長引く冬
冬の女王は、冬の寒さを緩めようとしなかった。二月の半ばに入っても、まだ雪が降っている。待ち行く人々は、積もった雪を踏みしめて歩いていく。
冬の女王は、着々と計画の準備を始めていた。
第一、冬の寒さを長引かせる。第二、食糧・飲み水の確保。これらの準備だけはできた。残り、第三と第四の準備はまだである。
冬の寒さを長引かせることは、たやすいことだった。冬をつかさどる冬の女王は、自分の力で冬の気候をどうにでも調節できるのである。そのため、寒くしようと思えば寒くできる。春の女王の気配を感じ始めると、徐々に気温を上げていくというのが、セオリーとなっている。だが、今年はその春の女王の気配は全く無い。
食糧は、サマーが準備したものを鷹で少しずつ送ってくれた。飲み水は、自分で部屋の中に雪を生成してそれを溶かした。
「女王、王が話があると申しております」
扉の向こうから声が聞こえた。
「私はここから出るわけにはいきません。王においで下さるようお願い申し上げます」
冬の女王は、部屋から出ようとしなかった。このやり取りは、毎日繰り返されていた。毎日、王に呼ばれるがそれを拒んでいた。また王も塔を訪れることをしなかった。
冬の女王にはある制約がある。この塔のこの部屋に居なければ、力を発揮できないのである。要するにこの部屋から出てしまえば、冬が終わる。
その制約の代わりに、王をはじめとするすべての人はこの部屋に入ることはできないようになっている。例外的に、女王直属の世話係として一人だけ食事の運搬時のみ入室が許可されている。この時、その者は浄衣を着ることを義務付けられた。もしそのルールを破れば、女王は自由の身になると約束されていた。
トントン、扉をノックする音がした。
「私だ、ちょっと話がある入っても良いか」
王の声だった。渋く、太い力強い声だった。冬の女王は、驚いた様子も無く冷静であった。
「扉越しに話しましょう」
「招致した」
冬の女王は椅子を扉の近くに寄せた。
「私に何のお話でしょう」
「今年は、一段と冬が寒いと民が騒いでおるのだ。食糧庫の在庫も少なくなってきた。なぜ、今年はこんなに寒い冬が長いのだ。そろそろ温かくなり始めてもいいころだろう」
「今年はそういう訳にはいかないのです」
扉の向こうの王はこちらの気配を伺うように間を取った。カチャリ、カチャリと鎧の音が小さく聞こえる。
「それはどうしてなのか、教えてもらえるか」
「それはできません。私はこの部屋から出ません。もうしばらく、冬は続くでしょう」
「そうか。了解した」
王が立ち上がる気配がして、その気配は鎧の音と共に離れていった。
その日の夜、町中に看板が設置された。
『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。 季節を廻らせることを妨げてはならない』
王からの御触れが書かれていた。民はそれを読み、そして理解した。今年の冬は長引くことを。