幌平芽衣さんの告白
野球部員たちの掛け声が聞こえてきた。
甲子園を目指しているのだろう。声が想いを帯びている。
わたし、幌平芽衣は、似た響きを知っている。
『怪人帝国に栄光あれ!!』
怪人たちの断末魔だ。
クリーム色に朱が混ざった脳漿をまき散らしながら、もれなくそう叫ぶ。
帝国に対する忠誠の反映とも言えるその絶叫には、悲哀も後悔もない。
己の役割だけに集中するもの特有の聡明さがある。清々しさとも言える。
脳を破壊されながら絶叫する根性も、さすが怪人と言える。わたしなら無理だ。
彼らの声を4年以上聴き続けてきたのが、ヒーローであるわたしである。
中学生2年生の時に巻き込まれた事件をきっかけとして、この職業に就いた。
親や学校にも秘密の生業である。
現在、帝国からは「滅びのメリケンサック」と呼ばれている。
メリケンサックを装着、ヒーローに変身して戦闘するからだ。
ちなみに、通って二年になるこの高校では、こんな物はつけない。
口数も友達も少ない、内気な女子で通っている。
教室のすみで本ばかり読んでいるので、口調もこんな感じになってしまった。
……日陰は涼しく、そよぐ風が心地よい。
それでもわたしの胸は動悸がする。
筧君をここに呼び出す為に彼の下駄箱に手紙を忍ばせたのだ。
彼はわたしと同級生。
ハンドボール部で、毎日飛び跳ねるスポーツマンだ。
力強い眉、肉の厚い口元、骨太い顎、全てに勝気さを感じる。
背はわたしが見上げるほど高く、少し気が短い。
昼休みなどに、しばしば友達に怒鳴っているのを聴く。
わたしたちはクラスメイトなので知らない者同士ではないが、教室で会話を交わすことはほとんどない。けれど幌平芽衣は彼を愛している。
きっかけは街を襲撃した怪人達との戦闘だった。
彼は巻き込まれていた。
礼拝するイスラム教徒のように膝と額を歩道のすみのアスファルトにつけていた。
頭部を上腕で保護しながら、ハンドボールで鍛え上げた鋼のような体躯を、丸く縮こまらせている彼の姿は濡れネズミを連想させた。
その時点で路上を襲った怪人は20体で、うち16体は撃破していた。
残り4体のうち1体が彼の前に立った。
恐る恐る見上げる筧君の潤んだ瞳はとても美しかった。半開きな口元の震え方も秀麗と言えた。
あまりの美しさに一瞬我を忘れたけれども、あわてて加速して、怪人の頭蓋を右ストレートのメリケンサックパンチで砕く。そのまま残りの怪人の処理に向かう。
……敵全ての撃破が終わり、現場から去っても、胸の高揚は止まらなかった。
戦闘とは質の違う浮遊感。
夜、布団の中でこの感覚のもとをたどると、彼の瞳にたどり着いた。
その時自覚したのだ。
わたしは彼を愛している。
彼が校舎の陰から現れた。
わたしを見て止まる。
心臓が震えた。
彼はこちらにすたすたと歩いてきて、胸元から手紙を一通出して、突きつけてきた。
「これ、書いたのお前か?」
「あ、うん」
「そっか。大切な用事って何だよ?」
「あたし、ね。筧君のことが……」
「お前俺とヤリたいのか?」
「え」
頬と耳が熱くなる。
彼を見上げながら、ぽかんとする。目まいのような感覚。
そんなわたしを冷ややかな視線が貫く。
「固まんなよ馬鹿。俺はお前が好きじゃねえ。そもそも好き嫌い以前の問題だろ。身の程わきまえろよ、根暗女」
彼はそう言って、わたしが一晩かけてしたためた手紙をびりびりと破った。
破られたのは手紙。でも、もっと裂かれたのは、痛いのは……。
その夜、わたしは怪人帝国の本部に単身赴いた。
無数とも言える怪人が襲ってきたので、雄叫びと共に彼らの頭蓋をひたすら砕く。
帝国本部副総統の執務室前までたどり着き、躊躇なくドアを破壊する。
ナチス帽子に胸がメロンみたいなバニーガールファッションの金髪美人さんが現れた。
鞭をぴしぴししならせている。
「よくぞ来たな、滅びのメリケンサックよ」
「その台詞は必要無いから」
「そうか。では、いざ、しょう……」
わたしは彼女の言葉を冷ややかに遮る。
「違うの。勝負しにきたわけじゃないの」
「え」
「転職しに来たの。みんな話を聞いてくれないから頭蓋砕いただけで、正当防衛」
「え」
「辞表は出してきたから、雇って。怪人メリケンサックになりたいの。お願い」
「……お前ほどの実力者なら、我らが帝国としては願ってもない人材ではあるが、何故、だ?」
その問いを聞いた時、脳裏に映像が浮かんだ。筧君の潤んだ瞳。
恋は叶わなかった。けれど、わたしはもう一度あの美しい瞳が見たい。この際、手段は問わない。
メリケンサックを外した。
変身が解け、わたしは普通の女子高生に戻った。
この状態で攻撃されたら即死だ。
けれど、副総統の金髪美人さんは後ずさった。
美人さんの虹彩に映る女子高生は、憤怒の形相。
頬をおびただしい涙が濡らしている。
「……これは、愛なの。とても純粋な、愛なの」
歯噛みまじりに、わたしは答えた。