トゥーリの手紙
夏ステージ三日目の朝。この季節も中盤に差しかかり、景色の装いもまとわりつく熱気も、すっかり真夏日のそれと化していた。本物の夏には及ばないが、じっとしていても制服の下がうっすらと汗ばむほどには、よくできたかりそめの夏だった。
起床してきたルビに鉢合わせたソルエルは、彼を見るなり開口一番に謝罪した。
「ルビ、昨日はごめんなさいっ」
「わっ! な、なんだよ、いきなり……」
ルビはソルエルがすぐに謝ってくるとは思っていなかったようで、かなり戸惑っていたが、仲直りしたかったのはどうやら彼も同じだったらしく、心底安堵した表情を見せた。
「俺も……悪かった。一晩おいて頭冷やしたら、すげー格好悪いことしてんなって気づいて、むちゃくちゃ後悔した。しかも、昨日はソルエルが初めて魔法発動できた日だったのに、俺が全部ぶち壊した」
「そんなこといいの。私だって、ルビがどうしてあんなに怒ったのか、もっと話を聞くべきだったもの。だからね、まずは一度これを読んでみて。それからお互いの考えをすり合わせていくのはどうかな。これ、トゥーリからの手紙だよ。ルビにって」
「え、お、俺……? 転校生が、何で俺に手紙なんか」
トゥーリの意図がまるで読めず、ルビは訝しがってすぐに手紙を受け取ろうとはしなかったが、ソルエルが無理に押し付ける形でなんとか託していた。
昨夜のトゥーリの言葉から察するに、きっとこの手紙には、今起きている揉め事に関して、トゥーリから何らかの提案や解決策が示されているのではないかとソルエルは予想していたのだ。だからこそ、朝一番にルビにこの手紙を見てもらおうと思った。
「あらたまって手紙なんかよこしてくるなんて、気持ち悪ィ。直接言ってくりゃいいのに。――って、それが無理なのか……めんどくせえなぁ」
「いいから、早く読んでみて。きっと、トゥーリもルビと仲良くなりたいんだよ」
ソルエルが急かしてくることもあり、ルビは仕方なく無造作にびりびりと封を切ると、同じく中から白い便せんを取り出し、気乗りしない様子で読み始めていた。
読んでいる間中、ルビの表情は目まぐるしく変化した。初めは怒りに憤慨し、なぜかソルエルにまで食ってかかるような目を向けてきたが、そのあとはみるみるうちに顔を青ざめさせ、それから最後は覇気を失くして卒倒しかけていた。
「ソルエル……おま、これ、読ん……」
「? 読んでないよ。トゥーリに読むなって釘刺されてるし。何かびっくりすることでも書いてあった? 男同士にしかできない話もあるのかなと思ってたんだけど、そういうのではないの?」
ソルエルが手紙の内容を少し気にかけていると、マイスが二人のもとにやってきた。
「おはよう、二人とも。良かった、その様子だと喧嘩は終息したようだな」
「おはよう、マイス。ごめんなさい、心配おかけしました」
「ん? どうした、ルビ。神妙な顔をして。似合わないぞ」
「……何でもねえよ。顔洗ってくる」
からかってもそっけなく返されたマイスは、目をぱちくりとさせていた。
「ソルエル、念のため聞くが、ルビとは……?」
「い、一応仲直りしたよ? 少なくとも私はそのつもりだったけど……」
ソルエルも、ルビの様子が急におかしくなってしまったことが少し気がかりだった。
日中もルビは、一人でずっと何かを考え込んでいた。戦闘中も身が入らず、マイスにものすごい勢いで怒鳴られていた。
それでもルビがいつもの調子を取り戻すことはなく、マイスは呆れ果て、もうこれ以上面倒を見てはいられないと彼を見限り、さっさと自分一人の力で戦闘を終わらせていた。
ソルエルは下手に魔力経験値を得すぎると、魔力が増えて火だまりの症状が悪化するおそれもあるため、戦闘には訓練として参加してはいるが、仮想精獣にとどめを刺したり生命力を大幅に削る役目は、あくまでマイスに任せることにした。
それでも長年ずっと停滞していた頃を思えば、魔法発動のコツを少しずつ掴めてきたことは、信じられないくらいの進歩だ。ソルエルは噛みしめるように、トゥーリに深く感謝した。
一方で、やはり様子のおかしいルビのことはずっと気になっており、トゥーリの手紙について何度かそれとなく聞き出そうとしたものの、その話題に触れるとことごとくはぐらかされてしまい、結局何の話し合いもできないまま時間は流れていった。
トゥーリは今日もまたどこかへいなくなってしまった。朝、ソルエルが手紙を渡したことをしっかりと確かめてから、彼はテラ・フィールドの他の領域を見てくると言ったきり、空の彼方に飛んで行ってしまった。
いつもはふらっといなくなるトゥーリを「無責任なやつだ」となじるルビも、今日はむしろ彼の不在を安堵しているような、そんな素振りを見せていた。
そして、教師陣からの返答もいまだ何もない。
特にピンチというわけでもなく、どちらかと言えば、今が一番実習攻略は滞りなく進行していると思えた。
――が、しかし、何かがおかしい。この拭えない違和感はなんなのか。まるで少しずつ噛み合わなくなっていく歯車を、修正できずにただ眺めることしかできないでいるような……そんな気分だった。




