を見せた。


「なあ、お前男も女も両方いけるってことなのか」


「黙秘する」


「え、何で、いいじゃん。この際だからとことん腹割って話そうぜ。俺はあの洞窟で、全員裸を見せ合ったようなもんだと思ってるぞ」


 マイスは眉間にしわを寄せた。


「……ルビ、お前のそういうデリカシーのない物の言い方、時折本気で軽蔑する」


「でも、それでも好きなんだよな? 俺のこと」


「はぁ? 調子に乗るのもいい加減に――」


「白状したらやめてやるって」


 ルビはにっと笑った。

 彼は自身が片想いしている相手――例えばソルエルなどにはなんだかんだ弱くなってしまうことが多いが、しかし、自分に心を寄せていると確信した相手に対しては、俄然強気に出るタイプだった。


 マイスはそんな態度のルビに対して、本来絶対に心中を知られるべきではない相手であったとあらためて思い知り、げんなりした。


「お前本当に最悪だな。言うか? 普通そういう無神経なことを」


「だって、気になるじゃん」


「……ごめん、マイス。私もその……聞いてみたいかも」


 あろうことか、歯止めになってほしかったソルエルまで後押ししてくる始末で、マイスは声にならない声でうめいた。


「……実際のところ、よくわからない。二人が初恋だったから」


「わ、わお。マジか……」


「たぶん、男だとか女だとか、あまりそんなくくりで考えてはいなかったのだと思う。ただ二人が好きだったんだ。どちらか一人ではなく、どちらも。だからルビの恋を応援した。二人が上手くいけば、卒業してからでも時々は三人で会えるかなと……。さあ、これでもう良いか? いい加減、真実の口の真似事をするのは限界なんだが」


「……マイス、お前……ひたすら切ないやつだな。あとめちゃくちゃ良いやつ」


「いや、良いやつではないだろう。私の欲のためでもあったわけで……」


「――てか、お前をこんなふうにいじれる日が来るなんて思わなかった。おもしろすぎてやめらんねーぞ、これ」


「なっ……人が真剣に打ち明けたというのに、お前はっ……! テントから出たら灰にしてやるっ」


 マイスが歯噛みすると、急にテントが強風に煽られ、支柱となっていたポールがきしみ始めた。三人は我に返り、慌ててポールを支える。吹雪の中では、テントなど簡単に崩れてしまいそうだった。


「吹雪、全然止まないね……」


 ソルエルが不安をぽつりと漏らしていた。


「……もしかしたら、もうすでに実習期間が終わってる、なんてことはねーよな」


「怖いことを言うな。たしかにその可能性も完全に否定はできないが……。もしそうなら、さすがに何らかの形で先生たちから知らせがくるはずだろう」


「そう、だよな……」


 ルビとマイスが焦燥に駆られて弱気になっているところに、ソルエルが何かを考えこむように言った。


「ねえ、たしか学園長先生は、最後の週――冬ステージについては、今までみたいにその季節に気候を寄せるんじゃなくて、空間魔法そのものを解くって言ってたよね。つまり、やっぱり季節は、本当はずっと冬のままだったってことなんだよね……」


「そうだろうな。春の精霊は、いまだに生まれてないということか」


「実習期間は四週間もあるんだし、もしかしたらそのあいだに春になってるかもなぁって、ちょっと期待してたんだけどな、俺」


「私もだよ……」


 三人の間に沈黙が流れる。今が実習期間中ならば、七月ももう後半のはずだ。それなのに、どうして一向に春は訪れないのか。ずっと冬のままなのか。


 世界の危機など今まで想像したためしもなかったが、さすがにこの異常気象に直面すれば、頭の片隅くらいにはよぎる。思っているより、ずっと状況は深刻なのかもしれないと。


「あー……やめやめ。余計な心配してる暇なんて、俺らにはねーぞ。世界の危機よりも、まずは目の前の実習だ。考えたんだけど、俺が空を飛んで二人をテラ・マーテルに運ぶってのはどうだ? さすがに二人同時には無理だけど、一人ずつならなんとか……」


「本当にそんなことできるのか? この吹雪の中で。それに、飛翔中に仮想精獣ヴァイラスに襲われたらどうする? さすがにトゥーリのようにはいかないだろう」


「そ、それは……そうだけど……。じゃあ、どうすりゃいいんだよっ。こうしてるあいだにも実習が終わっちまうかも――」


 ルビがそう言いかけたとき、今まであれだけ外で吹き荒れていた風の音が、急に静かになっていた。テントの揺れもすっかりおさまっている。


 三人が驚いてテントから這い出すと、外は無風で、ただ静かに雪が降りしきるのみだった。

 急に風が止んだことに三人が目を瞬かせていると、遠くの空から、黒い物体が飛んでくるのが見えた。

 人だった。自分たちと同じアカデミーの制服に黒のローブを羽織った、見覚えのある顔が、杖に跨ってこの雪空の中を飛んできたのだった。


 その人物は、先日会ったB班のオズマだった。オズマは空から降り立つや否や、三人に不満を漏らした。


「いたいた。探したよ、A班! 君たちテラ・フィールドのどこにも見当たらないんだもの。どこかに消えちゃったのかと思ったよ」


「いや、実際消えてたんだよ……」


 他班のオズマに会えたことに三人は安堵し、ケイブイーターに吸い込まれていた経緯を話した。

 すると、オズマはさも気の毒そうに顔を歪めてから、こらえきれないようにけらけらと笑ってみせた。


「ああ、あの地獄の洞窟ね。よく覚えてるよ。あんなの忘れるわけない。っていうか、またあそこに閉じ込められたの? ついてないね、三人組。で、今度は何を暴露し合ったのさ?」


