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先生からの手紙

 秋ステージに入ってから、今までよりも仮想精獣ヴァイラスの出現率も格段に高くなり、班内でゆっくり話し合う暇もないほど、ずっと戦いに明け暮れる羽目になった。


 必死に荒野を駆け回っては魔法を繰り出す訓練を行う。そのほうが余計なことを考えずに済み、かえって気がまぎれて都合がいいと、ソルエルは半ば無理やり自分の思考を押さえつけていた。


 そして、秋二日目の朝にして、ようやく待ちわびていた教師陣からの返信の手紙が届いたのだった。差出人の名前は、ソルエルたちの担任、ローナ教諭だ。

 そこには驚くべきことが書かれてあり、A班三人はみな、一様にその手紙に釘付けになっていた。


 手紙の内容は、かいつまむとこうだった。


・返事が遅れてごめんなさい。


・トゥーリは実習開始直後に、重罪人だったことが発覚しました。


・彼の処遇についてはすべて教師陣に委ね、学生は引き続き実習に専念すること。


最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスについては、生徒を害するものではないので、どうか安心してください。


 ――という旨の内容が、走り書きと思われる文面で綴られていた。


 いつも几帳面で丁寧すぎるくらいのローナ教諭にしては、珍しく乱雑で愛想のない書き文字で、それだけでも彼女の余裕のなさが露呈して見えた。

 憶測でしかないが、教師陣も今、何か大事に直面しているのではないかと、どうしても勘ぐってしまう。


「どういうことだよ、重罪人って……。あいつ何やらかしたんだ」


 困惑したルビがつぶやく。ルビの一言が皮切りとなって、手紙で面食らっていたマイスもようやく言葉を取り戻していた。


「過程がすべて省略されて、結論のみに終始している。走り書きでもローナ先生の字だとわかるからまだ半信半疑でいられるが、そうでなければこんな手紙、悪質ないたずらだと思われても仕方のない内容だぞ。

最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスが生徒に害を与えるものではない、というのも到底納得できない。現に私たちは襲われた。詳細は学生に話すべきではないということなのか、それとも、何らかの理由で開示はここまでが限界だったのか……」


「でも、少しわかったこともあるね」


 落ち着いた声音でソルエルが言った。

 本当は、ソルエル自身が一番この手紙の内容に衝撃を受けていた。


 しかし――。いや、だからこそ。

 状況が逼迫ひっぱくしすぎると、かえって落ち着きはらう性質があるのがソルエルだった。


 ここ最近でいろんなことが起こりすぎて、すでに頭の中は思考を働かせられる限度を超えている。そういうときこそ、彼女は本領を発揮する。ならず者の男たちに人質にされ殺されかけたときも、パニックに陥らず最後まで冷静に対処していたのは、その性質あってのことだった。

 ソルエルはゆっくり話を進めた。


「この文面だと、先生たちは最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスがテラ・フィールドに出現するって、あらかじめ知ってたようにも読めるよね? あれは、ひょっとしたら先生たちが創造したものだってことも考えられない?」


「んな馬鹿な……何のために。それに、いくら先生たちが一流の魔導師集団だとしても、さすがに最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを呼び出せるほど強くはねーだろ。歴史上でも、最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを呼び出すことに成功した魔導師なんて、たしか本当に数えるくらいしかいなかったはずだ」


「――しかし、呼び出せてもおかしくない方なら今の時代にもいらっしゃるだろう。それも私たちのごく身近に。例えばそう、学園長先生とか」


 マイスがそう口にして、彼はすぐ後悔したように自身の口元を押さえていた。


「……いや。今のは可能かもしれないとたとえ話をしただけで、決して学園長先生を疑うものでは……」


「うん、わかってる。私もマイスと同じことを考えたよ。それに、学園長先生ほど唯一無二の存在じゃなくても、ある程度の力があれば、最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを呼び出せる可能性はあるよ。もちろん正規のやり方では無理だろうけど。

古い文献で読んだことがあるの。今では禁じられた方法みたいだけど、例えば身体の一部とか、何か大切なものを供物として魔力の質や向上をはかったり、さらに複数人でそれを試みれば、あるいは――って。

