二度目の拒絶
トゥーリの真っ青だった顔色が、ようやく目に見えて血の気がさし始めていた。
「……とりあえずの応急処置は済んだと思う。まだきちんと手当てしないといけないけど……あ――」
かがみこんでいたソルエルの身体が尻もちをつく。そのままぐらりと地面へ叩きつけられそうになったところを、咄嗟にマイスが支えた。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう。あはは、立てない……」
魔吸石の魔力変換に全神経を注いでしまったせいか、ソルエルは足腰が立たなくなるほどまで消耗していた。
ルビがソルエルの肩を叩く。
「無茶しすぎだ、少し休め。あとは俺たちでなんとかするから」
「ご、ごめんなさい、ありがとう。……でもちょっと嬉しい。ねえ、見てた? 二人とも。私、治癒魔法も使えたよ。初めて。魔吸石を通してだけど、ちゃんとできた」
「ああ、見てたぞ。お前すげーよ」
「よくがんばったな」
「へへ……」
ソルエルは疲れ切った顔をしてはいたが、その表情は明るいものだった。
「――さて、気は進まねーけど、こいつの手当てもしてやらないとな」
そう言ってルビがトゥーリに近づこうとした、そのとき。
気を失っていた銀髪の青年は、そのアイスブルーの瞳を突然パチッと開眼させていた。
「あ、気がついたか、転校生」
ルビがトゥーリに手を差し伸べようとした瞬間に、それは起こった。
A班三人の目の前に、突如巨大な氷柱が地面からいくつもいくつも生えてきた。まるで、三人とトゥーリの間を分け隔てるように。
ルビとマイスの二人は、動けなくなっていたソルエルの腕を咄嗟に引き、なんとか巻き込まれずに後退するにいたった。
「な……んだ、これ……」
ルビが唖然としながらつぶやいた。
鋭利にきらめく切っ先がまっすぐ天に伸びたいくつもの氷柱は、大きなものでルビやマイスの背丈と同じくらいの高さがあり、地面にしゃがみこんでいるソルエルなどは、それらに完全に視界を遮られてしまうような状態だった。
目の前の光景を端的に表現するならば、それは氷でできた針の筵――巨大なペニテンテのようだった。
もちろん誰がこのようなことをしでかしたか、目の前で見ていた三人にはよくわかっていた。ただ信じたくない気持ちのほうが強くて、事実として受け止めがたいものではあったが。
「おい……転校生、お前この期に及んでまた……」
抑えきれない怒りが今にも爆発しそうなルビが、氷柱の隙間からなんとかトゥーリに向かって手を伸ばそうとした。
しかし、ルビの言葉などまるで何一つ耳に入っていないかのように、トゥーリはふらついた状態のままで立ち上がると、よろよろとこの場から遠ざかろうとしていた。
「この野郎、また逃げんのか!」
「ま、まだ動いちゃダメだよ、トゥーリ君。ちゃんと手当てしないと……」
幾重にもなる厚い氷柱の層に遮られ、トゥーリの後ろ姿も視認できないソルエルであったが、ルビの非難する口ぶりから、トゥーリがこの場を去ろうとしていることはすぐにわかった。いくら応急処置が済んだといっても、あれは死なない程度になんとか最低限の治癒を施したに過ぎず、動けるような状態では決してなかったはずだ。
「おい、転校生! お前のその傷、ソルエルが動けなくなるまで全力出し切って、やっと回復させたんだぞ! なんとか言え……って喋れないのか。――にしても、その態度はマジでねーだろ! もうお前なんか、二度と助けてやんねーからなーー!」
「ルビ、もういい。放っておけ」
トゥーリの後を追いたがるルビを、マイスが一人冷静に制した。マイスはルビやソルエルほどこの件に積極的に関わる姿勢を見せず、歯噛みするばかりのルビを抑えることにのみ徹していた。
そうしているうちにも、トゥーリの姿は森の木々にすっかり紛れて見失ってしまうこととなった。
「あー……胸糞悪ィ。あんな不義理なやつ見たことねーわ。一人でのたれ死んだって、もう本気で知らねー」
「そうカッカするな。別に良いじゃないか、放っておけば。いくら気に食わない相手であっても、さすがに死にかけているのを見捨てるのは気分が悪い。ソルエルだって、見返りを期待して助けたわけじゃないだろう。ただ黙って見ていられなかっただけだ。
人道的な行いでも、頼まれてやったことではない限り、礼を強要するのは筋違いだ。こちらが勝手に助けようとしただけで、すべてこちらの都合だからな。
……とはいえ、心情的にはルビの気持ちのほうが断然私には理解できるものだし、あの彼がいったい何を考えているのかなんて、はっきり言ってどうでも良い。むしろ、目の前で死なれなかっただけマシだと思っているよ。だから後は知ったことではない。もうそれで終わりでいいだろう」
