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筆談審問

 先ほどのカラスが運んできた圧縮器キュービックは、あとあと調べると、実はトゥーリが失くしていたものだったということが判明した。おそらく別の班の使い魔として巡回していたカラスが、トゥーリの圧縮器キュービックを見つけて、持ち主のところへと届けにきたのだろう。いたずら好きではあったが、使い魔としては非常に優秀だとトゥーリは話していた。


 かくしてA班三人の食料は、後からやって来た別のカラスによって届けられ、その際に無事教師への手紙も預けることができた。


 しかし、E班の分の食料――つまりトゥーリの分の食料は、いつまで経っても彼のもとに届けられることはなかった。よくよく彼に話を聞いてみると、トゥーリの食料は今までにも届いたり届かなかったりと、かなりの杜撰な管理状況のもとにあったらしい。昨夜彼が腹を空かせていたのは当然のことだったのだ。


 食料が届かなければ、この野外実習では生徒の死活問題に直結するため、それはすぐにでも教師陣に抗議するべきだとソルエルは強く言ったが、トゥーリは面倒くさがって取り合おうとはしなかった。彼曰く、もともと普段から一日に一食程度しか摂る習慣がなかったようで、食への関心も極端に薄いのだそうだ。


 その割に、トゥーリは均整の取れた理想的な体型を保てており、それがソルエルには不思議で仕方なかった。ものすごく燃費が良いということなのだろうか。しかし、仮にトゥーリがそのような体質だったとしても、食料共有が上手くいっていないことに変わりはない。


 トゥーリのことを心配に思ったソルエルは、自身の食料を、昨夜に引き続きかいがいしく彼に差し出し、彼の圧縮器キュービックにも、余分に食料を備蓄するようにと無理やり押し付けていた。


 トゥーリは目を丸くしながらもソルエルの言うことを素直に聞いたが、彼のそういった予想外に無精なところは、ソルエルを無駄にやきもきさせていた。


 そして、ソルエルが抱くトゥーリに関する心配事は他にもあった。トゥーリがこれからA班と行動を共にするということを、ルビとマイスが手放しで喜ぶとはどうしても思えなかったのだ。


 朝になって起床してきた男二人に、ソルエルはおずおずと、トゥーリを班仲間として迎えることを提案していた。トゥーリの了解を得て、彼の事情も二人にすべて話して聞かせた。


 ルビとマイスは同じように驚いていたが、昨夜のこともあり、ソルエルの提案を頭ごなしに否定することはなかった。しかし仲間に加わる以上は、まずもろもろの説明責任を果たせと要求し、トゥーリはそれを渋ることなく了承していた。


 トゥーリとのやりとりは、ルビとマイスが口頭で質問したのちに、トゥーリが宙に浮き出る美しい氷文字で返答するという形式で交わされることとなった。


 まず、ルビからの質問だった。


「何で、春でもお前は魔法が使えたんだ?」


『それは僕も知らない。むしろ、なぜ君たちは使えなかった?』


 目の前にキラキラと浮かび上がる氷文字を見て、ルビは表情を引きつらせた。これでもすぐに突っかかっていかないだけ、まだ彼にしては自制できているほうだ。


 次にマイスの質問だった。


「君はどこから来た? なぜ妙なタイミングで転校してきたんだ」


『ラップランド地方から。人が減って、もう住めなくなるからここに行けと言われた』


 マイスが驚いて目を瞬かせた。


「ラップランド……大陸の極北、ものすごく寒い地域だ。生まれも育ちもそこなのか?」


『うん』


「そこでもお前は誰とも喋らなかったのか?」


 ルビがそう聞くと、トゥーリはかぶりを振った。


『そこでは誰とでも話ができた。君たちが僕の声で凍ってしまうことのほうが、僕には不思議でならない』


「な、なるほど……。つまり、なぜそのような体質になったのか、自分でもわからないということか」


 トゥーリは静かにこくりと頷いた。三人は戸惑い、誰からともなく顔を見合わせていた。わからないことだらけであまり質問の意味がないような気がしたからだ。


 気を取り直し、ルビが新たな質問を繰り出す。


「つ、次だ。何で最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラス魔力経験値ポイントを俺たちに譲った?」


 今まで無感情に淡々と答え続けていたトゥーリだが、その問いでは、ふっと目を細めてにこりと笑みを返していた。


『君たちが弱すぎるからだ』


 トゥーリの笑みが、その返答の鋭さを余計に際立たせ、三人はものの見事に返す言葉を封じられていた。


 トゥーリはさらに氷文字を宙に走らせる。


『正直、あまりの弱さに驚いた。困るんだ、もっと強くなってもらわないと』


 ここまで言われては、ルビももう我慢の限界だった。


「よ、余計な世話だっつーのっ! 俺たちがどうこうじゃなくて、単にお前一人がチートなんだろうが。それに、俺たちが強くても弱くても、お前には関係ねーだろ」


『ある。君たちが弱すぎるから、僕はソルエル以外の誰とも話ができないし、十分不利益を被っている。それに、クラスで助け合うようにと学園長先生も話していただろう。クラスメイトが落ちこぼれているのを心配するのは当然のことだ』


「はあっ? こっちが大人しくしてるからってふざけたことばっかり抜かしやがって。おい、ソルエル。こいつ無口どころか、本当はめちゃくちゃよく喋るやつなんじゃないのか?」


