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真夜中の奇襲

 それからというものソルエルは、一日一回の契約を、トゥーリとルビの二人と交互に交わすようになっていた。今日がトゥーリなら明日はルビ、そしてその次の日はまたトゥーリ、といった具合に。


 別段三人で話し合ってそう決めたわけではない。夜間の見張りの時間になると、彼ら二人のうちどちらかから声がかかるため、ソルエルもなんとなくその流れに従っていくうちに、自然とその形式におさまっていた。


 ソルエルを入れての話し合いは行われなかったというだけで、もしかすると、トゥーリとルビとのあいだでは、密かに何らかの協定が交わされていたのかもしれない。二人が夜間に鉢合わせることなく、きっちり交互にソルエルに誘いをかけてくるのも、そういうことなのだろうと、後になって思った。


 ソルエルは、自分は彼らに契約を交わしてもらっている立場なのだと、半ば二人に申し訳ない気持ちや負い目のようなものを感じていたため、自分に拒否権――まして相手を選別することなどは、もってのほかだと考えていた。


 だからこそ、普通に考えればまともではない事態も、渦中にいるあいだはどうすることもできず、その異様さにも目を背け続け、感覚も次第に麻痺していった。そうすることでしか、自分を保っていられなかったというほうが正しいかもしれない。


 そうして、あっという間に夏の最終日の夜を迎えていた。

 日付が変われば、いよいよ秋ステージの到来となる。早いもので、実習期間も残すところ半分となっていた。夜は特に涼しさを感じられるようになり、秋の足取りがすぐそこまできていることを知らせていた。


 日付が変わる直前の深夜。テントの中で静かに眠っていたソルエルは、上半身がひんやりとした空気にさらされて、反射的に身震いして目を覚ます。目の前には、自分と同じ黒の学生服ローブを身に付けた人影が二つ。


 ここは自分しか眠っていないテントのはずだった。一瞬、ルビとマイスがテントの中に入ってきたのかと思った。

 普段であれば、絶対にそのような礼を欠いた行いなどしない二人であったが、緊急時――例えば敵襲などがあった場合は、眠っている仲間を起こさなければならないため、その限りではない。

 それでもテントの入り口から呼びに来るだけで、中にまで入り込んでくることはまずありえなかった。


 ようやくちゃんと覚醒して、目の前もはっきりしてくると、二つの人影はやはりルビとマイスではなかったことを知る。しかし、ソルエルのよく見知った人物たちではあった。


「オズマ……それに、ミナト……?」


 目の前にいる彼らは、ソルエルと同じクラスの級友――B班に所属するオズマとミナトだった。久方ぶりに見る顔に、ソルエルが驚いていたのもつかの間。


 ミナトがすぐさまソルエルの口元を押さえ、彼女の両手首をものすごい力で掴み拘束していた。そして、動けないでいるソルエルの上に、さらに馬乗りになって覆いかぶさってくるオズマが、冷ややかにソルエルを見下ろした。


「やあ、ソルエル。昨日はどうも」


 オズマがにこりと微笑みかけてきた。ソルエルは状況がまったく呑み込めずに、昨日とはいったい何のことだろうかと目を瞬かせた。


 そして、自身の上半身がなぜ肌寒さを感じたのかを遅まきながらに知る。よく見れば、制服の白シャツはすべてのボタンが外されており、胸元から腹部にかけて大きくはだけてしまっている。もはや、素肌を隠しているものは下着のみという状況で、ソルエルはミナトに押さえつけられた口元の下で、悲鳴にもならない声をあげた。


「ミナト、手のほうしっかり押さえててね。このまま裏返すよ」


「よしきた」


 オズマが上に乗ったまま少し腰を浮かせると、ソルエルの身体は二人によって、力任せにうつ伏せにさせられていた。――と同時に、ミナトの手がソルエルの口から外れて、ソルエルはその隙をついて声を上げた。


「や、やめて! どうしてこんなっ……」


「どうして、だって? それ君が言う?」


 慈悲もなくオズマが言い放つ。


「お、おい、オズマ……ちょっと手荒すぎないか。あんま無茶するとかわいそうだろ……」


「はあ? 何のんきなこと言ってんの、ミナト。僕たちは昨日危うく殺されかけたんだぞ。このいかにも人畜無害そうなソルエルに。温情なんかかけてる場合?」


「そうだけどよ……でも、さすがにこれは……」


 オズマとミナトの会話を聞いて、ソルエルは思わず自身の耳を疑った。


(殺されかけた……私に? オズマたちは、いったい何を言ってるの?)


