春の来訪
春の女王は、南の国で元気な赤子を抱いていた。赤子は、寝息を立ててすやすや寝ている。
そこに、涙目の秋の女王と夏の女王がやってきた。その傍らには、数人の人がいる。
「もう、お行になられたのですね」
春の女王が、涙を流している秋の女王と夏の女王にそう話しかけた。二人は、黙って頷いた。傍らの数人は、膝を地着いて顔を伏せていた。
「あのお方はすべてを背負って、私たちを・・・」
春の女王は、言葉を詰まらせた。
「スプリング様、そろそろご出立の時間でございます」
サールは、伏せていた顔を上げて春の女王にそう告げた。
「わかりました。この子を頼みます」
春の女王は、目に浮かぶ涙を拭うと腕の中にいる赤子を夏の女王に託した。
「スプリング、この子の名前は?」
「そうね・・・。イヴェールなんてどう?」
「いい名前だと思うよ。さあ、母としてしっかり務めを果たしてくるんだよ」
春の女王は、用意された馬車に乗り込んだ。我が子を愛おしそうに見ながら、馬車の扉を閉めた。サールが、御者を務める。あとの数人は、他の女王と共に残った。
「サール、あなたの故郷はおそらくもうあなたの知っている場所ではないでしょう。もし、それを見るのが辛いのなら、この先は私一人で行きますが」
「よいのです。私は、もう決めたのですから。いつまでも、どこまでもお供します」
二人が到着した城は、氷が少し解けて艶々していた。
閑散としたその情景を見たサールは、顔をそむけた。
「ここからは、私一人で行きます。すぐに戻りますから、そこで待っていてください」
春の女王は、塔に続く道を進んだ。階段を一段、一段踏みしめながら上がる。最上階の部屋の扉の前に来た。扉は厚い氷で覆われていた。
春の女王がそっとその氷に触れると、氷はみるみる内に溶けて水になった。
春の女王は、軽くなった扉を押して中に入った。中には、誰もいなかった。部屋はひんやりとしていたがどこか温かい。
「ウィンター、あなたが託したものは私たちが守ります。だから、安らかに眠ってください」
春の女王が祈ると、城の氷は徐々に解け始め、あたりを覆っていた氷が解けて、草原が現れた。
そっと風が草木を揺らす。春が訪れた。
春の女王は、耳を澄ませてあたりの様子を伺った。静かだった。
(沈黙の春・・・。まるで弔いのようだわ)
静かに涙が頬をつたった。
春の女王は、窓の外を見る。早くも花は開花し、木々は青々とした葉を茂らしていた。天を仰ぎ見ると、春のうららかな光が照らしていた。