「んなことお前に言うわけねーだろ」


「怒るなよ、冗談だって。それにしても、この年になってまであそこに閉じ込められるとか、マジきついよね。この年になるといろいろあるもんねぇ。学園長先生の仕業かな。優しい顔して案外鬼畜なんだよな、あの人」


 オズマがずっと笑いっぱなしでいるので、ルビはだんだん苛々していた。


「おい、俺たちの状況はわかっただろ。あの洞窟にいたせいで、今日が何日かもわかんねーんだ。さっさとお前が持ってる情報を教えろ」


「はいはい、わかったよ。今日は冬ステージ五日目。つまり、明後日までに実習クリアしないと、クラス全員落第になるってわけ」


「な……」


「もうそんなに時間が経っていたのか」


 オズマの話を聞いて三人は愕然としていた。


「こうしてはいられない。すぐにでもテラ・マーテルへ向かわないと……!」


「落ち着いて、慌てなくても大丈夫。そのために、僕は君たちを迎えに来たんだから」


 オズマの余裕の態度を目の当たりにして、三人は目を瞬かせていた。どうしてそんなに悠々としていられるのか。


「お前が俺たちを運んでくれるってのか? でも、今はたまたま風が止んでるけど、また吹雪が吹き荒れでもしたら……」


「何言ってるんだ、ルビ。君はそれでも風使いか? 風使いが風を操らないでどうするんだよ」


「え……? ――ひょっとして、さっきの風が急に止んだのは、もしかしてお前の仕業か……?」


「そうだよ。っていうかルビ、君もそのくらいのことは、もう余裕でできるはずだと思うけどな。なんせ、ティタンを倒したんだからさ」


 そう言われてルビははっとし、そして、同時に初めて、オズマが全身にまとっている魔力の波動に、あらためて目を向けた。


「オズマ……そういうお前も、前会ったときよりも、格段に魔力の腕が上がってないか」


「あ、わかる? こっちもいろいろあったんだよ。僕だけじゃない。みんな強くなった。びっくりするくらいにね」


 オズマがそう言ったとき、空から獣の甲高い鳴き声が聞こえてきた。竜のような形態の仮想精獣ヴァイラスが、こちらに向かってくるのが見える。吹雪が止んだ今に乗じて活動を開始したのかもしれない。


仮想精獣ヴァイラスか!」


 A班三人が迎え撃つ姿勢をとる。しかし、なぜかそれをオズマが制していた。


「待って、大丈夫。あれは敵じゃないよ」


「はぁ? 敵じゃないって……でも仮想精獣ヴァイラスだぞ!」


「あれはね、D班のジーニスが作った独創精獣オリジナルなんだよ」


「え……なんだって……?」


 A班三人があっけにとられているうちに、見たことのない姿をした、美しい七色の鱗と翼を持つ巨大な竜が、目の前に大人しく降り立っていた。

 少しも怯えることなくオズマが竜に近づき、その身体を撫でると、竜は自らの頭部も差し出して、撫でてくれといわんばかりに懐く様子を見せていた。


 A班三人は、もう言葉もなかった。


「よしよし、良い子。よく来てくれたね」


「マジかよ……マジ、かよ……」


「信じられない。ジーニス……彼は、はっきり言って成績も常に最下位だったし、実技も大して振るわなかった。どう考えても、彼に独創精獣オリジナルを作り出す技量があるとはとても……」


「うん。でもジーニスって、幻想小説とかひたすら書いては出版したり、そっち方面にはやたらと詳しいいわゆるオタクじゃない? 学業そっちのけで好きなことに没頭するタイプ。

だからね、最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを倒して魔力が上がったら、なんだかそっちの才能が開花しちゃったみたいで、今まで妄想だけでとどめていたものも、一気に作り出せるようになっちゃったみたいなんだよね」


 淡々と話すオズマの言葉の中には、安易に聞き流せない単語が混じっていた。


「ん? え、待て待て。んん……?」


最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを、ジーニスが倒した……?」


「うん、そう。ジーニスだけじゃないよ。君たちA班と別れたあと、僕たちB班もC班も、それからD班も、このクラスの全班が最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスに遭遇して、それを倒したんだよ。――えっとね、ヨルムンガンド、ユミール、ヘカトンケイル、ベヒモス、ケツァルコアトル、バハムート……あとなんだっけかな。とにかくまあ、いろいろ」


 オズマの言葉を、信じられないような面持ちで三人は聞いていた。そこは想定内だったようで、特に気にする様子もなくオズマは話を続ける。


「さあ、立ち話もなんだし、そろそろ行こうか」


「行くって……」


「もちろん、テラ・マーテルだよ。このジーニスの竜に乗ってね。もうA班以外は、みんなとっくにテラ・マーテルに集合してるんだから」


 オズマはにこりと微笑んだ。


「あとの話は道すがら説明するよ。聞きたいことは山のようにあるだろうけど、がっつかないで、まずは僕の話を聞いてね」

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