 彼らの話がまるで見えない。そのあいだにもシャツはまくられ、背中の大部分が露になる。


「やっ……」


「――ほらね。やっぱり昨日の犯人は、ソルエルに間違いなかった」


 オズマがソルエルの背中をまじまじと見てそう言い放った。ソルエルは、まったく訳がわからないままだ。


「オズマ、待って。ねえ……私、本当に何も知らないの」


「申し開きは実習リタイア後、先生たちにしてくれる? 魔法が使えない振りをして、ずっと僕たちのことを騙してたんだね。まったく見事に欺かれたよ。君が転校してきたときに、もっとちゃんとマークすべきだった。

どこの諜報員としてこの学園に潜り込んでいたのか知らないけど、昨日僕たちを仕留めそこなったのが運の尽きだね。どんな言い訳したってもう無駄だよ。君の背中にはっきり証拠が残ってるもの」


 オズマがそう言うので、ソルエルは状況が一切呑み込めないまま、自身の背中に何があるのかを、身体を捻ってなんとか見ようと試みた。さすがに全貌を見るのは不可能だったが、それでも腰のあたりが目に入れば、それでもう十分、身体の異変に気づくことができた。


 背中から腰にかけて、おそらく広範囲に渡って、ソルエルの背には魔法呪の紋様がびっしりと刻まれていた。


「な……何、これ……」


「昨夜、君が僕たちB班を襲ってきたときに、エリックが咄嗟にかけた水呪だよ。その紋様が君の背に刻まれていることが、君が犯人だってことの何よりの証だ。その呪いが君の皮膚から浸透して血液にまで染み渡り、魔力を吸い取られ続ける。血液の九割は水分だからね、水使いにはそんなこともできるんだってさ。怖いねぇ」


 オズマがけたけたと笑いながら続けた。


「君の炎のおかげで、エリックもリュートも結構な火傷を負ったんだよ。なんとか治癒させたけど、傷が癒えるまでは相当苦しんでいた。かわいそうに、あれはかなり痛かったと思うよ。だから、僕たちは君に復讐に来たのさ。ソルエル、このままどうか素直に退場リタイアしてよ」


 オズマが静かな怒りをたぎらせて、ソルエルの右手首の銀のバングルに手を伸ばす。しかし間一髪で、マイスとルビがその場に駆けつけていた。


「何をしている!」


 ソルエルが組み敷かれ、彼女の背には異様な紋様が刻みつけられている。駆けつけた二人はすぐさま血相を変えた。

 ルビなどは、今にもオズマたちに魔法を打ちそうな勢いだったが、マイスがルビの前に出ることで、それを阻み彼の怒りをどうにかぎりぎり抑制していた。ただし、マイス自身も心中では激昂していることに違いないのだが。


「ちぇ、もう気づかれたのか。おかしいな、かなり強力な眠り風の魔法を使ったのに。あれが回避できるのは先生たちくらいのはずなのになぁ」


「そうか、それは残念だったな」


 マイスが吐き捨てた。


「オズマ、ミナト、君たちはいったい何をしているんだ? 事と次第によっては、ただで済まないことくらいはわかっているな」


「それはこっちの台詞なんだけど」


 オズマが威勢よく啖呵を切る。ミナトもまったく怯んでなどいなかった。

 オズマもミナトも、生来肝が据わっているタイプであり、そのような脅しに屈することはない。特にオズマなどは、この状況でもなお飄々とした態度をとっていた。


「……あれ? ねえ、君たち。ちょっと見ないあいだにむちゃくちゃ強くなってない?」


「あ、それ俺も思った。ルビもマイスも、なんか魔力が激増してるような……」


「そんなのんきな話は後にしろよ。質問してんのはこっちだ」


 今にも逆上しそうなルビが、有無を言わせぬ様子でそう言ってきたこともあり、オズマとミナトの二人は渋々黙る。


 ひとまず、この中で一番冷静さを維持しているように見えたマイスが、彼らに一つの提案をよこしていた。


「とにかく、まずはいったん全員で外に出て、それからきちんと話をしないか。何の理由もなしに、君たちが奇襲をかけてくるとはどうしても思えない。君たちにも何か言い分があるのだろう。まずはそれを聞こう。聞いた上で、こちらが君たちをどうするのかを決める。そういう訳で、ソルエルを私たちの元に返してくれないか」


「……わかった」


 オズマとミナトは素直にマイスに従い、ソルエルを解放してテントから出ていった。すると、ルビが一目散にソルエルの元に駆け寄り、彼女を手厚く保護した。

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