「あ、あはは。どうかな……」


 ソルエルは適当に濁してはいたが、今ルビが言ったことは、実際かなりの部分で共感できてしまっていた。


「だいたい、こいつの言うことを全部真に受けちまって良いのかよ。結局肝心なところは知らないだのわからないだのばっかりじゃねーか。助けてもらっといて悪ィけど、やっぱりお前を信用するだけの材料が、まだ全然足りねんだよ。お前の言ってることが間違いなく本当だって、どうにかして今ここで証明してくれよ」


 ルビの言い分はもっともだが、同じくらい理不尽でもあった。トゥーリが嘘をついていないことを示せというのは、悪魔の証明に近いことを要求しているようなもので、心の中をのぞきでもしない限りほとんど不可能に近い。


 ソルエルは冷や冷やしながらこのやりとりを見守っていたが、ここで話を自分のペースに持ち込んだのはトゥーリだった。


『わかった、君の要求に答えよう。とりあえず、まず両手を出してくれないか』


 トゥーリが氷文字でそう伝えてきた。意図はよくわからなかったが、自身の突き付けた無茶な要求に応じてくれた手前、ルビも素直にトゥーリに従った。


「こ、こうか?」


 ルビがおずおずと両手を差し出すと、トゥーリはルビの両手首をがしりと掴む。そして、そのまま勢いよく上空へと舞い上がった。


「ぎゃああああああああっ」


 ルビの叫び声が、空を飛翔する彼ら二人の姿とともにどんどん小さくなっていく。あっという間に、トゥーリとルビは空の彼方に消え去ってしまった。


 後に残されたソルエルとマイスにはまったく訳が分からない。トゥーリはいつだって突然なのだ。


 気がつくと、ソルエルたちの目の前には、トゥーリが遺した氷文字が浮かび上がっていた。


『彼にテラ・マーテルを見せてくる』


 マイスは驚きすぎて、むしろ少し笑ってすらいた。


「はは……なるほど。自分の言葉が嘘ではないと完全に証明することは不可能でも、私たちにとって一番重要で有力な情報――〝テラ・マーテルを見てきた〟ということを、まずは証明しようと考えたわけか。たしかに、これくらいしかまともに示せるものはないかもしれないな。彼はよほど私たちの信用が欲しいと見える。まったく、どういう風の吹き回しなんだか」


「大丈夫かな、二人とも……」


「まあ、ルビも一応風使いだし、最悪落とされても死にはしないと思うが。問題は、空中だと飛翔系の仮想精獣ヴァイラスに狙われやすくなるということだな」


 しかし、ソルエルとマイスの心配をよそに、飛び去った二人はものの十分ほどで無事に帰ってきたのだった。


 トゥーリは相変わらず、まだ十分な余力を残していそうな涼やかな顔だったが、ルビのほうは顔面蒼白で、地上に降り立った後も膝が笑って立っていられず、すぐその場でへたり込んでしまった。


「お、お帰りなさい。二人とも無事でよかった。ルビ、大丈夫……?」


「こいつ、むちゃくちゃだ……。超絶スピードで飛ばしまくってあっという間にテラ・マーテル往復して、しかも帰途で遭遇したワイバーンの群れを、俺を抱えて飛びながら片手間に瞬殺していきやがった。相手は数十匹の上級仮想精獣アドバンスト・ヴァイラスだぜ? いかれてる」


「そ……それはまた気の毒に。ワイバーンが」


 もはやマイスも渇いた笑いしか出てこない。


「本当に行ってきたの? テラ・マーテル……」


 ソルエルが恐々と尋ねると、ルビは青い顔のままこくりと頷いた。


「ああ、しっかりこの目で見てきた。たしかに、何もかもこいつの言う通りだったよ。ここからずっと北に行ったところに、屋根のない廃墟みたいに朽ちた遺跡があった。規模もそれなりにでかかったし、たぶんあれで間違いないと思う。ワイバーンが出たのはテラ・マーテルのすぐ近くだった。

たぶん、テラ・マーテルに近付くにつれて、仮想精獣ヴァイラスのレベルも上がっていくのかもしれない。このへんはだいたい総じて中級ミドル止まりだ。ぱっと見下ろしてきた限りでは」


「なるほど。……まあ、昨夜 最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスに出くわした私たちには、あまりピンとこない話だが……」


 それを聞くと、ルビは肩をすくめた。


「――てか、俺思ったんだけど。こいつテラ・マーテル付近でベルゼブブ倒したんだろ? もしかしたら、それが未知目標アンノウンだったって可能性はないのか? 昨日のヒュドラやティタンも相当やばいけど、もうベルゼブブまで倒してるんなら、それ以上の課題なんて実質存在しねーだろ、難易度的に」


「……しかしそうは言っても、もし仮にベルゼブブが未知目標アンノウンだとして、それなら倒された時点で教師陣が実習終了を告げてくるはずでは? それがないということは、未知目標アンノウンはまだ倒されていないと考えるのが自然じゃないか」


「まあ、そうだけどよ。すでに最強の敵を三体も倒してるって考えたら、それ以上強いやつなんてもう出てこないだろうし、未知目標アンノウンと対峙しても、正直俺らは肩透かし食らっちまうかもなーとか」


「三体ともほとんどトゥーリが倒したようなものなのに、何を言ってるんだか。とにかく北を目指せばたどり着くのなら、行って確かめるしかないだろう」


 マイスはトゥーリのほうに向き直った。


「いろいろと尋問するような真似をしてすまなかった。そして、誠意をもって答えてくれてありがとう。これからよろしく頼む」


 マイスが握手を求めると、トゥーリは少しだけ笑って、手袋をした手を差し出し、握手ではなくマイスの右手を軽快に打ち返していた。

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