でも、失敗したら命を落としてもおかしくないリスクを負うことになるから、それを覚悟できるほどの強い目的や信念がないと、難しいだろうけど……」


「……エリックたちは、トゥーリが最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを引き寄せていると言っていたな。信じたくはなかったが、しかし、今ならなんとなくわかる気がする。

トゥーリが重罪人かどうかの真偽はともかく、彼を狙う誰かがいるとして、彼に対抗できるのは最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスくらいのものだと考えるだろう。もしかしたら、ソルエルが今言ったように、決死の覚悟でトゥーリに挑んでいる者がいるのかもしれない」


 マイスの言葉に、ふとルビが考え込む。


「あいつを狙うやつ……。そういや関係ないかもしれねーけど、トゥーリは食料が届いたり届かなかったりしてたよな。それって、ちゃんと配給する先生もいれば、しなかった先生もいたってふうにも考えられないか?」


 マイスがはっとして顔を上げた。


「そうか。先生同士のあいだでも、トゥーリの扱いに関して一貫性がないとすれば、つまり、教師間でもめている可能性もある、ということか……」


 すべて憶測でしかないにしても、そう考えるとなんとなく辻褄が合うような気がした。

 トゥーリ自身も食に関心が薄い分、自力で食料調達している様子もないようだった。彼が空腹で弱っているところを狙う作戦だったとしても、何ら不思議はない。


 ソルエルはトゥーリの今までの言動を思い起こしては、不安げに目を伏せた。


「トゥーリは本当に、何か罪を犯したの……? 私、トゥーリのことは結局何も知らないままだけど、悪いことをするような人には、やっぱりどうしても思えないよ」


 ルビとマイスがはたと顔を見合わせる。それは二人とも、かなりのところで同感だったからだ。

ソルエルは指を組みなおして続けた。


「私、トゥーリに助けられたの。最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスからだけじゃない。氷が割れて、湖で溺れ死ぬところだった。うっかり声をあげてしまうほど、彼は慌てて水面からすくい上げてくれた。

それに私の魔法だって、発動のきっかけを与えてくれたのもトゥーリ。トゥーリがいなかったら、私は今でも、ほんの少しも魔法が使えないままだった」


 ソルエルの言葉にルビが複雑な表情でうつむく。実際その通りだということは、彼にも十分わかっていた。

 ルビは気持ちを切り替えて、ぱっと顔を上げた。


「あれこれ考えたところでわかんねーなら、今はとにかく実習に専念するしかないだろ。結局、俺たちにできることなんてほとんどないに等しいんだ。それより、人の心配してられるほど余裕があるわけじゃねーだろ、ソルエル」


「そ、そうだね……本当にその通り。ごめんなさい」


「い、いや、別に責めてるわけじゃねーよ。悩むだけ損だって言いたかったんだ。他のことにかまけてる暇なんてないぞ。俺らは学生の本分を全うするだけ。それに、トゥーリが抜けても、俺たちだけでもちゃんとやっていけてるってことを証明することが、今の俺たちが唯一あいつのためにできることなんじゃねーか。それでこそ、あいつが俺たちの面倒見た甲斐があるってもんだろ。

どういう意図で俺たちに手を差し伸べたかは知らないけど、一緒にいた時間は無駄じゃなかったんだって、どっかで見てるかもしれないあいつに示してやろう。そんで、秋は俺の一番調子の良い季節だ。戦闘は全面的に任せてもらっていいぜ」


 ルビはそう豪語した。

 ルビとマイスが強くなったのも、もとはと言えばトゥーリのおかげだ。ルビはなんだかんだ言いつつも、そのことをよく心得ており、トゥーリに感謝しているようだった。


 ルビは先の言葉通り、その日に遭遇した仮想精獣ヴァイラスを、率先してほとんど一人で片付けてしまった。


 マイスはそんながむしゃらなルビを見て、何も言わずにサポートに回っていた。空元気だとしても、誰か一人が引っ張っていく力を持っていることは、班が沈んでいるときには特に救いになる。


 ソルエルが炎の魔法発動に失敗して、例によって自爆しても、ルビの風ですぐに炎は消し止められていた。ソルエルはその日、ルビに何度も助けられた。まるで昨晩の罪滅ぼしのようでもあり、ソルエルは少しばかり複雑な心境だった。

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