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暴走

 涼しげな声で鳴虫たちがささめき合う夜に、ソルエルとルビは四度目のキスを交わした。


 秋ステージ初日の夜、日付の上ではもう二日目である。


 今日の野営場は、付近に森が見当たらなかったため、ルビは少し躊躇する様子を見せながらも、ソルエルを初めて自身のテントに招いていた。立場の弱いソルエルからは何も言えなかったが、彼女自身も断るべきか否か、本当はかなり逡巡したのだ。


 誰も周囲にいないとわかっていても、遮るものが何もない空の下で契約を交わすことは、やはりどうしてもルビの流儀に反するようだった。

 しかし、ソルエルにしてみれば、テントで二人きりになることのほうが、かえって良くないことをしている気がして落ち着かなかった。


 昨夜はエリックの水呪に魔力を吸われていたためか、火だまりの症状はほとんど現れずに済み、ルビにもその事情を話して契約を一時中断させた。


 昨夜はB班の奇襲に加え、トゥーリが突然A班から離脱してしまうなど、衝撃的な出来事が一気に押し寄せてきて、ソルエルはとても、誰かと契約を交わす気分にはなれなかった。そのため、水呪で魔力を奪われたことは、ある意味で不幸中の幸いだとも内心思っていた。


 ルビが嫌なのではない。ただ、トゥーリがいなくなってしまったことがどうしようもなく心細く、まるで胸に風穴を開けられたようだった。


 自分がトゥーリにどんな感情を抱いていたのかすらもよくわかっていないくせに、彼がいなくなった途端に寂しがるなんて、自分はいったい何がしたいのだろうと、自分自身に呆れかえっていた。


 トゥーリとルビを無意識に比べることも、どちらに対しても本当に失礼極まりない。そんなことはわかっているはずなのに、これからは毎日、ルビとだけ契約を交わすことになるのだと思うと、急に不安な気持ちに苛まれていた。


 それがなぜなのか、ソルエルには漠然とだが、なんとなくわかっていた。おそらく彼女は、ルビの余裕のなさを微かに感じ取っていたのだ。

 ルビの中で、知らず知らずのうちにソルエルに対する独占欲が芽生え、トゥーリがいなくなってからは、それがより顕著に現れ始めていた。ルビはそのことに無自覚なまま、ただソルエルを求め続けた。


「もっと口開けろよ」


「っ……」


 ルビとのキスは、単なる魔力の受け渡し行為の範疇を明らかに超えている。男女のやりとりの機微に詳しくないソルエルでも、それくらいのことはわかる。

 執拗に求めてくる彼の唇も、ねっとりと絡みついてくる舌も、すべてソルエルを友人ではなく女として見ている証だ。


 契約と一言で言っても、個人によって多少なりともやり方や捉え方が違うのであれば、これも普通のことなのかもしれないと思っていた。トゥーリとはずっと氷越しでしかしていなかったし、他に経験がないのでわかりようもなかった。


 しかし、回を重ねるごとにルビの行動はエスカレートしていき、やはりこれは契約のためだけに交わされているものではないと気づき始めた。

 昨夜、契約の必要はなさそうだとルビに話したとき、彼の落胆した表情を見て、ソルエルは疑いを確信に変えていた。


 ソルエルもルビも年若い男女で、多少そういう雰囲気に流されてしまうのも仕方ないことなのかもしれない。

 とはいえ、ルビから向けられる視線がどんどん友に対するそれではなくなっていき、また彼もそれを隠そうともしなくなっていくのは、ソルエルにとってはただただ寂しく、そして戸惑うばかりだった。


 ルビがようやく唇を離したので、ソルエルはやっと解放されたと安心していた。――が、それもつかの間のことで、今度は大胆にも首筋に吸いついてきたので、さすがにソルエルも抗議の声をあげざるをえなかった。


「な、何してるの……ルビっ……」


 ソルエルの声を無視して、ルビは彼女の飴色の髪を手ですきながら、首筋から肩にかけてゆっくりと舌を這わせた。ソルエルが身震いするのを見て、満足げな素振りすら見せている。

 はっきり「やめて」と告げられない自分の意気地のなさに、ソルエルは嫌気がさした。


 自分の都合で契約を交わしてもらっている手前、ルビのやり方に異を唱えることなどほとんどしてこなかった。魔力の受け渡しには、契約者同士のそのときの気分がとても重要だ。そのため、当人の意向を無視して無理やり魔力を与えることも、反対に奪うことも、本来とても難しい。本人たちが合意の上で、なおかつその気になっていないとできないことなのだ。


 ルビを拒絶して、彼の気分を害してしまえば、この契約関係は破綻してしまうかもしれない。そう思うと、多少自分が我慢してでも、ルビの意に添うように努力しようと考えていた。


 しかし、さすがに敷布の上に身体を押し倒されてしまっては、そんな悠長なことも言ってられなくなっていた。


「も、もういいよ、もう十分だから、早く見張りに戻らない、と……」


「そう慌てるなって。ホントはさ、キスだけじゃなくて、他にもいろいろやると、もっと効果的だって教わったんだ」


 衝撃的なルビの発言に、ソルエルは表情を変えた。

 教わった――誰に? そんなことは聞くまでもなく明らかだった。


「そうしろって、言われたの……? トゥーリに……?」


 ソルエルが震える声でルビに問う。彼女の今にも泣き出しそうな顔を見て、ルビはようやく我に返り、自分のしでかした過ちに顔を青ざめさせていた。


「ご、ごめん……俺何やってんだろ。本当にごめん、ソルエル――」


 今度はルビの声が震えていた。彼は契約に没頭するあまり、自分が何をしていたのかほとんど自覚がないようだった。


 魔力の受け渡しには強い快楽が伴う。それこそ、ときには暴力のように抗いがたい悦びが押し寄せてくることも。

 ソルエルも時折流されかけてしまう感覚を味わっていたので、ルビがそうなってしまったとしても、頭ごなしに彼を責める気にはなれなかった。


「大丈夫だよ。少し、びっくりしただけだから……」


「いや、今のは完全に俺が悪かった。ホント何やってんだろ。こんなふうに暴走しちまうなんて、最低だ。ちょっと頭冷やしてくる。そんでもう寝るわ……」


「う、うん、お休みなさい」


 ルビが相当に打ちひしがれた様子でいたので、ソルエルは彼の背を見て少し心配になっていた。

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