マイスが淡々と、ルビよりもよほど冷酷なことを言い切ったために、ルビはそれ以上何も言えずに押し黙っていた。
わかりやすく感情的にわめいているのはルビのほうだったが、マイスはマイスで静かに怒っているのだ。まっすぐで正義感の強いマイスが、こんなふうに相手をばっさり切り捨てるのは珍しい。
「真面目な話、彼にはもう関わらないほうがいいかもしれない。彼に愛想がないとか憎らしいからそう言ってるのではないぞ。単純に、彼の得体が知れないからだ。今は春だというのに、なぜあんな派手な冬魔法が使えている?」
「あ、そういやそうか……! 何であいつ魔法が使えて……?」
「ほんとだ。あまりに普通に使ってたから、全然不自然に思わなかった……」
ソルエルとルビは遅まきながら、驚きを隠せない様子でつぶやいていた。
そんな二人に、マイスが独自の仮説を話して聞かせた。
「たしか学園長先生は、テラ・フィールド内が春ステージになっているあいだは、私たちの魔力は学園内の魔導源力貯蔵装置に吸収される――だから一切の魔法が使えなくなる、と言っていた。
……にもかかわらず、トゥーリは魔法を使いこなしていた。ソルエルのように、何かの媒体を通すということもなく。そんなことが本当に可能なのかと、先ほどから考えていたのだが……。必ずしも不可能ではないかもしれない。
学園長先生は〝魔力を吸収〟と言っていた。しかし、魔導源力貯蔵装置も無限に魔力を吸収し続けることはできない。大容量だが限度はあるだろう。もしも彼が魔導源力貯蔵装置の容量では吸収しきれないほどの魔力を秘めていたとしたら?」
「ま、まさか……」
「ありえねーだろ……いくらなんでも。魔導源力貯蔵装置はアカデミー施設内全設備のエネルギー源だぞ。俺らが想像もできないレベルの途方もない容量だ。それを生徒一人でパンクさせるなんて、そんなバカな話……」
「ああ、たしかにバカな話だな。自分でも乱暴な仮説だとは思っている。しかし、とにかく彼がこの現状で魔法を使いこなしているのは事実だ。そしてさらに付け加えるなら、魔法を使えるにもかかわらず、あのような重傷を負っていた理由も気になっている。
たしかに彼は単独班で一人分の戦力しかないが、先ほどの一瞬で見せただけでも、彼の魔法の腕は相当のものだろう。ほんの少し手をかざしただけで、これほど大量の氷柱を生み出してしまうのだから。
なるほど単独班でも成立してしまうわけだ――と思っていたが、腕に自信があるとしても、あそこまで重傷を負うほど無茶をするものだろうか。腕があるからこそ、自分より強そうな仮想精獣に遭遇したら、力量差を瞬時に判断して逃げることもできたはずでは、と――」
「腕があっても、判断力が長けてるかどうかはまた別の話だろ。少しあいつを買いかぶりすぎなんじゃないのか、マイス。命の恩人に感謝するどころか、目覚めた途端に攻撃かましてくるようなやつだぞ。普通に考えてまともじゃねーよ」
ルビの言葉にマイスは頷いた。
「そうだ、まともじゃない。トゥーリは何かまともじゃないんだ。私もそれが言いたかった。とにかくいろんな意味で、私たちの考えの及ばないところにいる相手だ。下手に関わって恨みを買うのも望むところではないし、万が一敵に回すと相当やっかいな相手だろう。
触らぬ神にたたりなし、君子危うきに近寄らず。こちらから積極的に関わろうとすることはない。トゥーリを助けたのだから、学園長先生の教えにも背いてはいないし。
だから今の対応で良かったんだ、相手にとってもこちらにとっても。今後はもう、これきり彼と関わることはないだろうさ」
「そうだな、何せあいつ、ぼっちが好きみたいだしな」
マイスとルビがそのように話し合って結論付けたのを、ソルエルは少々複雑な思いで聞いていた。
(一人が好きな人なんて、いるのかな……)
目を覚ましたときのトゥーリは、ほんの一瞬だが、こちらを見てひどく怯えたような目をしていた。見間違いだったのかもしれない。しかし、もし見間違いでなければ、彼が頑なに他人を寄せ付けようとしないことには、彼個人の気質とは別に、何らかの理由があるのかもしれない。
――と、そう思い込みたい、そうであってほしいと願う気持ちが少なからず自分の中にあることが、ソルエルは不思議だった。
トゥーリとの接触を試みるたびに、ことごとく手ひどい方法で拒絶されているというのに。先ほどなどは、彼の命すら救っている自分なのだ。それなのに、徹底して遠ざけられすぎていて、逆に少し面白みすら感じてしまっているのである。
彼のことを嫌いになれないのは、孤独な転校生という過去の自分の立場と重ね合わせているからか。――いや、それもきっと違う。
(たぶん、あんなに可愛い寝顔を見ちゃったせいだ。あれはちょっとずるいよね……)
なぜだかソルエルは、自然と笑みがこみ上げていたのだった。




